ep24:アストル7歳の誕生日
庭園の白い丸テーブルに、並べられた料理の数々。
私が作ったホワイトグラタンパイも、そこに並べられた。
料理を全て並べ終えて準備が整ったところで、本日の主役アストルが侍女の報せを受けてパーティ会場に現れる。
「アストル、誕生日おめでとう。今日まで病気も無く健やかに育ってくれて嬉しいわ」
「ありがとうございます」
会場に着いたアストルに、最初に話しかけるのは王妃様。
アストルが応えると、みんな一斉に拍手した。
私はドキドキしながら拍手に加わり、アストルがホワイトグラタンパイを見る時を待った。
アストルが、花で飾られた白い椅子に座る。
彼はテーブルに目を向けた途端、何かに驚いたように目を丸くした。
「アストル、誕生日おめでとう。カレンが珍しい料理を作ってくれたぞ」
陛下が声をかける。
アストルはテーブルを見つめて呆然としているみたい。
彼の視線の先にあるのは、私が作ったホワイトグラタンパイだった。
(……驚いてる……よね? ホワイトグラタンパイが珍しいから? ……それとも……)
私はエプロンドレス姿で料理人たちの列に並び、アストルに微笑みを向ける。
エプロンの前で組んだ両手に、思わず力がこもった。
「味はこの者たちが保証しますわ。どうぞ安心してお召し上がりになって」
「ありがとう。いただくよ」
動揺を隠して、私はカレンらしく言う。
アストルが笑顔で応えてくれた。
王族の皆さんと共に、私も自分の席に着く。
テーブルの料理に食べる順番は無い。
好きな物を好きな順番で食べられる。
アストルが最初に食べたのは、ホワイトグラタンパイだった。
スプーンを手に取り、サクサクのパイ生地をつついて穴を開ける。
下から現れたのは、とろけるチーズに覆われたグラタン。
アストルは崩したパイ生地ごとスプーンで掬って口に運び、味わいながら飲み込む。
その直後、彼の感情が溢れ出た。
「アストル? どうしたの?」
隣の席から、アレクサンドル様が問いかける。
それに答える余裕は無い様子で、アストルは泣きながらホワイトグラタンパイを食べている。
彼は、スプーンで掬った星型ニンジンを見つめて涙を流しながら微笑むと、美味しそうにパクッと一口で食べた。
(……ニンジン、食べてる……!)
映画のアストルはニンジン嫌いだったけど、この世界の彼は違う。
大事に味わうように、ニンジンを噛みしめている。
泣きながらも、一口一口しっかりと味わって食べている。
私はエプロンの裾を握りしめながら、必死に冷静さを保っていた。
パイ生地もグラタンも残さず綺麗に食べ切ると、アストルは私を見つめて涙を零しながら微笑んだ。
「ありがとう、華蓮ちゃん」
アストルの言葉が、私の心の防波堤を決壊させた。
私の名前の呼び方が、昨日までの彼と違う。
前世の幼馴染が私を呼ぶ声が、心の中で蘇る。
感情を抑えきれなくなり、私の両目から次々に涙が溢れ出した。
(……陽太くんだ……!)
ずっと逢いたかった。
一緒に生きて、同じ時を過ごしたかった。
想いを告げる前に逝ってしまった、私の大切な人。
(……ここにいたのね……)
私も頬を伝う涙を拭きもせず、流したままアストルに微笑み返す。
もう、周囲の目を気にする余裕は無かった。
「え? え? 二人ともどうしたの?!」
アレクサンドル様がおろおろして聞く。
私まで泣き出してしまったから、周囲の人々がビックリしている。
けれど、私もアストルも答えられなかった。
泉のように湧き出る涙を、止められない。
映画とは異なる未来へ進み続けるソレイユ王国。
私は、そこに転生者がいる予感がしていた。
今からちょうど2年前、アストルの誕生日に起きる筈だったソレイユの悲劇。
小さな島国全域を光の防壁で覆い、滅亡の危機から救ったのは、王妃様とアレクサンドル様。
私は、二人のどちらか或いは両方が転生者かもしれないと思ってたの。
……でも、違ったのね。
多分、王妃様とアレクサンドル様は、アストルの指示で防壁を張ったんだわ。
「ほ、ほら見てアストル、リンゴがウサギの形をしているわ」
「凄いねカレン、こんな切り方は初めて見たよ」
なんとか泣き止ませようとして、王妃様がフルーツ盛りのリンゴを小皿に取って差し出す。
アレクサンドル様も小皿に取ったリンゴを手に微笑んで言う。
王妃様もアレクサンドル様も、ウサギリンゴを知らなかった。
日本人なら、大体の人は知っている初歩の飾り切りなのに。
私は、二人が少なくとも日本人ではないことに気づいた。
「うん、華蓮ちゃんの飾り切りは綺麗でかわいいね」
アストルが泣き笑いを浮かべて私を見る。
その口調は普段の彼とは違って、陽太くんそっくりだった。
「褒めても、もう何も出ないよ」
応える私の口調も、懐かしいあの頃に還っていく。
私たちはやっと、互いを見つけることができた。




