11-5. 事の顛末と期限の日
メイメイが重たい瞼を持ち上げると、そこには知らない天井があった。
横たわったまま視線を左右に動かすが、やはり見慣れない場所だ。
(……どこ? あれ、何があったんだっけ……)
むくりと身体を起こし、上質な麻の掛け布団を押しやる。
衣擦れの音に、窓辺に立っていた女性がはっと振り返った。
「起きたのね! 調子はどう?」
寝台横まで駆けてきたのは、普段あまり見かけない副女官長だ。
思わず目を白黒させていると、颯爽と部屋を出ていき、医官を連れてまたすぐに戻ってくる。
「う……、えっと。副女官長、おはようございます。ここは……?」
「宮廷の医務室よ。全然起きる気配がなかったから心配したわ」
どうやらメイメイは、謎の倉庫から救出された後も一向に目覚めず、一晩この医務室で過ごしていたらしい。
問診や脈診の結果、体調には何も問題ないと言われ、メイメイは宿舎へ帰ることにした。
雨はすっかり止んで道も乾き、太陽はもう真上にあった。
目を細めて見上げると、耳元でしゃらりと涼しげな音が鳴る。あの日の雨音とメイメイを呼ぶ声が頭を過ぎる。
耳飾りを優しく撫でてから、メイメイは門へ向かった。
副女官長に聞いた事の顛末は、大体こんな感じだ。
まず、メイメイたちを攫ったのは、王太子妃の祖国に近い国の人たち。
大国の姫と縁づこうとしていた彼らは、王太子に夫の座を奪われた。
その腹いせか、数年にわたり宮廷や町に潜伏し、わが国の分断のために何やら地道に活動を重ねていたそうだ。
「……そんな中、最近一つの契機が訪れた!ってやつだね」
「わたしたちが見た、あの酔っぱらいの喧嘩ね」
メイメイが指を立てて神妙な顔をすると、アンリが相槌をくれる。
宿舎の自室でまったりと寝ころびながら、お喋りの時間。
今はどうしてか、少し小難しい話になっている。
――隣国とこの国、王太子と王子。
その対立を煽るのにうってつけの機会だと意気込み、結果あの事件が起こったらしい。
「隣の国とも同盟が結び直されたり、結局いい感じに収まったんだよね?」
「国としてはね。メイメイは本当に大変な思いをしたわけでしょう……?」
労るように頭を撫でられ、メイメイはじーんとなりながら、もう平気と明るく答えた。
「あの時はさすがに怖くて、なんでこんな目にって思ったりもしたけどね」
いつか歴史に刻まれるかもしれない事件に、なぜかちょっと巻き込まれたというだけの話だ。
「それよりもアンリと婚約者さんの進展が気になるよ! 二人でお出かけに行くとは聞いてたけど、その綺麗な腕輪はどうしたのかな!?」
「えっ、……と、そうね、貰ったものではあるんだけど……」
「きゃー! なにその可愛い顔っ……! 詳しく教えて。まずお家に着いてからどうやって過ごしたか……」
少し目を伏せ顔を赤らめた親友の珍しい表情に、思わず身を乗り出して歓声を上げる。
そうして次々と質問を浴びせながら、いつものように楽しく夜を明かした。
(ソユン様は、ちゃんと眠れているのかな……)
眠りに落ちる直前、きっと慌ただしく過ごしているだろう美しい人が頭に浮かぶ。
伝えなければならないことがある。決心が鈍る前に、早く。
いつもの会いたい気持ちに複雑な思いが混じり、今回ばかりは少し気が重い。
「数日間お休みをありがとうございました!」
「あら、メイメイさん。もう大丈夫なの……? まだゆっくりしていていいのに」
養生のために与えられていた休暇明け。
メイメイは出勤前に、女官長のところへ立ち寄っていた。
「十分休めましたから! ……それに、ご相談したいこともあって」
声が震えそうになったので、目を伏せて一度深呼吸をする。それでも喉がからからに乾いて、こほんと咳払いもした。
「その、……東部の件ですが、」
女官長は一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうにメイメイの肩にぽんと手を置いた。
それにつとめて明るく応じる。
――笑えていただろうか。意識して、口角を上げはした。
宮廷の片隅で菫が慎ましく花を咲かせた、とある朝のことである。
与えられていた休日は、伝えた通り十分に満喫した。
お見舞いに飛んできた両親と王都観光をしてみたり、読みたかった本をじっくり読んだりしていたら、瞬きの間だ。
ソユンも見舞いに来てくれた。
しかし事件の後処理に追われた彼は忙しく、メイメイも両親と出掛けることになっていた。
それなので、後日また会おうとその時はすぐに別れたのであった。
その後日が迫る前に、宮廷で彼を見つけた。
メイメイはここを歩いていると、つい目で彼を探してしまうから。
「ソユン様……!」
駆け寄って呼び止めると、ソユンは目を丸くして振り返った。
そばにいた護衛官や侍従を先に行かせてから、静かに微笑む。
「赤毛ちゃん、……元気そうでよかった」
「えへへ、そんなに心配なさらなくても……。先日お会いした時も元気いっぱいだったでしょう?」
眉がやんわり下がっているこの表情は、とても心配している証拠だ。
降り注ぐ眼差しをこそばゆく思いながら、両手で握りこぶしを作って笑って見せる。
「それならいいけれど。何か困ったことがあれば相談してね。少しは力になれると思うから」
「ありがとうございます! ……ふふ、ソユン様はいつも頼もしいです。そう言っていただけるなら……、今後ここを離れても、頑張れちゃいそう」
静かに付け足した呟きに、ソユンがきょとんと瞬いた。
今度会った時に伝えようと思っていたことを、言えそうなうちに話してしまうことにしたのだ。
「……わたし、東部行政府へ異動することになりました」
なんとなく目を合わせられなくて、視線はソユンの口元に留まる。
だから、どんな表情を浮かべているのか分からなかった。
「そっか……、時期的にはひと月くらい後かな。……いい人たちばかりだから、きっと過ごしやすいと思うよ」
部下が駐在しているからなんでも頼っていいし、なんて言葉に思わずほっこりして顔を上げた。
「……!」
冗談めかした口調と違って、少し物憂げに見える。
綺麗な微笑みに隠して仄かに滲むそれに、メイメイは息を呑んだ。
それはきっと、宮廷から去ることに対してだけではない。
その先の離別を察して落ち込んでいる。悲しく思ってくれている。
ソユンが心を揺らしている様子に、メイメイの胸はぎゅっと疼く。
目頭が熱くなって顔を少し上向かせた。
何でもいいから話さなくてはと、言葉を懸命に紡ぐ。
「そ、そうです、ちょうどひと月後! ソユン様は何でもご存じですねえ。……で、ですから、ソユン様とも、今のうちにたくさんお話しておきたいところです! その……、次、お会いできるのは来週でしたよねっ」
「そうだね。他にも君の都合のいい日に会えたらいいけれど」
「わたしはいつでも大丈夫です! 毎日でも会いたいくらい……、あれ」
ころんと涙が一粒頬を転がり落ちて、メイメイは慌てて目元をこすった。
これ以上情けないところを見せる前に、がばっと頭を下げる。
「えっと、なのでソユン様、……ここを去るまで、引き続きよろしくお願いします!」
その拍子にも、地面にぽたりと水滴が落ちた。
でも、また顔を上げた時には、いつも通り笑えていたと思う。
ソユンは優しく静かな笑みを浮かべた。
――――お試し期間の終わるメイメイの誕生日まで、あとひと月。
その日は奇しくも、彼女が宮廷を辞す日の前日だった。
本編はひとまずあと2~3話で完結予定です。
引き続きお付き合いいただけますと幸いです(*´ω`*)




