Third 新たなる生活
入江渓人は時計型の端末に指を置く。ナビを展開する。
その時だった、目の前の空間が光る。
都市構造が空中に映し出される。
現在の位置情報が脈打つように更新される
無機質な合成音声が、廊下をこだまする。
「現在地から中央エレベーターホールまで三百メートル――」
渓人は、歩きながらそれを眺めた。
構造は単純で、異様。
あまりにも人工的であった。
中心に円形ホール。六基のエレベーター。
そこから四方向へ伸びる通路。
さらに外周を囲む四角の回廊。
それらを繋ぐ無数の部屋。
この構造が、地下五層、地上三層。
そして――その上。
ただ一本、空へ突き刺さる塔。
部屋はない。
あるのは、上へ続く“移動のためだけの空間”。
高さ、三百メートル。
人間が住むための構造ではない、と直感が告げていた。
「中央エレベーターに到達しました。最上階へ――」
案内に従い、乗り込む。
ボタンを押す。扉が閉まる。
次の瞬間、
エレベーターは上昇し始める。
ガラス越しに景色が流れる。
地下の人工的な光が遠ざかり、
やがて――
視界が、開けた。
日の光と入れ替わる。
地上に出た。
そこには都市。
眼下に広がる、無数のビル。
整然と敷かれた道路。
走る列車。
完成された都市である。
だが、どこか違和感があった。
”新しすぎる”
建物の外壁は病的なほどに白く、ガラスは透明に澄み渡っている。
道路に補修跡はなく、レールは錆びていない。
時間を感じさせる要素がどこにもない。
ガラス越しの景色。
——一瞬だけ、止まった。
流れていたはずの都市が、静止する。
次の瞬間、何事もなかったかのように動き出す。
「......?」
エレベーターは渓人を乗せ、さらに上昇する。
その時、
再び違和感が走った。
「円だ」
陸地が、綺麗すぎる円形をしている。
その外側は海。
途中で、世界が“切れている”。
やけに滑らかな断面。
渓人は端末を操作する。
カメラ起動。情報が視界に合わせて表示される。
「未来都
人口:約800万人
直径:20km
――プロジェクトWABEによって建造された空中都市」
視線が止まる。
「建造時間:2日」
息をのんだ。
「これは...夢か?」
渓人は自身の頬をたたく。
「いてっ」
頬に痛みが走る。これは夢ではない。
夢のように見えるだけの現実であった。
やがてエレベーターは停止する。最上階だ。
再びホログラムが現れる。
四方向に伸びる通路。
東―食堂。
西―大訓練室。
南―武器庫。
北―中央通信指令室。
「目的地まで三十メートル」
東の通路を進む。目の前にスライドドアが現れる。
ドアが開く。食堂が姿を現す。
人の声。
食器の触れ合う音。
笑い声。
日常がそこにあった。
無機質な施設の中で、そこだけが“生きている”。
壁一面のガラスの向こうに、未来都市が広がっている。
その景色を背に、隊員たちが食事をしていた。
戦う場所でありながら、ここには日常があった。
渓人は食堂の提供口へと向かう。
タッチパネルがあり、メニューが並ぶ。
視線が釘付けになった。
「安い…定食が650円」
渓人はタッチパネルを押す。日替わり定食を選択する。
数分後、頼んでいた定食が提供される。
トレイが手渡される。
今日の日替わり定食はギョーザ定食。
ギョーザ6個
白米
中華スープ
サラダ
から揚げ
十分なボリュームであった。
渓人は窓側の席に座る。
箸をとる。
その瞬間。
指先に違和感。
__冷たい。
一瞬、
痛みが走る。
手を引いた。
指先が光を反射する。
気のせいだと言い聞かせた。
そしてギョウザにがぶりついた。
肉汁が皮の中から流れ出す。熱と肉汁が口を満たす。
うまみが広がり、空っぽだった体を満たしていく。
ギョウザを噛む
絶妙にカットされた野菜の食感
皮のモチモチとした食感
皮の焼き目の香ばしい香り
これらが食欲という火に油を注ぐ。
身体が白米を求め始める。
もう誰にも止められない。
昨日から何も食べていない。
そんな事実を今さら思い出した。
食べる、ただひたすらに食べる。
いつの間にか皿は空になっていた。
すべての料理が胃袋の中に消えていた。
顔を上げ、ガラスの向こうを見つめる。
都市が広がっている。
人間の営みがそこにはあった。
「なにあんた、あんたも拾われたの?」
聞き覚えのある声がする。
振り向かなくても誰だかわかる。
窓に反射する、見覚えのある姿。
「…高見沢」
同級生、高見澤光である。
「まあ、そうだけど…」
「そっか」
二人の間に沈黙が訪れる。
「あんたも帰る場所ないんだね…」
一瞬だけ遅れて届いた気がした。
__口の動きと合っていない。
「......お前もか」
「うん」
短い会話であったが、お互いの境遇を理解するには十分だった。
「新しい生活、お互いに頑張ろう!」
光はそういって励まそうとした。
「いいことばかりじゃないかもしれないけれど」
無理に明るくしたような声であった。少し震えている。
「......ああ」
渓人は頷く。
「あんた、そんな顔できたんだ」
「あんまり馬鹿にするなよ」
「前より、ちょっとだけ大人っぽい」
二人は笑い合う。
しかし、
奥に秘められた不安。
これだけは払拭できなかった。
東京壊滅。
二人はこの事態を完全には受け入れられていない。
「試験、受けるんでしょ」
「ああ。」
「絶対負けないからね!」
お互い一歩近づく。
「こちらこそ」
それだけ返した。
だが、
眼差しはまっすぐ前を見ていた。
トレイを持つ。
立ち上がる。
返却口へ向かう。
食器を返す。
決して振り返ることはなかった。
お互いに。
胸の奥には少し熱がこもていた。
食堂を出る。
再び無機質な廊下を歩き出す。
その足取りはしっかりしていた。
試験。
戦い。
この場所での生き方。
これらすべてが現実の出来事として動き始める。
渓人は、エレベーターに乗りこんだ。
次の目的地は、風間のもとである。




