2.
なんと、驚くことにお嬢様がラモーナにおねだりをしたではありませんか。
「……何を言っているのかしら」
「え? だって、お義母様がおっしゃったではありませんか。家族になる記念に、上の者は下の者にプレゼントを贈るのでしょう?」
「な⁉」
「そして私はペネロピより年上ですから序列としては上。プレゼントを先にもらう権利がありますわ」
……確かに言っていました。ですが、まさかお嬢様はこのような反撃に出るとは。
「……あなたは姉なのだから我慢しなさい!」
「まあ。では、プレゼントの権利は一番年下のペネロピにだけあるのですか」
「そうよ!」
あまりに破綻した理論であるのに、ラモーナは堂々と肯定した。やはり、ただの頭が悪い女ではないか。使用人たちの眼差しが冷ややかなものに変わっていく。
「だそうですわ、お父様。よかったですわね。今後はお義母様へのプレゼントは不要のようです。我が家の家計は火の車ですもの。とっても助かりますわね?」
そうなのです。エイベル子爵家は旦那様が散財し、仕事をおろそかにしているせいで金策に追われる日々。今までは奥様がなんとか守ってくださいました。ですが、その奥様もお亡くなりになってしまいました。
これからこの家がどうなるのか。使用人達も不安に思っているのです。
「……あなた? それは本当ですの?」
どうやらラモーナは知らなかったらしい。働きもせず、湯水のようにお金が湧くはずもないのに、愚かなことです。
「お、お前! デタラメを言うなっ!」
「え? もしかして、本当のことを言ってはいけなかったのですか? でも、私達はもう家族なのでしょう? だから嘘偽りはいけないと思いましたのに」
お嬢様が申し訳なさそうに眉を下げ、謝罪の言葉を告げた。
「いい加減だまりなさい!」
これ以上、恥部をさらしたくなかったのでしょう。旦那様が突然大声で叱りつけました。
でも、それだけでは気が収まらなかったのか、なんと、激昂した旦那様がお嬢様の頬を叩いたのです!
──何ということを!
さすがにこれは許せないと使用人たちが立ち上がりかけたその時。
「やだ、お姉様ったら格好悪いわ」
……たかだか愛人の娘風情が私達の大切なお嬢様を嘲るなんて。怒りに震える私の手をお嬢様がそっと握ってくれました。
「……お嬢様」
「大丈夫よ」
そう言うと、お嬢様はおもむろに立ち上がり、ペネロピの前に立ちました。
「……何よ。文句でもあるの?」
ペネロピがお嬢様を睨みつけるが、それを見てお嬢様はニッコリと微笑みました。そして。
スパーンッ! と、勢い良くペネロピ嬢の頭を引っぱたいたのです!
「きゃあっ⁉」
これにはさすがにその場にいた皆が驚きました。
「ペネロピ⁉ シャーロットさん、何をするの⁉」
「え? 教育的指導ですが。だって、先ほどお父様が私にもしたではありませんか。腹に据えかねる悪行には体罰も辞さない。これがエイベル家の決めごとのようですのでご承知おきくださいませ」
かけらも悪びれず、しれっと言ってのけるこの方は本当にお嬢様なのでしょうか。
普段の優しいお嬢様の変わりように、使用人達も困惑しています。
「それでも、傷が残ってはいけませんので、少々手加減をして頬ではなく、頭を叩くにとどめました。葬儀の場で我が家の内情を疑われたくはありませんもの」
笑みを崩すことなく、旦那様とラモーナを見据える。
これ以上、自分に手を出せば、娘を虐待している証拠になると言っているのでしょう。
「酷い! お姉様が叩いたわ! お父様っ、ちゃんと叱ってよぉ!」
ペネロピがキャンキャン騒ぐも、さすがに冷静になったのか、旦那様が咳払いをする。
「……ペネロピ。まずは部屋に案内しよう。シャーロットに構う必要などないのだから」
どうやら、これ以上の口論はよくないと判断したようです。
「お父様、早急に葬儀の手配を。お母様が亡くなって、すでに半日以上過ぎております。このままでは、何か後ろ暗いことがあるのかと疑われてしまいますよ?」
「分かっているっ!」
旦那様は鼻息荒く言い放つと、ラモーナとペネロピを連れて二階へ向かってしまいました。
そんな彼らを苦々しい気持ちで見送る。
すると、それまで毅然とした態度を崩さなかったお嬢様が、ふにゃりと力が抜けたかのように座り込んでしまったのです。
「お嬢様⁉」
「ごめんなさい、ちょっと気が抜けてしまったわ。……だめね、お母様みたいな毅然とした姿を目指したいのに」
……そうだったのですね。急に人が変わったのかと驚きましたが、亡き奥様をお手本にしていたのなら納得です。
お嬢様のお母様でいらっしゃるクリスティアナ様は、とてもご立派な方でした。
旦那様は、最愛の恋人を押しのけて妻の座についた奥様を嫌い、そんな奥様との政略結婚を結ばせた大旦那様がお亡くなりになった途端、ろくに屋敷に帰らなくなりました。
それでも涙を見せることなく、必死にこの家を守ってこられた気丈な女性でした。
「ですが、お嬢様。このままでは」
「……大丈夫。もう、ずっと前からお母様に教えられてきたから」
奥様から……それは、何を?
「あと少しだけ待って? あなた達のこともちゃんと考えているから」
そう言って、精一杯の笑みを見せられたら、もう何も言えません。
「承知いたしました。まずは頬を冷やしましょう。赤くなっています」
「いいえ。このままでいいわ。だって、分かりやすいでしょう?」
分かりやすい。それは、お嬢様がどう扱われているか、ということでしょうか。
お嬢様の頬が腫れるに任せるのは、何とも耐え難いことです。ですが……。
「……では、お茶を淹れてまいります。それまではどうぞ、お部屋でおくつろぎくださいませ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
私達の心の痛みなど些細なものです。
お嬢様の凛とした後ろ姿を見送りながら、少しでもリラックスできるお茶にしようと考え、台所へと向かいました。




