20
「そろそろ岩男が着くころかしら。」
「岩男。フィリップ様がお可哀そうです。」
「あらそう?岩のように大きくて強いのも、騎士にとっては大事な能力よ。」
貶すようなことを言いつつも、国を守る盾であり続けているフィリップのことを、クローディアは高く評価している。
「フィリップ様の反応を見守りたいところでございましたね。」
「本当ね。全く王族のエスコートなんて迷惑でしかないわ。」
扇子に隠れた口元を歪めながら、クローディアは吐き捨てるように呟いた。
「まあでもミリアーナ様の可愛らしい姿を見られるのは楽しみだわ。ベリルは残念ね。わたくしの大切な従者と言えども、さすがに夜会には連れていけないわ。」
「ミリアーナ様のことも勿論ではありますが、やはり姫様のお側に居られないことが何より不安でございます。」
「あら、わたくし暴れたりしなくてよ。」
クスクスと笑いながらそう言うクローディアに、ベリルは真剣な顔で語り掛ける。
「姫様、暗器は一通りお持ちですか?」
「持ってるわ。レッグシースもつけているもの。」
「ドレスでは持てる暗器が限られるのが不安です。そもそもドレス姿が美しく、不安です。」
眉をしかめ悔しそうに呟くベリルに、クローディアもさすがに呆れたような声が出てしまう。
クローディアは他国の夜会に招かれた場合、基本的にネイビーのドレスしか身に着けない。理由は簡単で、ネイビーがグリーク帝国の国旗の色だからだ。大国であるグリーク帝国の皇女が身に着ける色はどうしても注目されてしまう。無視しても良いのだが、面倒だからネイビーを制服のようにしてしまっている。
デコルテを銀糸で紡がれたレースで覆ったネイビーのドレスは、クローディアの凛とした雰囲気によく似合う。
ネイビーの薄絹は夜空のようにきらめいている。オートクチュール刺繍に使われているガラスビーズが、光りを受けてキラキラと輝いているからだ。このガラスビーズは帝国が誇る宝石のカット技術を転用して作られたもの。
髪はシンプルにシニヨンに纏められ、銀細工が美しいヘッドドレスがつけられている。
「わたくし戦場に行くのではないのよ。そもそもそこいらの男に負けるような鍛え方はしていなくてよ。」
「いいえ、姫様。姫様のように美しい女性にとって、夜会は薄汚い獣がうろつく戦場でございます。痺れ薬は持たれましたか?」
「ネックレスの宝石の裏に入れているわ。」
「痺れ薬ではなく毒薬の方が良いのでは?」
「ベリル、毒薬なんて持っていることがばれたら、いくら皇女とはいえまずい立場になるわ。何なら暗器だって御法度なのだから。」
「暗器を持つことを許した一点のみにおいて、王太子殿下に感謝いたしております。」
一般的に夜会において帯剣出来るのは警備の騎士だけだ。しかしブラシオ王国の夜会では、クローディアは暗器の携帯を許可されている。
「他国の王族に夜会で帯剣を許可するだなんて、ブラシオ王国がどれだけ穏やかか分かると言うものだわ。」
「それだけ姫様が信頼されているということかと。」
「帝国でそんなことを言えば、妹であろうと兄上や父上はその場で首を刎ねそうなものだけれどもね。」
クスクスと笑い、シルバーの台座にブラックオパールの石がついた指輪をはめる。
「まあ、ナイフよりもこちらのほうが好きなのだけれど。」
そう言うと、指につけたブラックオパールを愛しそう指先で触れた。
「気に入って下さったようで何よりです。」
「当り前よ。銀の髪に黒の瞳、あなたみたいな指輪だもの。」
それに何より、とクローディアは呟いて大きなブラックオパールを取り外す。
「武器にもなるだなんて、あなたがわたくしを大切に思っている証拠でしょう。」
「東の国にある角指という暗器を見て思いついたのですが、そこまで気に入っていただけるとは。」
ベリルは焦がれるような熱を瞳にこめ、ブラックオパールの石をクローディアの指輪にはめなおした。
「どうか、どうか御無事で。」
特に危険もない夜会。クローディアを送り出すときのベリルはいつも焦燥や嫉妬といった負の感情が溢れでそうになってしまう。
クローディアの輝く黒髪も、しなやかな体も、目で追ってしまう白く細い指先も、この時ばかりはベリルを苦しませる理由となってしまう。
普段一番近くにいるからこそ、多くの男が彼女を見つめる場に居られないことが口惜しい。
「お願いです。どうかご無事で。」
だからこそ、呪いのように、その言葉だけを繰り返す。
「わたくし、銀の髪に黒目で華が無い男しか目に入らないのよ。」
ベリルの頬をクローディアは白く細い指でスッとなぞる。
「では、まずは銀の髪を持つ男から始末してまいります。」
ベリルはうっとりと目を瞑りながら、冗談とも本気ともとれる声色を使う。
「では黒目の男もリストアップしなくてはね。」
クローディアは軽口を叩くことでベリルの気配が和らぐのを確認し、指先をおろす。
コンコン
「姫様は準備が整っております。」
外向きに声を整えたベリルがノックへ返事を返す。その声を合図に控室の扉が開かれる。
「クローディア、美しさに目がつぶれてしまいそうだ。」
きらびやかな正装を嫌味なく着こなした、王太子のエリックがクローディアに賛辞を贈る。
「次期国王陛下の目を潰す訳には参りません。近衛騎士の方に連れ添っていただき会場に入りますわ。」
微笑みながらそう告げると、エリックは顔をひきつらせ苦笑する。
「クローディア相手には気軽に褒めることもできないな。エスコートは騎士には譲れない。こんなにも美しい女性をエスコート出来る機会はなかなか無いからね。」
そう言って手を差し出すエリックに、クローディアは無表情で手を重ねる。
「さあ、我らが幼馴染の幸せを祝おうじゃないか。」
それでもエリックは上機嫌の様子で、楽しそうに夜会会場への道を進んでいった。




