14.家族を名乗る者たち
それは、ルカリオが騎士団の任務を終え、珍しく早い時間に屋敷へ戻ってきた日のことだった。
アンナとダニエル、ルカリオの三人は、中庭に面した部屋で遅めのお茶を楽しんでいた。
そんな穏やかな時間を破るように、エリザが硬い表情で部屋へ入ってくる。
「失礼いたします。アンナ様、ルカリオ様、門番から報告がございました」
「どうしたの?」
「サリバン子爵家とガルナシア伯爵家の当主が、お二人への面会を求めて、門前までいらしております」
アンナの手が、ティーカップの上で止まった。
「両家が、そろって?」
「はい。先触れもございませんでしたので、現在は門の外でお待ちいただいております」
アンナとルカリオが顔を見合わせる。
両家は、アンナの悪評が捏造だったと明らかになって以来、互いに責任を押しつけ合い、激しく対立していたはずだ。
そんな者たちが、なぜ今になってそろって訪ねてきたのか……。
「会いたくないのであれば、門前で追い返しても構わんぞ」
ダニエルの言葉に、アンナは少し考えたあと、首を横に振った。
「いいえ。一度だけ、話を聞きます。ここで追い返しても、また押しかけてくるかもしれませんから」
「それなら俺が一人で行って話してくる。アンナはここで待ってて」
ルカリオがすぐさま立ち上がるが、アンナは即座に言い返した。
「だめよ、ルカ」
「どうせ、ろくでもない話をしに来たんだ。アンナがわざわざ顔を合わせる必要なんてないだろ」
「何言ってるの。あなた一人にすべてを背負わせるつもりはないわ。サリバン家は私の生家なのよ」
アンナが一歩も引かずそう言うと、ルカリオはしばらく何か言いたそうに口をへの字に引き結んでいたが、最終的には諦めたように肩を落とした。
「……分かった。だったら二人で行こう。それなら文句ないだろ?」
「ええ。もちろんよ」
二人の間で話がまとまったところで、ダニエルもゆっくりと腰を上げた。
「では、私も同席しよう。私の屋敷へ招き入れる以上、無関係ではないからな。もっとも、話をするのは君たちだ。必要になるまでは黙っておるよ」
アンナは二人の顔を見てから、エリザへ向き直った。
「皆様を応接室へお通しして。ニコラスさんにも、念のため近くで待機するよう伝えてください」
「かしこまりました」
程なくして応接室へ入ってきた二人は、アンナの記憶にある姿よりも随分と老け込んでいた。
衣服こそ貴族らしく整えているものの、以前のような華やかさはなく、二人が置かれている状況が決してよいものではないことが窺える。
けれど、その表情に浮かぶ傲慢さだけは、少しも変わっていない。
家族を目にすれば、アンナは昔の傷が痛むのではないかと思っていたが、実際に父を前にしても、驚くほどに何の感情も動かなかった。
「どうぞ、おかけください」
そう言いながらアンナが中央の席へ腰を下ろし、その隣へルカリオが座る。
ダニエルは二人から少し離れた席につき、宣言どおり、口を挟まずに成り行きを見守るつもりらしい。
扉のそばには、ニコラスと二人の護衛が控えている。
全員が席についたところで、アンナは温度のない声で切り出した。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
最初に口を開いたのは、サリバン子爵だった。
「随分と他人行儀な言い方をするのだな。私はお前の父親だぞ」
「それは承知しております。ご用件をお話しください」
アンナが淡々と促すと、サリバン子爵は不満そうに眉を寄せた。
「現在、サリバン家は非常に苦しい状況にある。だが、お前は多くの孤児院や学校を運営し、王都の貴族や官吏とも深いつながりを持っているそうではないか」
続いて、ガルナシア伯爵が、ダニエルに視線を送りながら口を開く。
「ダニエル殿は前国王陛下とも懇意だと聞いている。その人脈を借りられれば、我々に対する社交界の誤解も解けるはずだ」
「誤解、ですか?」
アンナは思わず耳を疑い、聞き返してしまう。
両家がここまで追い詰められたのは、誰かに陥れられたからではない。
アンナの悪評を捏造し、その真実が明らかになったあとも、互いに責任を押しつけ合った結果である。
すると、尊大な態度のままサリバン子爵が告げた。
「確かに、お前にはつらい思いをさせたな。その点については、まあ、謝罪しようではないか。だが、リリアンもトーマス殿も、若さゆえに過ちを犯しただけだ。本人たちも、今では十分に反省している」
サリバン子爵の態度は、とてもではないが謝る人間の態度ではない。
それに、もしも本当に反省しているのなら、本人たちが謝罪に訪れるなり、手紙を送るなりすればいい。
けれど二人から、そのような類の謝罪を受けたことは一度もなかった。
アンナの表情が、不快感からわずかに険しくなるが、それには気づかず、サリバン子爵は笑いながら言った。
「なに、お前の名誉も既に回復している。昔のことは水に流しなさい。家族が苦境にあるのだ。助けるのが当然だろう」
「それは……」
その時だった。
アンナが何か言い返すよりも先に、ルカリオが立ち上がって大きな声を上げた。
その瞳には、隠しきれない怒りが宿っていた。
「勝手なことを言わないでください! 自分たちでアンナを陥れて、誰もアンナの言葉を信じなかったくせに、名誉も回復したんだからもういいだろうって……一体どういうつもりですか?」
「お前には関係のない話だろう」
けれどルカリオは止まらない。
テーブル越しに、今にも二人につかみかからんばかりの勢いで、叫んだ。
「関係あります! 俺は……っ、俺はアンナがあなたたちのせいでどれだけ苦しんだのかを、ずっとそばで見てきたんだ。あんたたちは知らないだろう。アンナがこれまでどれだけ我慢して、苦しめられてきたか……なのに今になって手を貸せだ? ふざけんなよ!」
「ルカリオ……」
アンナは、怒りに震えるルカリオの横顔を見上げた。
「な、何年も前のことを、いつまでも大げさに騒ぎ立てるな。本人の名誉はすでに回復していると言っているだろう!」
サリバン子爵が、不愉快そうに顔を歪める。
ルカリオはまだ言い足りないとばかりにサリバン子爵を睨みつけ、なおも言葉を続けようとしていたが、アンナはそれを止めるようにそっと彼の袖に手を添えた。
「ありがとう、ルカ。でも大丈夫よ」
ルカリオの視線がゆっくりとアンナへ向く。
「……本当に? でも俺は、まだ全然言い足りない」
「いいの。ルカが私のために怒ってくれたから、それでもう十分よ。あとは、私が自分で話すわ」
ルカリオは納得しきれない様子ながらも、渋々椅子へ座り直した。
婚約を破棄され、庭の隅で泣いていた時も、ルカリオだけはアンナのために怒ってくれた。
数年が経った今も変わらないその事実に、アンナの胸が温かくなる。
けれど、あの頃とは違う。
今のアンナは、自分の言葉で立ち向かうことができる。
アンナはサリバン子爵へ顔を戻した。
「……つまり、私に両家への金銭的な援助をさせたうえで、ダニエル様やアンソニー様から、両家の信用を回復するための口添えをしていただきたい、ということですね」
サリバン子爵は先ほどのルカリオの剣幕に一瞬怯んだ様子を見せていたものの、すぐに尊大な態度へ戻った。
「家族が困っているのだ。これくらいして当然だろう」
隣では、ガルナシア伯爵も同意するように頷いている。
責任を押しつけ合い、憎み合っていた両家が、なぜ今になって手を組んだのか。
彼らは、アンナの財産と人脈を利用し、ともに家を立て直そうとしているようだ。
だが、彼らの望みはそれだけではなかった。
「ルカリオ。――お前も、そろそろガルナシア家へ戻りなさい」




