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第52話

陸翔は浴室に駆け込み、乱暴にシャワーをひねった。


熱湯が肩を打つ。

皮膚が赤くなるほどの温度で、頭の奥の混乱を押し流そうとする。


このままではいけない。


鏡に映る自分の顔は青白く、目の奥だけが焦燥に濁っていた。

何度も目を閉じる。


――茜音の顔。


驚愕と、信じられないものを見るようなあの瞳。

言葉を失い、立ち尽くしていた姿。


茜音を傷つけたいわけじゃない。 そんなこと、一度も思ったことはない。


それなのに、どうしていつもこうなる。


シャワーを止め、急いで身支度を整える。

ネクタイを締める指がわずかに震えた。


部屋を出ると、奈菜が控えめに声をかけてくる。


「社長、朝ごはんができています」


ダイニングテーブルには、朝食とコーヒーが添えられていた。


陸翔は一瞥するだけで、


「いらない」


短く告げ、玄関へ向かった。


靴を履きながら、ふと思い出したように振り返る。


「写真を元通りにしとけ」


それだけ言うと、扉を開けた。


奈菜の表情は見なかった。


車に乗り込み、エンジンをかける。 ハンドルに額をつけ、大きく息を吐いた。


なぜ、こうなった。


悔やんでも悔やみきれない。 茜音の驚愕した表情が浮かんでくる。


胸の奥に、言いようのない違和感が残っている。

心は拒んでいたのに、体は動かなかった。


――俺は、何をしている。


陸翔は田口に電話をかける。


「至急の要件が入った。今日は行けない可能性が高い。急ぎの時は電話をくれ」


用件だけを伝え、通話を切る。


向かう先は一つしかなかった。





本宮家の門前に車を止め、インターフォンを押す。


「はい」


春奈の声が応答した。


「陸翔です。茜音に会わせてください」


一瞬の沈黙。


「茜音ちゃんはこちらにいません」


いつもより低く、感情を抑えた声。


「お願いします。少しでいいんです」


「いません」


機械的な返答。


「ここにいないなら、どこにいるかだけでも――」


そこで、通話は切れた。


しばらく門前で立ち尽くしていると、玄関の扉が開いた。

春奈がゆっくりと歩いてくる。


その目は冷えていた。


「……何があったんですか?」


問いかけに、陸翔は言葉を失う。


答えない彼を見て、春奈は静かに続けた。


「昨日、私と茜音ちゃんは養護施設のチャリティーバザーに参加しました」


その瞬間、田口の言葉が脳裏に蘇る。


――奥様がいらしていたようです。


やっぱりいたんだ、あそこに。


春奈は視線を逸らさずに言う。


「茜音ちゃんは見てしまったんです。あなたが、茜音ちゃんではない女性に親しそうに話をして、腰に手を回して笑っている姿を」


胸が締め付けられる。


「ち、違うんです……」


声がうまく出ない。


「私が気づいた時には、茜音ちゃんは真っ青でした」


春奈の瞳が揺れる。


「私たち家族は、茜音ちゃんを不幸にさせるために、あなたと結婚させたわけではありません」


その言葉は静かだったが、重かった。


「もし、こんなことになるなら……結婚させなかった」


かすかに震える声。


陸翔は何も言えない。


「ここにはいません。帰ってください」


突き放すような言葉。


「このままいるなら、啓介さんに戻ってきてもらいます」


それ以上は踏み込むなという警告だった。


陸翔は力が抜けたように門を離れ、車へ戻る。


昨日の件は、もう本宮家全員が知っているのだろう。

だが今朝の件は、まだ知らない様子だった。


ということは――。


やはり、茜音はここに戻っていない。


なら、どこにいる。


ハンドルを握る手に力が入る。


探さなければ。 謝らなければ。


だが、謝る資格が自分にあるのか。


それでも――。


エンジンをかけ直し、陸翔は走り出した。

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