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第62話

エピローグ

最後の曲が終わる。


レストランのざわめきは途切れない。


グラスの触れ合う音と、低い会話の波の中に、

ピアノの余韻だけが静かに残った。


茜音はそっと鍵盤から手を離す。


それでも――


この場所で弾く時間を、茜音は気に入っていた。


誰かの妻でもなく、

誰かの娘でもなく、


ただ、自分として音を鳴らしていられるから。


譜面を閉じ、静かに立ち上がる。


控室へ戻ろうとしたとき、

背後から声がかかった。


「お疲れ様でした」


振り向くと、レストランのマネージャーが立っていた。


「本当に今日で最後なんですね」


「はい」


茜音は小さくうなずく。


「短い間でしたけど、ありがとうございました」


マネージャーは少し残念そうに笑った。


「こちらこそですよ」


「あなたのピアノ、評判良かったんです」


「できれば続けてほしかったんですが……残念です」


茜音は少しだけ考えてから答えた。


「私も、この場所は好きでした」


「でも、そろそろ前に進もうと思って」


マネージャーはゆっくりとうなずいた。


「そうですか」


「それなら引き止めません」


「本当にお疲れ様でした」


「今までありがとうございました」


茜音は深く頭を下げる。


「こちらこそ、ありがとうございました」


控室を出てレストランを抜けると、

夜風が頬を撫でた。


「終わったか」


低い声がする。


「……陸翔」


ビルの入口の柱にもたれて、陸翔が立っていた。


「迎えに来た」


当たり前のように言う。


「別に頼んでないけど」


「頼まれてない」


短い返事に、茜音は少し笑った。


「でも来た」


二人は並んで歩き出す。


夜の街は静かだった。


ホテルの前に停めてあった車に乗り込む。


しばらく走ったあと、

陸翔が口を開いた。


「少し寄り道しないか」


「寄り道?」


「ああ」


車はやがて、古いビルの前で止まった。


二人は車を降りる。


目の前にあるのは、古いビルだった。


「ここ……?」


屋上へ続く階段を上がる。


重い扉を押すと、夜風が吹き込んだ。


そこは、

三度目の人生の最後を迎えたビルだった。


柵の向こうに、街の灯りが広がっている。


茜音は夜景を見つめた。


胸の奥に、遠い記憶が触れる。


炎の熱。

煙の匂い。

崩れていく天井。


一度目の最後。


そして――


夜の交差点。


ブレーキ音。

強い光。

宙に浮いた身体。


二度目の最後。


どれも、もう遠い出来事のようだった。


「茜音」


陸翔が呼ぶ。


振り返ると、

陸翔は小さな箱を手にしていた。


見覚えのある箱だった。


「一度、返された」


静かに言う。


箱を開ける。


そこには、婚約指輪と結婚指輪が並んでいた。


夜景の光を受けて、

小さく輝いている。


「でも」


陸翔は続ける。


「もう一度言わせてほしい」


少しだけ息を吸う。


「茜音」


まっすぐ見つめる。


「俺と結婚してくれ」


一瞬、茜音は目を丸くした。


「……もう結婚してるけど」


思わず言う。


陸翔は少し笑った。


「そうだな」


それでも言う。


「それでも、もう一度だ」


指輪を取り出す。


「今度は、間違えない」


静かな声だった。


「間違えないし、絶対に離さない」


茜音はしばらく黙っていた。


夜風が二人の間を通り過ぎる。


三度目の夜。


落ちていった闇。


それでも。


ここに立っている。


茜音は手を差し出した。


「……もう二度と、この指輪を返すような事はない?」


陸翔は静かに頷いた。


「ああ。もう二度とそんな思いはさせない」


左手の薬指に、

指輪が戻る。


茜音は空を見上げる。


「四度目ね」


陸翔も夜空を見る。


「ああ」


その声は静かだった。


遠くで車の音が流れる。


炎も、

衝突音も、


もうここにはない。


二人の間にあるのは、

夜風だけだった。


そして――


四度目の人生が、

静かに動き出す。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


最後まで読んでいただけたことに、心から感謝いたします。


たくさんのブックマークや評価、感想もありがとうございます。


指摘があるように設定がおかしいまま話を進めてしまいました。茜音の戻る理由として「家族」を出したかったのですが、そこがおかしくなりました。


いつか設定を見直して話を修正したいとは思っています。


またお目にかかる日がありましたらよろしくお願いします。

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