Nineteenth 予期せぬ帰還
渓人と高見澤は食堂の券売機で足を止めた。
”日替わり定食”の表示の手を伸ばすと、何かに渓人の指が当たる。
暖かい感触を感じ、指先を見つめると、高見澤が素早く腕を引いた。
「どうした?」
渓人が右を向くと高見澤は見当たらない。
発券口には食券が二つ落ちていた。
渓人は食券を取り、提供口へと走る。
「食券忘れてるよ」
渓人は、高見澤に食券を差し出す。
「うるさい!」
そう言い放って食券を取り上げ、トレーに乗せた。
そのまま、食器を受け取り白米と味噌汁を盛る。
渓人も後ろに続いた。
しばらくすると、メインが提供された。
白身魚のフリットだった。
黄金色の衣にポン酢が滴り、染み込んでいく。
いつも通り窓側の席にトレーを運んだ。
二人は手を合わせ、箸を取った。
そのまま、フリットを口へと運ぶ。
__サクッ!
衣が口の中で砕け、香ばしい香りが広がっていく。
それと同時に、白身魚の旨みが脂とともに染み出す。
絡んだポン酢がさっぱりとした後味を生み出す。
箸で白米を取り、口に運ぶ。
一口、もう一口と箸を進める。
茶碗の白米はもうなくなり、フリットもあと一切れになった。
味噌汁を飲んで口を直し、箸でフリットを掴んで口に運んだ。
最後の一切れを嚙み締め、飲み込む。
任務で使い切った体力がが沸き上がってくるような感覚に包まれた。
「ねえ、渓人」
高見澤が話し掛ける。
「この後、予定ある?」
視線が少し横にずれた。
「無いけど、どうしたの?」
顔を上げて、高見沢の頬を見つめると赤みがかっていた。
「ちょっと、出かけてみない?」
高見澤はそう言って窓の外を指さした。
「行こうか」
渓人はトレーを持って返却口に向かった。
高見澤は彼の後を追い、走り出す。
その目は入隊直後のそれではなかった。
一方、
地下四階、実験区画。
風間が眉間にしわを寄せ、スクリーンを見つめる。
「なんだ、これ」
画面に映る緑色の光を見つめる。
その光の中で黒い外套が揺れ、鞘に刀を収めた。
次の瞬間、
光が鞘に集まり、吸い寄せられていく。
刀が抜かれるとともに、画面内のものが宙を舞い、刀を中心に渦を巻く。
そのまま横に薙ぎ払うと、画面が緑色の光で覆われた。
「状況が見えないな」
計器のメーターに目をやると、全て正常値であった。
「......全て規定値内、か」
針が揺れる様子をじっくりと眺める。
「油断するな、自分」
風間は頬を叩き、気を引き締める。
実験はまだ終わらない。
渓人と高見澤はエレベーターに乗りのみ、ボタンを押した。
床が、地面に向かって加速しながら落ちていく。
窓から外を眺めると、WABE本部から大きな回路が放射状に伸びていた。
相変わらず青白い光を放ち、一定周期で拍動しているように見える。
エレベーターがゆっくりと減速し、扉が開いた。
二人はエレベーターを後にして、歩きだす。
その先には正面玄関があった。
立派な正六角形の明かり取り窓から光が差し込み、玄関を照らす。
それだけが唯一の光源だ。
床は灰色の固い素材で、滑り止め用の細い溝が何列も彫られている。
二人の靴が床をたたく音がこだまする。
壁は光沢のない白いもので、同じ素材で作られた正六角形の板が貼られている。
「基地からの外出は初めて?」
「ずっと基地にいたし、そうだね」
高見澤からの問いに答え、扉を見つめる。
ガラス張りの自動ドアと、認証用の機械が合わさったものが置かれている。
高見澤は慣れた手つきで機械に左腕につけた端末をかざした。
「認証完了」
無機質な機械音声が流れ、ロックが解除された。
渓人も後に続いて左腕につけた端末をかざす。
玄関を潜り抜けた先に、ビルが立ち並ぶ中心街が姿を現す。
「ちょっと、行きたい場所がある」
高見澤はナビを目的地に合わせ、二人は歩き出した。
「ちなみに、どこ行くの?」
渓人は問い掛ける。
「教えない」
高見澤からの返事はそれだけだった。
誰かの話し声、車のロードノイズ、地面を叩く靴の音が街を覆う。
しばらくすると、バターの香ばしい匂いが漂ってきた。
「ここだよ」
高見澤はそう言って指を指す。
その先には木製で黒い鉄のドアノブと蝶番を持つドアがあった。
木製の窓枠にはすりガラスが収まっている。
luminaと彫られた板が扉に掛かっていた。
二人は扉を引き、店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
「ご注文は?」
マスターのお出迎えだ。
「ホットコーヒー一つ 渓人は?」
高見澤が注文を済ませ、問いかける。
「ホットココア一つ、お願いします」
二人はカウンター席に腰を下ろし、提供を待った。
「光さん、この子は?」
マスターは手を止め、こちらを見つめる。
「同期の渓人です」
高見澤はそうとだけ答えた。
「そうかい」
マスターの手が動き出す。
渓人はその一挙一動を見つめる。
シワの多い手を素早く動かす。
ポットを傾け、円を描くようにフィルターにお湯を注ぐ。
一定のリズムで回し、一定の円周をなぞる。
精密機械さながらの動きであった。
「おまちどおさん」
マスターがマグカップをカウンターに乗せる。
マグカップからは湯気が立ち昇っていた。
「いただきます」
二人はマグカップに口をつけた。
「苦そうだね」
渓人はそう言って高見澤の顔を見つめる。
「うるさい!」
高見澤の返事はこもって聞こえた。
渓人の口の中は香ばしい香りと優しい甘さに包まれる。
二人はマグカップの中身を飲み進め、カウンターに置いた。
その時、窓の外から緑色の光が差した。
「今の、何だ?」
渓人は高見澤の顔を見つめる。
「なんか、嫌な予感がする」
返事はそれだけだった。
一方、司令室。
「こちら風間俊英」
「実験区画で問題発生」
「当該区画の封鎖を要請する」
司令室をざわめきが埋め尽くす。
「何があったんだ」
「どういうことだよ」
そんな中、一人だけは顔色を変えない。
「当該区画の封鎖プログラムを実行した」
「増援はいるか?」
桜井は低く、落ち着いた声で問いかける。
「不要だ」
「私が責任を持って対処する」
風間は刀を抜いた。
「奴が帰ってきた」
画面の中にいたはずの戦士に刀を向ける。
「私の刀にただ乗りしやがって」
頬から生えた結晶が拍動する。
「覚悟をしろ」
二人は互いに睨み合う。
戦は避けられない。




