10.
「……なぜだ?」
旦那様が、とうとう耐えきれなくなったかのように、怨嗟に満ちた言葉を吐き出した。
「何がです? ――子爵」
「……その男だって、愛などという不確かなものでお前を求めているじゃないか……っ! 私と何が違う⁉ 私とあいつは、同類だろう!」
それはまるで、血を吐くような旦那様の叫びだった。
お嬢様がさらに言葉を重ねようと、唇を開かれたその時。とさりと、戸口で不審な物音が響いた。
「……誰です? ──ドアを開けて」
お嬢様のご指示を受け、静かに扉を開く。
そこには床へ震えながら座り込む、ペネロピ様の姿があった。
「……あ……わたし、は」
小さく肩を震わせながら、彼女の視線は父である旦那様を捉えた。
しかし、その血走った眼と視線が絡んだ瞬間、ペネロピ様はバッと顔を背けてしまったのだ。
「どうしたの? ペネロピ」
お嬢様が優しく問いかけられると、ペネロピ様は恐る恐るという体でお顔を上げられた。
その大きな瞳から、みるみるうちに大粒の涙が溢れ出していく。
「……わ、たし……」
胸元でぎゅっと握りしめた指先が、白くなっている。
「……ただ、お母様と、仲直りしてほしくて……っ! お姉様、ごめんなさい! わたし、何もわかってなくて……」
小さくしゃくり上げながら訴えた言葉は、まるで幼い少女のように拙い。
「……その娘は、誰だ」
地を這うような伯爵の低い声が室内に響き渡り、ペネロピ様はびくりと大きく体を跳ね上げた。
小さな唇をはくはくとわななかせながら震え上がってしまったのだ。
「──私の異母妹ですわ」
お嬢様の言葉を聞き、伯爵が旦那様を睨みつけ、激昂した。
「貴様っ! クリスティアナが息を引き取ったばかりだというのに、すでにその愛人どもをここに招き入れたというのかっ‼」
「ひっ!」
その怒号に、ペネロピ様は小さな身をこれ以上ないほど縮こまらせ、悲鳴を漏らした。
その痛々しさを見かねたのか、伯爵夫人がそっと夫の袖を引き声を掛けた。
「あなた。――子に、親は選べませんわ」
それは、深く、静かな言葉だった。
「では、許せと言うのか⁉ クリスティアナも! シャーロットにも! ……十年以上もの間、二人を苦しめ続けた存在を……私に許せと、お前はそう言うのか……っ!」
夫人は、その血を吐くような問いに言葉で応えることはなさらず、ただ、怒りに激しく震える夫の体をそっと抱きしめた。──そして。
「……そうね。けれどあなた、それは……私たちが背負うべき罪でもありますわよね?」
そうして夫人は口元を震わせながら、くしゃりと顔を歪められたのだ。
「……違う」
吐息のようにか細いつぶやきが落ちた。
ペネロピ様が伯爵を見つめながら、苦しげに胸元のブローチを握りしめている。
「……ねえ、どうして? お父様……どうしてこの人たちが悪くなっちゃうの? ……だって、悪いのは……人のものを盗っちゃった、私とお母様なんだよね? 私……お姉様のブローチまで盗っちゃった……っ! だって……私だけのお父様だったはずなのに、奪われちゃうみたいで悔しくて……!」
嗚咽混じりに告げられた言葉に、伯爵が目を見張る。一度だけ口を開きかけ、だがすぐに視線を逸した。
ペネロピ様の瞳からとめどなく涙がこぼれ落ちる。
泣きじゃくる声と、沈黙だけが室内を満たした。
「まあ。ペネロピは思っていたよりも可愛らしい妹でしたのね?」
突然、微笑ましそうにつぶやいたお嬢様の言葉に、ランディ様だけが、ふっと悪戯っぽく、唇を綻ばせた。
お嬢様がかすかに目元を緩め、ランディ様へと小さく頷いてから旦那様へと向き直った。
「もしや、私も考えを改めなくてはならないのかしら。――ねえ、子爵。あなたはペネロピの処遇を、一体どうするべきだとお考えです?」
そう、問いただしたのだ。




