第7話
「これだ!」
その答えに繋がりそうな大きな手がかりが、思いもよらぬところに転がっていた。
自分自身の実験データでもなければ、他人の論文報告でもない。インターネットのアングラなサイトの中だった。
オカルト系のまとめサイトに書かれていた、残留思念とかポルターガイスト現象とかの記事。広い意味では「霊能」の範疇だとしても、俺が研究している霊能遺伝子とは全く異なる話であり、非現実的な与太話だからこそ、研究の息抜きとして楽しむ読み物にはちょうど良かったのだが……。
「待てよ? これって、本当に『俺が研究している霊能遺伝子とは全く異なる話』なのか? 『非現実的な与太話』なのか?」
そもそも一昔前ならば――遺伝子が同定される前ならば――、霊能遺伝子も「非現実的な与太話」の類いだったはず。ならば自分の常識をいったんリセットして考えて……。
そこでようやく、俺は気づいたのだ。
そもそも「霊能力」の「霊」は、それ一文字ならば「幽霊」を意味する言葉ではないか、と。
霊能遺伝子の研究は、ヒトの側から始まっている。除霊師にしろ霊媒師にしろ、霊能力者という存在は、あくまでも人間。幽霊そのものではなく、幽霊を相手にする側だ。
だから幽霊そのものは遥かに遠い存在であり、むしろ非現実的とすら感じていた。
しかし、よく考えるまでもなく幽霊とは死後の存在であり、アポトーシスも細胞死。その二つは「死」という点で共通しているではないか。
ならば、霊能遺伝子とアポトーシスの関連を研究していく上では、むしろ幽霊についても真面目に考察する必要があり……。
「もしかすると霊能力って、幽霊を相手にどうこうする力じゃなくて、幽霊になるための力なんじゃないか?」
自分の口から飛び出したアイデアに、俺は愕然とする。
つまり生物は進化の過程で、死んでも魂を残す術を――幽霊として現世に留まる方法を――獲得してきたのではないか。
この世界のリソースは有限であり、生物が生き続けたら次世代の邪魔になりかねない。しかし幽霊ならば意識や知識だけを残す形であり、食物連鎖などからも外れて、世界全体には負担をかけないはず。
そう考えると、霊能力の高い者が「死」に近いのも理屈に合う。それは副作用などではなく、それこそがPOG9の本来の機能だったのだ。
ただし、あまりにも若いうちに死ぬのは――肉体を捨て去るのは――生物種として不都合だから、それを抑える遺伝子としてPOG3も用意されているのだろう。
「何をバカなこと言ってるんだ?」
ラボのミーティングでこれを語ったら、最初は皆に笑われてしまった。
だから自説を支持する実験データが必要であり、ある動物実験を提案する。
ボスは一通り聞いてくれた上で、難しい顔をしながら口を開いた。
「君の説が正しいとしたら、確かに面白い論文になりそうだが……。その研究が何かの役に立つのか? 研究資金を獲得できるのか?」
俗物め!
俺は心の中で侮蔑の言葉を吐いてしまう。
研究資金にこだわるなんて、サイエンスを追究する者の態度ではない。とはいえ実際問題、ラボの長としては仕方ないだろうというのも理解できるので……。
俺はポツリと答えた。
「……新しい安楽死です」
皆の笑い声が消える中、俺は発言を続けていた。
「死後の幽霊になる仕組みが科学的に解明されて、誰もが確実に幽霊になれるとしたら……。それは素晴らしい死に方だと思いませんか? まさに『安楽死』です」
俺の表情は、マッドサイエンティストのそれだったに違いない。
同僚の顔を見回すと、彼らの多くは引いてしまっていた。しかし一部の者たちは少し心惹かれたようで、幸運なことに、ボスもそちらに含まれていた。
「なるほど。面白い話だな」
彼がニヤリと笑ったのは、いくつかスポンサーを思い浮かべたからに違いない。
そんな研究に金を出す組織なんて、どうせロクでもないところだろうけれど。




