11-6. 惜別の誕生日
次が終章です!
今日はメイメイの誕生日。
早朝から空は晴れ渡り、新緑を揺らす爽やかな風が肌に心地いい。
宮廷を去るのを翌日に控えた今日、メイメイは休みを取って馬車に揺られていた。
行先は、南部別邸の近くにある市場だ。
馬車から降りて目印の場所まで向かうと、すでにソユンが待っていた。
風に靡く亜麻色の髪が、柔らかく艶めく。
数歩前で立ち止まって見惚れてから、慌てて駆け寄った。
「ソユン様っ、お待たせしました!」
(恋人と街中で待ち合わせ、一度はしてみたかったことだけど……!)
胸のときめきもさることながら、ソユンを立って待たせるという行為は、罪悪感が大きかった。
少し息を切らしてソユンの元まで行くと、眩い笑顔で出迎えられる。
「僕もさっき来たところだよ」
――憧れていたやり取りが、完璧に実現されてしまった。
思わず拍手したくなるほど鮮やかな快挙だったが、何とかその衝動を押し留め、笑みを返した。
「まずはお店を見て回るのだったかな?」
「はい! ……やりたいのは、ずばりこれです。お互いが相手に似合うと思うものを選んで身に着ける! なんだか素敵だなあと……」
巾着から皺の寄った紙を取り出して読み上げ、隣を見上げる。
「いいね、赤毛ちゃんはどんなものを選んでくれるのか楽しみ」
ソユンはきゅっと目を細めると、風を受けて乱れていたメイメイの前髪をそっと梳いた。
額に当たる指先の感触が優しくて、くすぐったい。
はにかんで目を伏せると、空いている手が視界に入る。
滑らかな手は自然とメイメイの手に重なり、指が絡んだ。
その手や横顔を目に焼き付けるように、視線をゆっくり持ち上げる。
人込みの中、二人はゆっくりと並んで歩いた。
時々視線が絡むたび、市場の喧騒が遠くなる。
気が付くとソユンもこちらを見ている時があって、普段よりメイメイがソユンの横顔を眺める時間が短い。
眼差しはいつものように柔らかく、しかしどこか真剣でもある。
「こうして市場を歩いたことはあまりなかったけれど、楽しいね」
「うるさいくらい賑やかだったりいい香りがしたり、少し歩くだけで色々な刺激があって面白いですよね! えへへ、練り歩きも買い物の醍醐味です!」
目を輝かせて露店を眺めるソユンの珍しい姿に、胸がぎゅっと締め付けられた。
(今日は外出することにしてよかった。市場にわくわくしているソユン様、可愛い……)
もっと一緒にいれば、もっと色々な姿を見られるはず。
その惜しむ心に、蓋をした。
恋人でいる限り、メイメイはずっと焦がれ続ける。
好きになったソユンの一部を否定してでも関心を向けてほしくなる。
でも、メイメイは彼の特別になれたのだと分かったから。
(だから、それで十分だと思える距離にいるのが、一番いいんだと思う)
いつか悔やむ時がくるかもしれないが、王都ではそんなことの繰り返しだった。
成功して失敗して、喜んで落ち込んで、悩んで行動して。
今回もそうやって、たくさん考えて決めたことだ。
「おっと、」
「うわっ!」
「あぶね……! お嬢ちゃん、ごめんな!」
物思いに耽りかけていたメイメイは、ソユンに引き寄せられてはっとした。
後ろから追い抜いてきた大柄な男性とぶつかりそうになっていたらしい。
ソユンにお礼を言うと、頭を振って気を取り直す。
「わたしは買うもの、決めました! ……あ、ソユン様もお決まりですか? それなら早速お店に向かいましょう!」
明るく声を張り上げて、わたしはあの店のものをと指さす。
ソユンが一瞬目を丸くして、一緒だねとふんわり微笑んだ。
選んだものについても、どうやら気が合うようで。
「……また一緒だね」
「えへ、一緒ですね……!」
選んだのは、意匠までそっくりな指輪だった。
メイメイは、銀の輪に灰色がかった美しい青の瑪瑙が埋め込まれたもの。
ソユンは、金の輪に落ち着いた深緑の翡翠が嵌められたものを選んだ。
自分の指に柔らかな薄青が嵌る。
普段は身に着けない色だけど、どことなくしっくりきて、メイメイは嬉しくなった。
「結局、両方とも買わせてしまってすみません」
ソユンへの贈り物にしようと思っていたのに、気が付くと支払いは終わっていた。
「今日は君の誕生日だろう? 市場もこうして楽しめたし、お祝いとお礼も兼ねて贈らせて」
「ありがとうございます。……耳飾りと一緒に、絶対に、ずっと大切にします」
耳朶にすっかり馴染んだ耳飾りに触れ、指輪を眺め、そっとソユンを見上げる。
「ん、ありがとう」
大好きな薄曇りの瞳がやはり寂しそうに見える。
メイメイは唇を噛み、忙しなく瞬きをして、似合いますかとおどけて笑った。
今日はちゃんと想いを伝えきって、素敵な一日にするのだと決めている。
だから、メイメイは沈んではいけない。
太陽が真上から少しずつ降りてくる中、二人並んで別邸まで歩く。
いつの間にか手を繋ぐことに慣れていて、重ねた日々を感じた。
今日はソユンの指に金属の感触があり、それが少し新鮮だ。
途中、子供たちが元気よく駆け抜けていくのを、メイメイは目を細めて見送った。
「子供が好きなの?」
「ええ、特にあんなに小さな年頃なんて本当に可愛いもので。……まあわたしも、年の離れた弟ができてからこう思うようになったのですが」
何となくソユンは、幼い子供や小さい動物などには、あまり関心がなさそうだ。
よくよく観察すると分かる程度だが、話していて微妙に反応が薄いことがある。
「弟くんの話はよくしてくれたよね。君が大事に育てた子だからか、気づけば僕も愛おしく感じていたんだよ」
だから、何気なくという風にこんな言葉を返されると、鼻がつんと痛くなった。
紛らわせるように、繋いだ手をふりふりと振る。
「へへ……、東部に寄ることがあったらぜひ教えてください。弟はソユン様にとても会いたがっていて」
「そうなんだ。それは光栄だね」
いつものように穏やかで、ほんの少し暗い声。
「前からお伝えしておりますが、両親もソユン様を一目見たいといつも言っているんです。一家総出で張り切っておもてなししますよ! だから……」
――だからいつか、会いに来てください。
そう言葉を続けると、手がしっかりと握り返された。
顔を上げてソユンを見ると、メイメイの大好きな、とても優しい笑みが綻ぶ。
「うん。必ず会いに行くよ」




