12.
「ま……、待って、姉様。私は、その……別に」
ペネロピ様がオロオロと瞳を揺らしながら、口ごもった。
「ああ。ごめんなさいね。あなたの考えを聞きもせずに話を進めては、子爵と変わらなくなってしまうわね」
お嬢様がそっとペネロピ様の髪を撫でた。
ラモーナ様に似た鮮やかな赤髪が、お嬢様の指にするりと絡む。
「でも、聞いて? もう、あまり時間はないの」
「……え?」
ペネロピ様が助けを求めるように旦那様へと視線を向けた。しかし、旦那様は逃げるように、顔を背けてしまう。
ペネロピ様から表情が消えていく。
それでも、ゆるりと視線をお嬢様へと戻した。
「この子爵家は泥舟なの。お母様がそのように作り上げ、すでに大海へと押し出してしまった。だから、いずれは脆く崩れ、沈んでいくことでしょう」
ペネロピ様のカールした髪がゆれる。
「……姉様、わかんない」
その瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。
「……さっき言ってた、『ぎゃくたい』って、なに? ……私が、馬鹿ってこと?」
「いいえ。あなたが生きていく上で必要な教育を与えなかった、子爵たちの罪の名です」
「……つみ……」
「はい。食事を与えなければ飢えます。衣服を与えなければ寒さを凌げないでしょう。では、知識を与えなければどうなるかしら?」
「……人と、話すことが、できない?」
「そうですわね。少なくとも、貴族とはお話ができないと思って間違いありませんわ」
お嬢様の言葉を、ただじっと聞きながら、くしゃりと表情がゆがんだ。
「……でも、じゃあ、どうしたらいいの? 私には、お父様とお母様しかいないわ。……私一人でなんて、何を……どうしたらいいのかわからない……っ!」
両手で耳を塞ぎ、しゃがみ込んでしまった小さな背中を、お嬢様が優しくさする。
「……待ちなさい、シャーロット。その娘をどうするつもりだ? まさか、クリスティアナを苦しめ続けた女の娘に、温情をかけるつもりなのか」
伯爵は青ざめたお顔でお嬢様を見つめた。
お嬢様は、もう一度だけペネロピ様の背を撫で、伯爵に向き直った。
「……お母様を傷つけたのは、子爵とラモーナ様。そして、いつまでも期待し続けた、ご自身の恋心でしょう?」
「……なんだと?」
「そもそも半端なのです。本当に子爵とラモーナ様を引き離したかったのなら、経済的に締め上げればよかったのですわ。子爵の自由にできる資金をなくせば、お二人の仲などとうに破綻していたはず」
旦那様にちらりと視線をやり、言葉を続けた。
「でも、お母様はそうはなさらなかった。なぜなら、そんなことをしたら、二度と愛されることはないと分かっていたから。……そこまで分かっていながら、それでも断ち切れない感情とは──本当に呪いのようね」
「シャーロット! 母の想いを呪いだなんて! 言っていいことと悪いことがあるでしょう⁉」
「……お母様は、私に自由を望んでくださいました。それなのに私は、まだ母の気持ちを慮り、その抱える愛を第一に考えて生きていかねばならぬのですか?」
部屋に沈黙が落ちる。
お嬢様の指先がわずかに震えた。しかし、視線を逸らすことなく、伯爵を見据えている。
「……シャーロット。お前は、クリスティアナを憎んでいるのか? 母を……愛してはいなかったのか」
伯爵が、絞り出すような静けさで問いかけた。
「愛しておりますわ。私にとっては、たった一人だけの家族ですもの」
お嬢様は亡き奥様が眠る寝台の方へと、懐かしむように愛おしげな視線を向けながら、母への愛を言葉にした。
「……ただ、お母様にとっての私は、父を繋ぎ止めるために必要な『もの』に過ぎなかったのではないかと……。そう考えてしまうことが、悲しくて……堪りませんでした」
「そんなはずないだろうっ⁉」
「そうですわね。でもきっと、私は一番ではなかったのだと──今でも思っております」
そう言い切ったお嬢様の隣にランディ様が歩み寄る。そして、お嬢様の固く握りしめた手を、そっと包み込んだ。
「……姉様、……私も? 私も、そうなのかな? ……ただ、お父様たち二人が仲良しだって分かるために必要な──そんな『もの』だったの?」
「違う! そんなはずないじゃないか! だって、私達はずっと幸せで、仲の良い家族だったじゃないか!」
旦那様が必死に言い募ったが、ペネロピ様は視線を向けない。
ただ、お嬢様のお言葉だけをじっと待った。
「子爵たちがどんなつもりだったのかは私には分かりませんわ。でも、大切なのは、あなた自身がどう感じたのか、なのではありませんか?」




