14.
「まあ、一体どうなさったのです? 子爵ともあろうお方がそのように取り乱すだなんて」
「いいから答えなさいっ!」
旦那様だけでなく、使用人からもざわめきが立つ。
すると、そんな使用人達の不安を察したのか、お嬢様が安心させるかのように優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ。あなたたちの退職金はすでに準備してあります。次の職場への紹介状も手配してあるから、安心なさいな」
「……退職金だと?」
「当然でしょう。雇用主側の一方的な理由で雇い入れ期間を終えるのですもの。その分の保証をして然るべきです」
「……そんな、馬鹿な。そんな大金を、一体どこから捻出したというのだ!」
旦那様がわなわなと体を震わせ、目を見開いた。
「あら、仕方がありませんわ。人を雇い入れるとは、そういうものでしょう? たとえ、この屋敷を手放すことになろうとも。──ね?」
「……まさか、屋敷を売り払ったのか⁉」
「いいえ? 抵当に入れただけですわ。子爵が返済を滞らせなければ、何も問題はございません。今まで楽をして生きてこられたのですから、そろそろ必死に働いてみても良い頃合いでしょう?」
旦那様から、か細い呼気が漏れる。
視線を彷徨わせ、一歩後退りかけた足元がもつれた。
――だが、お嬢様と目が合った途端、震える拳を強引に握りしめ、逆に一歩、踏み込んだ。
「……いや、退職金だけなら、まだ残金があるはずだ!」
「ああ、残りはすべて寄付いたしましたわ」
「……は?」
「お伝えしたではありませんか。私への保険として尼僧院への寄付。そして、お母様の魂の救済と永遠の安らぎを祈っていただくために修道院へも寄付をいたしました。──それから、この半年の間、少しでも痛みが和らぐようにと苦心してくださった治癒院へも、もちろん惜しむことなく、今後のためにお遣いくださいと援助金をお渡しいたしましたわ」
旦那様の瞳から光が消えた。口元をわななかせ、頽れる。
「……あ、……あぁあっ!」
旦那様が打ちひしがれるように泣き声を上げた。
そんな旦那様の前に、家令が静かに一礼して一歩前へと進み出た。
「……旦那様。お仕事に関する差配ならば、私めにお尋ねください」
「……た、……助けてくれるのか⁉」
がばりと顔を上げ、震える手で家令にすがりつく。
「いいえ。私に亡き奥様の代わりなどは、できるはずもございません。ただ、私の分かる範囲でのみお伝えさせていただければと。……退職金をいただくのですから、その程度のことならばさせていただきます。──もしくは、爵位の返還であっても、お手伝いは可能かと」
家令は静かに視線を伏せ、旦那様からの言葉を待った。
「……爵位の……返還? どうして、そんな……」
「このままでは、子爵家が立ち行かなくなるのが目に見えているからでございます。ですが国へと領地を返還すれば負債ごと引き受けてくださるはずですし、少額ではございますが、年金を受け取ることもできるやもしれません」
すると、それまで黙って聞いていたラモーナ様が突然、食ってかかった。
「……何を言っているの? 爵位の返還? ……そんなことをしたら、私達はどうなるの⁉ まさか、平民として生きていけとでも言うの⁉」
ラモーナ様は理解できないと言わんばかりに、金切り声を張り上げた。
「……他の方法を、この私めでは見つけることは叶いません」
そこまで言い終わるや否や、ラモーナ様が大きく手を振り上げ、家令の頬を打ち付けたのだ。
「……黙りなさい、私は子爵夫人だと言ったはずよ! 平民になどなってたまるものですか!」
その言葉に、ざわりと空気が揺らいだ。
「……ほう? 誰が、子爵夫人だと?」
そのあまりにも冷たく、怒気を孕んだお声を耳にした瞬間、ラモーナ様の興奮して赤らんでいた頬から、見る見るうちに血の気が引いていく。
「子爵よ。そなたの妻はクリスティアナのはずだが?」
「……あ、……は、はい……その通りで……」
「では、子爵夫人を騙るその不届き者を──そなたはどう扱うつもりだ?」




