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婚約発表の夜会会場へ近づくと、既に多くの貴族たちが集まっているようで様々な音が聞こえてくる。花の蜜のように甘い令嬢の声、阿るようなすり寄る声、自家の勢いを印象付けるように虚勢を張る声。
クローディアはまるで演奏会にでも来たかのように、目を閉じてその音に溺れる。
多くの人の嘘、その日限りの恋、嫉妬や妬みにまみれた夜会会場がクローディアは嫌いではない。正しい人の営みに触れているような気持ちになれるからだ。
「クローディア、そろそろ入場してしまおう」
「ええ、勿論ですわ」
エリックの声でふっと目を開いたクローディアは、何も気負うことなくふんわりとほほ笑んだ。社交場はエリックやクローディアといった者たちにとっては慣れ親しんだ場だ。
「有力貴族が揃い踏みだな」
「そうでないと困りますわ。そもそも殿下が招待された方々でしょう」
王族席からホールを見渡すと、高位貴族たちは全て集まっていることが確認できる。まだ主賓が到着していないということもあり、壁の近くで談笑しているようだ。
「まだみんなお祝いムードと言う訳では無さそうだな」
「まあ、辺境伯の所は良い嫁ぎ先ですもの。令嬢たちにとっては魅力が無くとも、親は無理やりにでも嫁がせたかったはず。そこへ評判の悪かったミリアーナ様ですからね」
「ふん。そんな風に思うならとっとと立候補すれば良かったものを」
「まあ、皆さんちょっと冷やかしたいくらいのものでしてよ」
二人があれこれ話していると、主賓の到着を告げられる。
夜会会場の重厚で美しい扉が開かれる。
ゆったりとした歩調で歩いてくるミリアーナは思っていた以上の美しさだ。クローディアは扇子の後ろで目を細め、楽しそうに見守っている。
「これは、…トワイデル伯爵令嬢、いや今はラドル公爵令嬢か。こんなにも美しいご令嬢だったんだな。誰も我らが幼馴染を見ていないぞ。姫君と腕利きの護衛騎士といった感じだな」
ハハハと笑い、護衛のように周りに睨みを利かせる幼馴染の様子をエリックが揶揄う。
ドレスから髪飾りまで全てをフィリップの色で纏めたミリアーナは、その優し気な雰囲気も合わさって妖精のような可憐さだ。
「それにしてもラドル公爵令嬢はもっと野暮ったい印象だったけどな。クローディアの所で磨き上げたのか?磨き上げたとしても驚くほどの変化だが」
「いいえ、特別なことはしておりませんわ。ただトワイデル伯爵家ではミリアーナ様の為にドレスを仕立てることもあまりなかったようですの。どんな美姫だって自分に合わないものを着せられていれば野暮ったくもなるものでしてよ」
「これはグロウ侯爵家の次男も熱い眼差しを向ける訳だな」
「何もしなければ、美しく賢く貞操観念もしっかりしている理想の妻が手に入ったのですもの。精々悔しがっていただかなければ」
ユージーンの懐かしむような、焦がれるような身勝手な視線に気付き、クローディアはクスリと笑う。
「周りの雰囲気も変わり始めたんじゃないかな?」
「ええ、ミリアーナ様の印象が大きく変わったことで、今までの姿が作られたものだったと感じる人が多くなるはずですもの」
周囲の貴族たちの雰囲気が変わってきていることに、クローディアは満足げに頷いた。
「ではそろそろ、幼馴染の婚約をみんなに発表しようか」
エリックはそう言って、クローディアの手を引いた。
「ライゼンブルグ辺境伯、ラドル公爵令嬢、君たちの婚約を心から嬉しく思うよ」
エリックはキラキラとした王子様オーラを惜しみなく発しながらそう告げる。
「殿下から直々にお言葉をいただけるなど、恐悦至極にございます」
見上げるほどの長身を曲げ、フィリップは四角四面の返事を返す。
「幼馴染なのだからもう少し砕けた話し方でも良いだろうに」
「殿下、ここは公式の場でございます」
どこまでも真面目な様子にエリックは苦笑した。
「まあ、いつものことか。フィリップ、麗しき婚約者殿を紹介してくれるかな?」
「こちらはラドル公爵家の養女、ミリアーナ嬢でございます」
「噂は主にクローディアから聞いているよ。とても真面目で優しく、さらには優秀だとね。こんなにも美しいご令嬢だったなんて、私が婚約者に立候補すれば良かったな」
いつも以上に王子様らしく微笑みながら、ミリアーナへの賛辞を贈る。息をひそめて状況を見守っていた周囲の貴族たちは、王太子からのミリアーナへの評価をしっかりと聞いている。
「あら殿下、優秀で真面目なミリアーナ様は、国にとって大切な辺境伯にこそ相応しいとお話したばかりではないですか。横恋慕は見苦しくてよ」
「見くびってくれるなよ、皇女殿下。大事に思っている友の婚約者を奪うなんて馬鹿げた真似はしないよ。どこかのご令嬢はしていたみたいだけれどもね」
うふふ、あははと笑いあうクローディアとエリックの会話を聞き、最近流れている噂がどうやら本当らしいと貴族たちは確信したようだ。
クローディアがチラリと壁際を見ると、真っ青な顔をして俯くユージーンの姿が目に入る。その惨めな様子に心の底から愉快に思ってしまうことを止めようとは思わない。
「皆の者、良いだろうか。今日は国の盾であり続けてくれているライゼンブルグ辺境伯と麗しきラドル公爵令嬢の婚約を披露したく、夜会を開かせてもらった。国を守る臣下としても、そして幼馴染としても私は今回の婚約を祝福している。今日はその幸せを分け与えてもらい、皆で一緒に良い夜を過ごすとしよう」
王太子の祝福が夜会の始まりの合図となる。楽団が奏でる音楽がワルツへと変わり、ファーストダンスを見守るために、周囲の貴族たちは壁際へと下がっていった。
「ファーストダンスは今日の主役である君たちにお願いしても良いかな?」
王太子の言葉にフィリップは頷き、ミリアーナの手を引いた。
「ダンスに誘っても良いだろうか?」
「もちろんです。とっても嬉しいですわ」
大きな体に反して何とも自信の無さそうな言葉に、ミリアーナはクスリと笑いつつも手を取り微笑んだ。




