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お義母様のお言葉は絶対、なのですね? でも、一つお伺いしてもよろしいかしら  作者: ましろ


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3.


 翌朝、ようやく司祭様が子爵家を訪れました。

 奥様が亡くなってから、まる一日経っていることを伝えると、普段は穏やかな表情を変えることのない司祭様の眉がピクリと動きました。


「……子爵夫人は病を患っておられたのですよね?」


 司祭様の問いかけは、そのような状況だったのに、なぜもっと早くに連絡しなかったのかと責めているのでしょう。

 通常ならば、死が近くなると司祭様に来ていただき、告解と、併せて終油の秘跡により、死の苦しみを和らげるものなのです。


「……いや、面目次第もございません。こんなにも急に悪化するとは思わず、領地のため──ひいては妻のために何とか契約を結ばねばと家を空けてしまったのです」


 旦那様は演技達者だったようです。

 胸元をぎゅっと握りしめ、本当に辛く、悲しいのだと言わんばかりの表情で語っている姿に、思わず鼻で笑いたくなる。

 あなたは愛人宅に入り浸っていたでしょう! と、言ってやりたい! でも、そんなことをして解雇されるのは困る……。使い捨てできる使用人でしかない自分が悔しくて堪りません。

 そんな中、扉をノックする音が響き、部屋に入ってきたのはお嬢様でした。

 黒のドレスを身にまとい、紅すら差していない姿。その儚げな佇まいは、母を亡くした悲しみをそのまま体現しているようで、痛ましくも美しい。


「司祭様、今からでもお母様の告解をお願いできますか?」

「……告解……ですか?」


 お嬢様の声は、震えることもなく、どこまでも透き通っていました。

 しかし、その頬には昨夜、旦那様に叩かれた跡が浮かび上がっています。

 司祭様の視線が、旦那様の『演技』から、お嬢様の痛々しい頬へと吸い寄せられました。


「……シャーロット様、そのお顔は一体……」

「お恥ずかしいところをお見せしました。不徳な娘ゆえ、お父様を怒らせてしまいました」


 お嬢様は伏せ目がちに、けれど司祭様にはっきりと頬が見える角度で俯きました。

 旦那様の顔から血の気が引き、言い訳をしようと口をわななかせています。


「……夫人が亡くなられたその日に、ですか?」


 司祭様の声に、隠しきれない怒りと不信感が混じりました。でも、お嬢様はそれ以上叩かれたことには触れず、先にお願いをした告解について話し始めました。


「母の最期は私が看取りました。母は最後まで泣き言を言わず、己の運命を受け入れていました。ただ……一つだけ罪を犯したと、そう告白されましたので、私が書き留めました」


 もともと司祭様にお願いするつもりだったのでしょう。お嬢様の手元には一冊の手帳がありました。


「シャーロット、止めなさい」


 旦那様が顔を引きつらせながらお嬢様をたしなめました。ですが。


「いえ。告解は神の愛し子に平等に与えられた恵みと慈悲です。どうぞ、代読してください」


 司祭様にそう言われると、旦那様にはもう止める手立てがない。お嬢様はそんな旦那様ににっこりとほほ笑むと、手帳を開いた。


「『私の罪は、あの人と分かり合うための対話を怠ったこと』」

「……は? 何を……」


 自分を断罪する言葉が紡がれると身構えていたのだろう。旦那様が呆然と呟く。


「『……初恋でした。でも、あの人の愛が私に向くことはないと、初めから諦めていた。それでも、妻になれたことが喜びだった。……だから、シャーロット。あなたは父を捨ててよいのです。あの人に最後まで寄り添うのは妻である私一人で十分。あなたは自由になりなさい』」


 ……何ということでしょう。亡き奥様が、あの冷酷だった旦那様を愛していらした? 初めて明かされる真実に、旦那様だけでなく、控えていた私達も驚きに息を呑んだ。

 お嬢様は、司祭様の前に一通の書面を差し出しました。そこには、王国の紋章と共に、驚くべき事実が記されていました。


「……これは。シャーロット様、あなたは……」

「はい。母クリスティアナは生前、祖父母である伯爵夫妻のたっての願いもあり、私を伯爵家の養女として籍を移したのです。ですから、現在この子爵家には、私は『伯爵家の令嬢』として滞在しているに過ぎません」


 凍り付いたのは旦那様でした。


「な、何を馬鹿なことを……! 私に無断でそんなことができるはずが……!」

「お父様、お忘れですか?  お母様の持参金でこの家の借金を肩代わりする際、交換条件として私の親権と後見に関する全権を、お母様が握るという契約書にサインされましたよね?」


 お嬢様は、まだ赤く腫れた頬にそっと手を添え、ふふっ、と鈴を転がすように笑いました。

 旦那様は、生まれて初めて見る娘の不敵な笑みに完全に呑まれたのでしょう。言葉を失い、ただひたすらに、目の前の少女を凝視することしかできません。

 するとそこへ、そんな空気の凍り付きなど知る由もないラモーナ様とペネロピ様が、派手なドレスの裾を揺らしながら階段を下りてきました。


「あら、あなた? まだ葬儀の話が終わらないの? ペネロピが退屈しちゃうわ」


 司祭様の冷徹な視線が、喪服すら着ていない女と、その傍らで退屈そうに髪をいじる娘へと注がれます。


「お父様。少しの間でしたけれど、そちらの……ええと、『お客様』と家族ごっこを楽しめて良かったですわ。……でも、お父様。最後に一つだけ、お伺いしてもよろしいかしら」


 シャーロット様はどこまでも無垢な、それでいて残酷なほど澄んだ瞳を旦那様に向けられました。


「お父様は、本当に――ラモーナ様を愛していらっしゃるの?」







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