↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
幕開き

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/50

紡ぎ車の記憶

 ぽうっ、ぽうっ……


 綿毛灯(わたげび)が、ふたつ浮かぶ。

 蛍のようにさまようは、柑子(こうじ)色。

 さながら、蜉蝣(かげろう)のような儚さを感じる灯(あか)り。


 だから、であろうか。


 ソノラは、蜜梅(みつばい)の根元で泣き伏せる子を見つけた時、その子が、綿毛灯のように消えてしまうのではないかと思った。

 綿毛灯は、竹籠をかぶせても、消えてしまう。


(知らない子……)


 肩をすぎた、若草色の髪が、野分(のわき)に揺れる。

 勁風(けいふう)は、少女であるソノラの顔を隠す。

 薄暮(はくぼ)に昇った綿毛灯は、風車に当たると、ぱっと散って消えていった。


 カラカラカラカラ──……

 風車の、音がする。


 ふと、強く思い出されることがあった。



「──人間っていうのは、めでたい生きものなんだ」



 ソノラがまだ七つで、糸繰(く)りの才がないとわからなかった頃だった。

 養い親のミハヤはそう言ったのだ。


「気になることを目にしたとしても、面倒だと感じたら、気のせいですませてしまう」


 ソノラは、紡ぎ車と苦闘していた。どんなに気をつけても、ソノラの紡いだ糸は、どうしてもほどけてしまう。かんしゃくを起こしたソノラを、ミハヤがあやすように語ったのだ。


「こわい話がある」

 怪談の語り部のように、ミハヤは声を低くした。


 カラカラカラカラ──……

 紡ぎ車の、音がする。


「隣の、隣の、ある里で起きたほんとうの話なんだがね。ある夜、親の言いつけを守らずに夜歩きをしていた娘が、里の中心で野盗に襲われた」


 ソノラは、見習いになったばかりだった。こわくなって、ひっ、とすぐに声をあげた。日中なのに、その時は蜩(ひぐらし)が鳴いている気がした。


「娘は、ずっと、助けてって声を上げていたんだけど、里の皆はだれも助けに来なかった。なぜだと思う?」

「その娘(こ)が、親の言いつけを守らない悪い子だったから?」

 ミハヤは首を振って、さらに声を低くした。


「みんな、だれかが、見に行くだろうと思ったからさ」


 ひゅっ、と息を呑んだ。


「聞こえて、いたんだよ。悲鳴が聞こえる気がするなって。でも、夜更けで、みんなが寝る準備をしていた。きっと、だれかが見に行くだろうと、みんなが思って、みんなが行かなかったんだ」

「…………」

「その娘は殺されてしまった」


 ソノラは、呆然と言葉を失う。

 だからね、とミハヤは声音をいつものように戻して言った。


「人間とは、めでたい生きものなんだ。気になっても、どうにかなる。めんどくさかったら、明日でいい。そうやって生きてるのが人間ってものなんだよ」


 ソノラは、子ども心に、悲しくなった。自分も含めて、人間という生きものがどうしようもない生きものな気がして、目と鼻の奥が、ぎゅっと染め布で絞られたみたいになった。

 そんなソノラの心境を知っているように、ミハヤはつづける。


「ただ、これは悪いことじゃないよ。そうやって生きたほうが楽だからね。全部を真面目に、事件かもしれないと思って生きていたら、疲れてたまんないだろう?」


 ミハヤの確認に、ソノラはこくんと肯く。


「だから、生きやすいように、神さまがそう仕組んでいるんだ。めでたい生きものとして、ね」

「……でも、そのままだったら、死んじゃった娘(こ)みたいなことが起きるよ?」


「だから、〈もつれ〉を見逃しちゃいけないんだ」


 ミハヤは、床板の上でぐちゃぐちゃになった糸のなりかけを手に取った。


「気になったら、気のせいで終わりにしない。気になる、ということは、なにかあるってことだ。もしかしたら、すでに〈もつれ〉ているかもしれない」

「……〈もつれ〉」


「──糸繰(く)りの匠ミハヤは、決して、〈もつれ〉を見逃さない」


 にっと、ミハヤは笑みを引く。

 糸のなりかけを手に取りながら、親指と人差し指で縒(よ)っていく。指先から不思議な力が流れているように、もつれていた糸が、ほどけていきながら、今ひとたび真っ直ぐな糸になっていく。


「なぜ、〈もつれ〉てしまったのか、見定めるんだよ、ソノラ」


 かこんっ、と音がすると、ミハヤは近くに綛枠(かせわく)を置いた。縒(よ)り直した糸を、今度は枠に張っていく。


「お前には、その力がある。だから、うまく紡げなくて、いらだったんだろうね。〈もつれ〉を見逃していない証拠だよ。さすが、あたしの子だ」

 そうして、一束、ミハヤは綛(かせ)を作り上げた。


「めでたい生きもので収まるんじゃないよ、ソノラ」


 カラカラカラカラ──……

 耳の奥で、母さんの声が反響する。



 ──わたしは、めでたい生きもので終わらない。



 ソノラは、一歩、足を踏み出した。


「どうしたの?」

 ぴくっ、とソノラと同じ若草の頭が動く。

「どこか痛い?」


 次第にゆっくりと、おずおずと、顔が上がった。見上げた目が、ソノラと重なる。


「え……?」

「え……!」


 そうして、ふたりは驚いて、互いを見やった。


 同じ顔。同じ色。同じ線。

 若草色に、琥珀色の瞳、顔立ちまですべてが、鏡映しのようにそっくりであった。ちがうのは髪の長さだけで、泣いていた長い髪の子は、驚きで涙を引っこめ、肩より少し長いだけのソノラは、ぽかんと口を開く。


 指をさして尋ねた。


「あなた……だれ?」

「──……スオノ」


 ソノラと同じ顔の娘は応じる。


「私は……スオノ」


 あなたは? と尋ねられて、ソノラは名乗る。ふたりは、驚きのまま、時を忘れる。


 ソノラと、スオノ。

 ふたりは、出逢うべくして巡り合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。