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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
十一章 少女の危機と恋心
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11-2. 焦燥感


おうちデート回ですが……





「とっても綺麗に咲いていますね!」


二人きりで過ごすよく晴れた日。

場所は、南部の別邸だ。



杏の木に淡い紅色が広がり、その愛らしさにメイメイはそっと息をこぼした。

庭先に出てまじまじと眺め、室内を振り返る。


花にも増して美しい人は目の上に手を翳し、眩しそうに目を細めた。

短い階段を降り、メイメイの横に並び立つ。



「暖かい日が続いたからか、一昨日咲き始めたんだ」


「そうなんですね。では、ちょうどいい時期にこちらへ伺えてよかったです!」


ソユンの耳元で、赤色の石がちかっと煌めいた。

メイメイの耳飾りも、同じように香色の光を放っているのだろうか。


じっと見つめていると、ソユンの白い手が頬を包み、細長い指が耳朶をなぞった。


「……!」


そわりと擽ったい心地よさが背骨を走る。

弧を描くその目元に誘われて、背伸びをした。


柔らかに唇が重なる。メイメイは清らかで甘い、大好きな香りに包まれた。






――かさ、かさり


時折、紙のこすれる音がした。ソユンがメイメイの持ってきた恋愛小説を読んでいる。


今は長椅子で隣り合って座り、メイメイはお菓子とお茶を楽しみながら、端正な横顔の観賞を堪能していた。



「……うん、面白かった」


少しして、ぱたん、と本が閉じられる。


「わあ、よかったです! ……女の子が告白されているのを目撃して、男の子が独占欲むき出しの言葉を投げる場面とか、どう思われましたか?」


つい声を弾ませ、いそいそとお気に入りの場面の感想を尋ねた。ソユンは緩く首を傾げる。


「断ったうえに説明までしてくれたのに、そんなに感情的にならなくても、とか?」


「ま、真っ当な意見だ……」


その後も質問を重ねるが、このじれったい恋愛の機微は、どうやらソユンには響かなかったようだった。



最近気づいたが、ソユンは恋愛への感受性が低い。

だから、相手をよく見て合わせてくれる。


(つまり、これからの進展はわたしの出方次第ということ……)


不意にそんな考えが浮かんでソユンを見上げると、きょとんと目を丸くしてから、微笑みを返された。


――メイメイが望む限り、ソユンはこれまでのように恋人をしてくれるだろう。

しかし嫉妬や心苦しさに負けて別れを切り出せば、きっとすぐにでも元通りの関係に戻してしまう。



身体をねじってソユンの胸に顔をうずめると、優しく抱きしめてくれる。

話したいことがいくつもあった。

くだらない日常のこと、東部への異動の打診、それから王子とのこと――……。


それらが喉元まで来ているのに、声にならない。


(異動のことがなくても、いずれ宮廷を離れる日は来る。ソユン様とは、もう会えなくなるかもしれない。それだったら……)



「思い出を、ください……」


ふと、口から言葉が零れ出た。

背中で軽やかに弾んでいた手が止まる。


「……君はそれでいいの?」


一呼吸分沈黙が下りた後、静かな声が返ってきた。

――それでいいかって?


「……いえ。思い出なんて、本当はいやです。ずっと一緒にいたい……」


鼻がつんと痛くなる。

ぐりぐりと頭を押し付け、涙混じりの声で呟く。

 

その拍子に耳元で金具の擦れる音がして、メイメイははっと顔を上げた。

口に出すつもりはなかった言葉だった。


「待って、気になさらないでください……! わたし……、ただ、どうしたらいいのか分からなくて……」


「……僕は、君には笑顔でいてほしい。僕なりに、君のことが好きだから」

 

「わたしも、ソユン様のことが好きです。……同じ熱量が返ってこなかったとしても」


思わず付け足した言葉に、ソユンが口を開く気配がした。

返答を遮るように、メイメイは続ける。


「最初から分かっていたんです。でも……、勝手にどんどん好きになって、欲張りになって、」


「赤毛ちゃんは欲張りではないよ。僕が悪いんだ」


視線はどんどん下がっていく。

言葉が途切れたメイメイをそっと抱きしめながら、ソユンはぽつりと言った。

 

その声は少し悲しそうで、胸がぎゅっと締め付けられる。


(ソユン様は悪くない。この位置でいいと、わたしが満足できればいいだけなのに……)


 

「君のことは本当に大切なんだけれど。どうすれば、いいのかな……」


メイメイは言葉を返せずに、ただソユンの鼓動に耳を澄ませた。

もう少しだけ、このまま二人でいたかった。






◇ ◇ ◇



王都の西に面した、とある商業の町。


店や倉庫が立ち並び、広い道路では荷馬車や牛車が行き交う。

人の喧騒や賑やかな音楽、車輪ががたがたと鳴る音の途絶えない、騒がしい場所だ。


そこにある何の変哲もない一つの屋敷では、男たちが切羽詰まった声で会話を交わしていた。

この辺りでは馴染みの薄い異国語で。




「北部の拠点はもうだめだ。……東部も抑えられた。ここを探りに来るのも時間の問題だろう……」


地図の中に斜線を書き入れ、若い青年が頭を抱える。


一度本国へ戻って立て直したいところだが、と同じ年頃の青年が呟いた。

はあ、とため息を吐き、机に肘をついて頬を預ける。


「だめだな、国境の警備がかなり厳しくなっているらしい。これでは帰国もできない」


黙って奥に座っていた男は、筆を持って何かを記すと、封をした。

 

「交渉に使えるものなら何でも使おう。少しでも時間を稼ぎたい」




数日後、王都のとある宿舎にて。

中級文官の制服を着た男の元に、一通の手紙が届いた。


「交渉材料か……」


男は口元に手を当てて考え込む。


先日から宮廷に出仕し始めた若い文官は、高位貴族だから価値が高いかもしれない。

王太子の腹心の老人は、護衛を連れているから接触が難しい。

あとは王子にとって価値があり、比較的容易に確保できそうな人物――。


男の脳裏に、先日会った赤毛の女官が浮かぶ。

王子と接点があるか探った時、当てがあるように少しだけ目が泳いだ。


(あの女官も、使えるかもしれないな……)






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