4.
「……愛しているに決まっているだろう」
「どんなところを?」
「なぜ、お前にそんなことを言わねばならんのだっ!」
「だって不思議なのです。ラモーナ様にお会いするのは初めてでしたが、彼女がこの屋敷に来てからの行動すべて、どこに魅力があるのか皆目見当もつかず」
お嬢様がくるりと振り返り、ドレスの裾がふんわりと翻りました。
恨み言を言うでもなく、ただただ不思議でならないのだと言わんばかりに、あどけない少女のような眼差しを、部屋の入り口に佇むラモーナ様へ向けられました。
「母が亡くなったその日のうちに、高笑いしながら華やかなドレスを纏ってやってきました。お悔やみの言葉もなく、私に『姉なのだからブローチを妹へ譲れ』とおっしゃいました。お父様に打たれた私を見て、愉悦を隠そうともされませんでした」
お嬢様の言葉を聞き、そのあまりの非常識さに、司祭様も苦々しく眉をひそめていらっしゃいました。そのことに気づいたのだろう旦那様が、慌ててお嬢様の腕を掴みました。しかし。
「『泣き虫バニー。彼女の言動が、あなたの目には強さに映ったの?』」
「……な、……っ、なぜ、その呼び名を……?」
旦那様のお名前は、バーナビー。バーナビー・エイベル子爵。
その普段の厳格な様子とはかけ離れた、あまりにも可愛らしいバニーという愛称に、旦那様は青ざめ、私達使用人は笑いをこらえるのに必死で困惑を隠せません。
「『残念ね、バニー。彼女の態度は物怖じしないのではなく、ただ、無知なだけ。本当の強さではないのよ? そんなものに十年以上も騙され続けて。……私がいなくなったら、あなたはどうやってこの子爵家を守っていくのか。……心配だわ』」
その言葉が、自分を侮辱するものだと気づいたのでしょう。
ラモーナ様は怒りで顔を真っ赤に染め上げながら、お嬢様の前に立ちはだかりました。
司祭様がすぐ目の前にいらっしゃるというのに、信じられない暴挙です。
「……何を偉そうに言っているの? アンタなんかもう死んだくせにっ!」
そう言って、ラモーナ様が大きく手を振り上げたのを見て、司祭様が慌てて止めに入られました。
「何をしようとしているのですか!」
「うるさいっ! 私は母親よ! 娘をしつけて何が悪いというの⁉」
「やめろっ、ラモーナ!」
激昂するラモーナ様を、二人がかりで止めている姿を見て、お嬢様がポツリとつぶやきました。
「……あさましいこと」
「なんですって……?」
乱れた髪の隙間から睨みつけるような双眸は、ギラギラと血走り、控えていた私達は思わず恐怖で足を引いてしまいました。
それでもお嬢様は、一人だけ静寂の中に佇んでいるかのように、淡々と言葉を紡ぎました。
「お父様? ラモーナ様は、強く、美しいですか?」
お嬢様の言葉に操られるかのように、旦那様がゆっくりとその視線をラモーナ様に定めました。
憎々しげにお嬢様を睨みつけ、今にも飛びかからんとする、嫉妬に駆られたその姿に、旦那様はくしゃりと顔を歪ませ、うつむいてしまいました。
「……え? ちょっと、あなた──」
ラモーナ様が旦那様に向かって手を伸ばしました。しかし、旦那様はその手を恐ろしげに見つめるだけ。
「──は。……ふふっ、あはははっ! 」
ラモーナ様は旦那様のその態度を見て、狂ったように笑いだしました。
「なぁに? 今さら、亡くなった奥様のお膝の上にでも戻るつもりかしら? バニーちゃん?」
「……やめてくれ、ラモーナ」
「ふふっ、やめてと言われてもダメよ! だって、本当に今さらだわ。クリスティアナ様はもういないの。私が勝ったのよ。これからは私があなたの妻で、私がこの子爵家の夫人。……もう、愛人だなんて誰にも馬鹿にはさせないわ!」
ずっと日陰の身だったことへの、積年の恨みだったのでしょうか。
ラモーナ様はクスクスと不気味に笑いながら、今度はお嬢様にその冷淡な視線を向けました。
「生き残ったほうが強いの。お前も諦めなさい、シャーロット」
お嬢様はラモーナ様のその言葉を聞くと、困ったように少し首を傾げられました。
「まあ。私、まだ十五歳ですもの。神様のもとへ旅立つのは、かなり先のことだと思われますわよ? それに」
お嬢様はふうっと小さくため息を吐きながら、その視線を部屋の片隅へと向けられました。
思わずつられて、私達使用人も皆、そちらへと顔を向けてしまいます。
そこには、何が起きているのかまだ何も理解していないのでしょう。ペネロピ様が、居心地悪そうにただ佇んでいらっしゃいました。
「……ペネロピ」
お嬢様にようやく名前を呼ばれ、自分の存在を意識してもらえた安心感からでしょうか。ペネロピ様はパッと表情を明るくされました。そして、
「ひどいわ、お姉様。お母様をいじめてはだめじゃない!」
と、何一つ状況が分かっていない様子で、得意げにお嬢様を責め立て始めたのです。
「ごめんなさい、ペネロピ。家族ごっこはもう、終わったのよ」
「え? ……ごっこって、お姉様、何を言って──」
戸惑うペネロピ様を冷ややかな目で見下ろしながら、お嬢様は淡々と続けられました。
「私はすでに伯爵家の養女として、籍が移っています。だから、お母様の葬儀が終わったら、私はこの家を出ることになるのよ」




