11-1 なんだか人とよく会う日です
本日二話目の投稿です。新章始まりました!
「あなたは王子殿下付きの女官か?」
「うわっ!」
突如、建物の陰から声がした。
宮廷の外廊下をのそのそと移動中だったメイメイは、思わず小さく飛び跳ねた。
あちらこちらで花が開き始める、日差しも柔らかなとある昼下がりである。
「驚かせてしまってすまない。殿下に伝言をお願いしたくてね」
出てきたのは見上げるほど長身の男性で、父くらいの年頃に見える。
知り合いではないのに、なぜだか仄かに引っ掛かりを覚える人だ。内心首を傾げて訝しみながら、口を開いた。
「えっと、わたしは宮廷付きの女官です。その、お伝えする機会がないので、王子殿下への伝言は承ることができません」
「おや、そうか。すぐにお伝えすべきことがあるのに、これから出張でね。この手紙を渡してほしかったんだが……」
断ってみたものの微妙に食い下がられて、メイメイは困惑する。
(王子に話しかけられるくらい偉い人だと勘違いされたの、かな……?)
一応最近昇格したが、一般女官の中では上の方という程度だ。
服装や帯の色で判断できるだろうに、案外抜けているおじさんなんだろうか。
再度力になれないと告げると、分かったよと穏やかな表情を浮かべ、諦めてくれた。
メイメイが立ち去るまで、その場を離れる気配はなかった。
「うーん、聞き覚えがある声だし、顔も見たことありそうなんだけどなぁ……」
頬に手を当て、独りごちながら足を進める。
(そういえば、最近この外廊下をよく使うなあ。この間も……、あ、そうそう、ソユン様に会えなくて石英の宮から戻ってくる時に……)
窓の格子ごしに、誰かと目が合った瞬間を思い出した。
「あっ! 異国語喋ってたおじさんか!」
「うわっ……!」
思わず手を打ち鳴らして声を上げると、近くでどすんと物音がした。
視線を向けると、若い武官がしゃがみ込み、散らばった荷物をわたわたとかき集めている。
「えっと……。わたしのせいですよね、すみません。……大丈夫ですか?」
「こっ、こちらこそ大げさにすみません。全然大丈夫で……、あ!」
そっと掛けた声に、武官はびくりと身体を揺らしてこちらを見上げた。
ぱちくり目を見開くその顔には、これまた覚えがある。王都の市場や宮廷の出張所で見た、治安隊の人だ。例の、鼻血の。
「あれ、鼻……、えっと、この間の武官さんだ。こ、こんにちは」
ぎこちなく挨拶をしてみる。
青年は気を取り直すようにすくっと立って、挨拶を返してくれた。
「そうだ。さっき、王子殿下に伝言をお願いしたいってお困りの中級文官さんがいましたよ。あの辺りです」
先ほどの方面を指さし、とりあえず報告をする。
背筋を伸ばして礼を言われた。真剣な面持ちが、なんだか頼もしい。
「今わたしがこの区域の見回り担当なので、すぐに向かってみますね!」
「あ、ちなみにあなたのお名前は……、って行っちゃった」
もう二回も鼻血の人と言いかけている。
名前くらい把握しようかと思ったが、彼の背中は、たちまちのうちに小さくなってしまった。
「まあ、もう会うこともないだろうし!」
開き直って、また足を進める。
思わぬ出会いが立て続けにあったが、メイメイは仕事中だった。
「メイメイ! 今ね、女官長に呼び出されていたんだけど……」
黙々と書類の整理をしていると、離席していたアンリが戻ってきた。
伝えられた言葉に、メイメイはきょとんと目を見開く。
「女官長に? アンリのことだし昇進とか……?」
口元に両手を翳しながら、うきうきと尋ねる。頼れる親友はくすりと笑った。
「ふふ、先日一緒に昇進したばかりでしょう? 実はね、今……」
「メイメイ、いる? 女官長が呼んでるよ!」
その声に、軽やかな声が重なる。顔見知りの女官が、ひょこりと顔を覗かせていた。
控えの間に行ってねと告げて去った彼女を見送り、アンリに話を続けてもらう。
「そうそう、今各行政府で再編の計画が立っているらしくて、半年後に北部の行政府に異動しないかって」
「えっ!? アンリ、どこかに行っちゃうの?」
せっかく同じ課で働くことになって嬉しかったのに、とつい嘆く声が大きくなる。
そんなメイメイに、お断りしたわよと穏やかな声が返ってくる。
「一、二年で結婚して辞めることになるからね」
「あっ、そっか。それはそれで寂しいけど、まだよかった! 行政府ねえ……」
他にも何人かに声が掛かっているらしい。考えてもいなかったことで、メイメイはおろおろしてしまう。
まずは気楽に話を聞いてみたらという言葉に背中を押され、ではそうしようと頷いた。
「じゃ、じゃあ、行ってきます!」
きりっと表情を引き締めてアンリに手を振ると、メイメイは早足で控えの間へ向かった。
「皆さんには実家近くの行政府を勧めていてね。東部の行政府は拠点がいくつかあって、その中から自由に選べるわ」
「確かに東部って広いですからね……」
とりあえず各拠点の説明を聞いてみる。女官長は励ますように言葉を連ねた。
「ここに来た時、新しい環境で色々挑戦したいって言っていたじゃない? 宮廷仕事はもうすっかり一人前だと思うから、次は東部で頑張ってみるのはどう?」
(ふむ、そろそろ新たな道に行くのもありかも……)
自分を持ち上げる誘導に、つい頷きかけていた。
しかし異動となると、気になることは多い。
宮廷での仕事にも、ようやく自信が持ててきたのにとか。アンリと離ればなれになって、疎遠になったらどうしようとか。
――ソユンとのお付き合いは、どうなってしまうんだろう、とか。
「あ、う……、考えさせてください……」
ぎこちなく俯くメイメイに、急かしているわけじゃないのよ、と女官長が言った。
またゆっくり考えてみてちょうだい、と。
文書課の棟へ戻る、その足取りは重い。
耳元に手を遣り、無意識に耳飾りを撫でる。
金具が揺れて、しゃらりと澄んだ音を立てた。
(もし東部に移ったら、この耳飾りもソユン様も、遠い思い出になってしまいそうで……)
そんな予感が、メイメイの胸をぞわりと冷やす。
ソユンに会う日を数日後に控えた、ある日のことだった。




