ep19:前世の夢
その夜、私は前世の夢を見た。
映画の前売りチケット特典が入ったペーパーバッグを手に、楽しそうに笑いながら駅のホームに立つ陽太くんと美月ちゃんがいる。
私も一緒にいて、2人と話しながら電車を待っていた。
電車がホームに入ってくる。
扉が開いて、私たちは中へ入ろうと歩き出す。
(だめ、それに乗らないで!)
叫びたいのに、私の口は違うことを話してる。
私の身体は、勝手に歩いて電車に乗り込んでしまった。
2人をホームに引き留めたいのに、私は眉ひとつ自由に動かせない。
(降りて! お願い!)
途中の駅に停車するたびに、私は必死で願う。
だけど願いは届かず、電車は「あの区間」へと進んでいく。
その先で何が起こるか、勿論知ってる。
なのに、私は自分の意思で話すことも、動くこともできなかった。
電車が、大きく揺れる。
陽太くんが、私と美月ちゃんをまとめて抱き寄せた。
(だめ! 逃げて!)
私は陽太くんの胸元に顔を押し付けられた体勢のまま、心の中で叫んだ。
硝子が割れる音がする。
陽太くんの身体から急に力が抜けて、私達を抱いたまま崩れるように倒れていく。
その次の場面は、見たくない。
でも、前世の記憶は残酷にも、あの光景を見せた。
床に広がる大量の鮮血。
そこに仰向けに倒れている陽太くん。
陽太くんの首には深い切り傷があって、勢いよく血が噴き出している。
(いやあぁっ!)
叫びたくても、声は出なかった。
代わりに、私はベッドの上で飛び起きた。
心臓が、激しく拍動する。
まるで全力疾走した後のように、全身ビッショリと汗をかいていて、呼吸が荒い。
頬を次々に伝うのは、汗か涙か分からない。
(あのときの夢なんて、今まで見たことがなかったのに……)
私は大きなため息をつくと、ベッドから降り立った。
シャワールームへと歩いて行き、汗で濡れたネグリジェを脱いで脱衣カゴに入れる。
脱衣所の棚には、予備のネグリジェとバスタオルが置いてあった。
(陽太くん……どこにいるの?)
温かいシャワーを頭から浴びながら、私は両手で顔を覆って泣いた。
胸が締め付けられるように苦しくて痛い。
シャワーを浴び終えた私は、バスタオルで顔や身体を拭いて予備のネグリジェに着替えた。
長い髪はタオルドライした後、風魔法で乾かす。
呼べば夜勤の侍女が来て世話をしてくれるのだけど、今は独りがいい。
窓の外は、まだ暗い真夜中。
私はそっと窓を開けて、風魔法で身体を浮き上がらせて外に出た。
(ソレイユ王国に留学して、少しホッとした頃にあんな夢を見るなんて……)
私は屋根の上で膝を抱えて座り、頭上に広がる星空を見上げて思う。
漆黒の空に広がる無数の星々は、前世で見たものとは違う星座を描いている。
(……還りたい……あの頃に……)
叶わぬ願いを、心の中で呟く。
前世の夢は時々見ることはあっても、幸せだった頃のシーンが多かったのに。
さっき見た残酷な夢は、鋭い刃のように私の心を切り裂いた。
(逢いたいよ……陽太くん……)
私の頬を、また涙が伝う。
陽太くんを想うだけで、いくらでも泣けてしまう気がする。
でも、このまま泣き続けていても、何も変わらない。
私は部屋へ戻るため、屋根の上で立ち上がった。
……直後、私は誰かに毛布を被せられて抱き締められた。
「ひゃっ?!」
「待て」
驚き過ぎて変な声が出ちゃう私を、抱き締めている誰かが制止する。
相手の声を聞いて、私はそれが誰か分かった。
「早まるな」
「……え?」
声の主は、この国の第二王子様。
今日の夕食の席で、初めて会話した相手だった。
何か誤解されてるような……。
「何か悩みがあるなら、話くらいは聞くぞ」
「……あの、アストル様、何か誤解されてませんか?」
「様は要らない。敬語も使わなくていい。その方が話しやすい」
私が逃げないように抱き締めたまま、金髪の美少年が言う。
アストル推しならキュン死するんじゃないかしら?
とりあえず誤解を解かなきゃ、放してくれそうにない。
私は毛布をかき分けて顔を出した。
「……えっと……私、星を見に来ただけよ?」
「だが、泣いていたぞ?」
「それは、悲しい夢を見たから。気晴らしに星を見ていたの」
「学園で虐められたとかではないのか?」
「それは無いわ。だって、エトワールの宰相の娘を虐めたら、ただじゃ済まないもの」
アストルの腕の中で、私は顔を上げて不敵に微笑んだ。
留学生いじめなんて起きたら、ソレイユとエトワールの国交問題になるもの。
魔法学園の生徒って頭の良い子が多い筈だから、愚かな真似はしないと思うわ。
「故郷を離れて、辛い思いをしてはいないか?」
「大丈夫。みんな良くしてくれるから」
「そうか」
そう言って微笑んだアストルの顔に、何故か陽太くんの笑顔が重なる。
驚きと切なさで、私の心臓が一瞬大きく拍動した。
彼は私に毛布を羽織らせたまま座らせて言う。
「心配だから、カレンが部屋に戻るまで傍にいよう」
隣に腰かける彼は、薄手のパジャマを着ているだけ。
それじゃあ風邪をひくと思った私は、自分に被せられた毛布の片側を広げて、アストルの背中にかけた。
「寒いから。一緒に」
「ありがとう」
私は不思議なことに、アストルと肩を寄せ合うことに抵抗が無かった。
むしろ、その体温に、懐かしさを感じる。
彼の仕草や笑い方が、陽太くんに似ているからかもしれない。




