第8話
もしも培養細胞に魂が宿っているならば、今頃は世界中の分子生物学者が祟られているだろうし、たくさん呪い殺されているだろう。だから培養細胞に魂が残っていないのは当然であり、幽霊になるかどうかを調べるには培養細胞を用いるのでなく、動物実験が必要となる。
俺たちはヒトの霊能遺伝子群―― Psychic Occult Genes ――そのものでなくマウスのホモログで実験していたから、動物実験の系に移行するのは簡単だった。
最初は予備実験的に、マウスPOG9ホモログのみ、あるいはマウスPOG3ホモログのみを用いる方針も考えられたが、
「両者の組み合わせこそが大切なのだから、最初からそれでやらないと!」
と、ボスに対して強硬に主張。そちらの方向で実験していく許可が得られた。
POG9を活性化させると共に、逆方向のPOG3を抑える。
つまりPOG9遺伝子を外から過剰に送り込み、同時にPOG3を抑制するような干渉因子も導入するのだ。
遺伝子抑制に関しては、かつては遺伝子欠損マウスを作成する必要があったが、現在はもっと簡便な方法もある。目的の遺伝子を効率よく抑制する干渉性RNAを作成し、これを外から加えてやるやり方だ。
また、遺伝子や干渉因子を脳細胞へ運んでいく技術も、日々進歩しており……。
最初に検討したのはエレクトロポレーション。
電気の刺激により細胞の外膜に一時的な穴を空ける方法だが、これには特別な装置が必要であり、しかも培養細胞には適用しやすいが、動物個体レベルでは難しいらしい。外科手術っぽい操作とか、胎児の段階での処理が必要とか聞いて、俺には無理だと判断。
次に、ウイルスベクターを利用することも考えた。ウイルスを遺伝子の運び手として使う方法であり、ウイルス学が専門の俺には、それこそ馴染みの分野だが……。
市販されている既存のウイルスベクターでは、脳へ向かう類いのウイルスは用いられていない。もちろん市販のベクターを使わずに、適当なウイルスを選んでゼロからウイルスベクターを構築することも技術的には可能だが、それだけで一仕事になってしまうし、専門だからこそ俺にはその大変さもよく理解できた。
そこで着目したのが、比較的最近報告された手法だ。やはりウイルスの性質を利用するのだが、ウイルス全体を利用するのでなく、神経細胞を好むウイルスの外側のパーツだけを使う。その一部を人工的に合成し、そこに目的の遺伝子などを付着させると、脳内接種など行わずとも、静脈注射できちんと脳まで運ばれていくようになるそうだ。
ウイルスそのものでなく一部であるが故に、運び手としては作成が楽な上に、血液脳関門でブロックされずに「きちんと脳まで運ばれていく」というのも大きな利点。俺の研究には、最善の手法に思えた。
必要な器具や試薬を揃えたら、まずは、POG9を活性化してPOG3を抑制する因子の作成だ。
人工的に合成したパーツをアダプターとして、マウスPOG9ホモログの遺伝子そのものと、マウスPOG3ホモログに対する干渉性RNAとを結合。完成した「POG9活性化プラスPOG3抑制因子」を神経系の培養細胞でテストすると……。
想定した通りに遺伝子発現量の変化が確認できた。
いよいよ次は、動物実験のスタートだ。




