19
「岩はマメな男なのね」
ミリアーナが使う客間に溢れる花を見て、クローディアはポツリとつぶやいた。
「フィリップ様の気持ちですので」
そうは言うものの、ベリルの顔も苦笑いとなっている。
フィリップとミリアーナが初めて顔を合わせてから、毎日手紙と花が届いている。ミリアーナも楽しみにしているものの、花を贈り慣れない男は加減を知らない。毎日業者かと思うほど大量の花が届くのだ。
「私は嬉しいのですよ」
「獣の躾は最初が肝心でしてよ!」
おっとりと微笑むミリアーナに、クローディアはぴしゃりと助言する。
「まあでも今日の花は褒めてあげようかしら」
「これはブルースターですね」
可愛らしい水色のブルースターを一本手に取り、クローディアは満足そうに微笑む。
「今日のドレスにぴったり。これを髪飾りとして使いましょう。花言葉も幸せなものばかりだし、二人の仲の良さがアピールできるでしょう」
クローディアはそう言うと、ミリアーナを飾り付けるために待機しているメイドたちに指示を与えていく。
今日はフィリップとミリアーナの婚約発表の夜会だ。王家が辺境伯を信頼しているというポーズのため、王太子が主催ということになっている。
「わたくしは今日は残念ながら王家にエスコートをされないといけないの。本当はミリアーナ様をわたくしがエスコートしたいのだけれどね」
残念そうに眉尻を下げ、クローディアはふうとため息をつく。ブラシオ王国の王族にエスコートされるのが心から迷惑なようだ。
「会場で会うのを楽しみにしているわ。きっと世界で一番綺麗よ。わたくしの自慢のお友達ですもの」
クスリと笑い、クローディアはベリルを伴い王城へと向かった。
「さあさあ、ミリアーナ様、いつまでもお見送りしている場合ではございませんわ!」
クローディアが乗った馬車が遠ざかるのを見つめていたミリアーナに、メイドたちから声がかかる。
「とても可愛くていらっしゃるミリアーナ様を、妖精のように仕立て上げろと主様より言われておりますのでね」
「皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね」
そう言っておっとりと微笑むミリアーナの雰囲気が、メイドたちのやる気をより奮い立たせるのであった。
***
「ミリアーナ様、ライゼンブルグ辺境伯がお迎えに来られました」
鏡の前で最終チェックを行っていたミリアーナは弾かれたように顔を上げる。
「私、変じゃない?もちろん皆さんのことは信頼しているのだけれど」
自信無げにそわそわとあたりを見回すミリアーナを、メイドたちは微笑ましく見守る。
「どこからどう見ても妖精のように可憐で可愛いお嬢様ですよ」
その言葉にミリアーナは頬を赤くする。
「あまりお待たせしてもいけないわね」
まるで決意するようにミリアーナは呟き、フィリップが待つ玄関ホールへと向かった。
「フィリップ様、お待たせいたしました」
甘く優しいミリアーナの声が耳に届き、フィリップは声の主を探して目線を上げる。吹き抜けとなっている二階、玄関ホールが見下ろせる場所にミリアーナはいた。
可愛らしく、清らかな雰囲気が漂う水色のドレスはプリンセスライン。薄絹を贅沢に何枚も重ねたそのドレスは動くたびにふんわりと生地が揺れ、ミリアーナの可憐さを最大限に引き出している。
ドレスのストマッカーには金糸で刺繍が入っており、ドレスの質をさりげなく高めている。手袋はレースと薄絹を組み合わせた白のもので、ふんわりとしたドレスとも相性が良い。
前髪はポンパドールにし、サイドを三つ編みにしたシニヨンで後ろ髪をまとめている。
これが本当に俺の婚約者か?信じられないという気持ちが湧いてきて、フィリップは呆然としてしまう。
「あれ?その髪飾りは」
思わずといった様子でフィリップが声をかけるとミリアーナはふふっと笑う。
「今朝届けていただいたお花を使っているんです。せっかくフィリップ様からいただいたものなので、今日身に着けていきたくて」
その言葉にフィリップは頭をガンと殴られたような気分になる。いくら顔合わせから婚約発表の夜会まで日にちが無かったからと言って、装身具の一つも贈っていないというのはどうなのか。己の唐変木ぶりが嫌になってしまう。
「気が利かない男ですまない。アクセサリーの一つでも贈れたら良かったのだが」
その言葉にミリアーナは一瞬キョトンとし、すぐにむっとした表情をわざと作る。
「フィリップ様。それは髪飾りが似合わないということですか?私、とってもこれを気に入っているのですよ」
「ち、違う! 髪に花を飾った君はまるで妖精のようだし、贈ったものを身に着けてくれることも本当に嬉しく思っている」
焦るフィリップの様子にすぐにミリアーナは表情を笑顔に戻してしまう。
しっかりと見つめると、後ろにまとめた髪の周りにヘッドドレスのようにブルースターの花が飾られていることに気が付く。
小ぶりで可愛らしく、清楚なイメージのブルースターは見れば見るほどミリアーナに似合っているように見え、その後で自分の色でもあることに気づく。気付いてしまえばもう目が離せなくなり、フィリップは一人顔を赤くする。
「先日会ったときも可憐だと思ったが、今日は目を離すのが怖いほど綺麗だ。誰にも見せたくないなどと、本当に思うものなんだな。だがそれを用意したのが皇女殿下というのは不満だ。次は俺から贈らせてくれ。」
真っ赤になりながらも、これだけは言わなければと決意したフィリップは、自分の口から出る甘い言葉に驚きながらも、これも悪くはないなと感じるのだった。
「ではエスコートさせてもらえるか?」
「よろしくお願いいたします。」
フィリップの力強いエスコートはミリアーナにとってとても心地が良い。一人で歩くよりも随分心が落ち着いていくのを感じ、ミリアーナは手を引かれるまま馬車へと向かった。




