11-3. 鈍色の感傷と
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憧れで済めばなんとも思わなかったはずの距離。
埋められないそれが、今はとても苦しい。
きっと、ソユンとの未来を夢みたからだろう。
あのきれいな人が自分のそばで安らぐ姿を見たから。可愛いねとそっと囁く声を耳にしたから。
彼に抱く恋心や熱情を、同じように返してもらえるかもしれないと思ってしまったのだ。
「なんか、もやもやする……」
宮廷までの道には、梅の木が植えられている。
少し前まで花の可憐さや香りに癒されていたのに、今はそれもできない。
メイメイは花を零れ落とした木を見て、口をむっと尖らせた。
「天気も微妙だし……」
首を上向けると、どんよりとした鈍色の雲が空を覆っている。
早朝とはいえ辺りは薄暗い。
アンリが帰省していて、宿舎の部屋ではひとりぼっち。
そのうえ、今朝はいやに早起きをしてしまって、二度寝もできなかった。
色々と持て余したメイメイは、まだ鐘も鳴る前に宿舎を出て、宮廷に向かうことにしたのだ。
ぽつ、と頭のてっぺんに冷たさを感じた。
手の平を上向けると、やがてまたぽつりと雨粒が落ちてくる。
「あれ、雨!」
まだ降っているとも言えない程度だが、メイメイは傘を持っていない。
宮廷の外塀に沿って、使用人の門へ駆け足で進む。
「おや、お嬢さん。傘は持っていないのかな?」
「……? あ、この間のおじ……、文官さん!」
急に後ろから声がして、メイメイはびくりと肩を揺らした。
立ち止まって振り返ると、数日前に見た、異国語を話す中級文官が立っていた。
「そうです、今日は雨が降らないと思っていて。……すみません、強く降らないうちに建物に入りたいので、」
もう立ち去ってもいいか。
そう聞こうとしたメイメイは、背後にいた別の誰かに口を塞がれた。
(…………え? な、何、何が起きてるの?)
後ろ手に縛られて、抵抗する間もなく近くの牛車に押し込まれる。
木製の荷台の中は暗く、同じように縛られた人々がいた。
「大丈夫、雨宿りできる場所に連れて行くだけだからね」
メイメイたちを乗せた牛車は、すぐに動き出した。
よろめいてしゃがみ込むと、手がざらついて湿っぽい木の床に触れる。
扉を閉められるとさらに闇が深まり、乗っている人たちの表情も見えない。
外では誰かが叫ぶ声と鈍い音が聞こえて、それから静かになった。
思わぬ状況に、身体ががたがたと震え始めた。
◇ ◇ ◇
「潜伏していた者たちに動きがありました! 隣国の民も含め、何人かを牛車で連れ去ったとのことです」
王子が不在の石英の宮にて。
ちょうどその件の報告書を纏めていたソユンは、突如舞い込んできた報告に顔を上げた。
「どこに向かったかは分かる? 北部と東部以外にも拠点があったのかな」
「どうやら、隣接した西部の街中へ向かったようです。商人に紛れて、荷台を引かせていたとか」
「西部行政府に早馬を出して。ちょうど殿下が調査に向かったところだから、すぐにご対応いただけそうだ」
立ち上がって出掛ける準備をしていると、別の武官がおずおずと部屋に顔を覗かせた。
「それとソユン様、一応お伝えまでですが……」
「何?」
「あの、よく見掛ける赤毛の女官さんが、今日まだ出勤していないそうです。それで、早朝にやつらから接触を受けた様子を見た者がおりまして」
思わず目を瞠って彼が手で示す方を見ると、頬を赤く腫らした若い武官が立っていた。
当たり所が悪かったのか、鼻の下にもうっすらと血の跡がある。
「夜勤帰りに、ちょうど門のところで目撃しました。様子がおかしかったので事情を聞こうと声を掛けたら、潜んでいた者に気絶させられ……」
油断しておりました、と言って深々と頭を下げられる。
その様子を見て、一瞬息が詰まった。
――脳裏に、先日会ったばかりの彼女の笑顔が浮かぶ。
軽く息を吐いてから、頭を振って気を取り直した。
「他に何か分かることはある? ……そう、ありがとう。反省はまた後で、まずは治療を受けに行ってね」
他の武官からも詳しい報告を受け、周りに指示を出していく。
それから、ソユンは早足でその場を去った。
袍が風をはらんで、ぶわりと舞った。
外では、雨が強くなっていた。
◇ ◇ ◇
急いでいるのか、道が悪いのか。
車内はがたごとと大きく揺れ、叩きつける雨粒が大きな音を立てている。
暗い荷台の中で、メイメイは必死に体を小さくして衝撃に耐えていた。
それからしばらくして、牛車が止まった。




