10-5. 恋をする苦しさ
メイメイ視点に戻ります!
メイメイは宮廷の外廊下で、どんより肩を落とした。
ほのかに暖かい陽光とは対照的に、その表情は暗い。ソユンを一目見たくて石英の宮近くに来たのが、無駄骨になったからだ。
(最近は各地の行政府を回っているって、誰かが言っていたっけ。じゃあ仕方ない、けど……)
前回顔を合わせてからまだ数日しか経っていない。
それでもメイメイはソユンに会いたかった。
「……! ……、…………」
「ん?」
ふと、聞き慣れない言葉を耳にした。顔を上げると、そばの建物の中に数人の中級文官が見える。
格子越しに目が合ったようにも感じたが、そのまま立ち去った。
他人の目なんて、今はどうでもいい。
ここ数日、頭の中は北部の別宅での一件でいっぱいだからだ。
「お疲れ様、メイメイ」
用事を手短に済ませて文書課に戻ると、アンリが出迎えてくれた。
「ありがとう。後はこっちを片付ければいいかな?」
きゅっと口角を上げてそれに応じると、椅子に座って作業を再開する。
普段通りでいるつもりだが、アンリの視線を感じた。
今回ばかりはメイメイも、アンリに相談できずにいる。心境的に、言いづらい。
(アンリは片思いなんてしたことなくて、婚約者さんと円満だから……)
手元を疎かにして、うっかり硯を傾けてしまった。
すぐ戻したが、墨が紙にじわじわと滲み、黒が侵食する。
メイメイはその様子を、ぼうっと眺めた。
その後も資料を破ったり散らかしたりと、小さな失敗が積み重なる。
「……メイメイ、大丈夫?」
「うん! ……風邪とかでもいけないから、一応今日は早めに切り上げようかな?」
眉を下げるアンリにへらりと笑みを返すと、荷物を片付けて部屋を出た。
力なく歩きながら、メイメイはぼんやり考える。
(ソユン様とお付き合いをして、欲が出た。……のかもしれない)
あっけなく逸らされた視線が辛かった。
メイメイが入り込める、限界を突き付けられたようで。
(別に、あの二人の間に入り込もうと思っていたわけではないのに……)
「頭を垂れよ、王子殿下のお通りである!」
「えっ……?」
突如、よく通る人払いの声がその場に響く。
目を瞠ってぱっと顔を上げると、その視線の先には見慣れた建物があった。
――無意識のうちに、また石英の宮の方まで来てしまっていたらしい。
正門の前には馬車が停まり、それを遠巻きに囲む人だかりがある。
メイメイの胸が、どくんと音を立てた。
皆が一様に地に伏し、衣擦れの音がざあっと波のように広がる。
人ごみに紛れて、メイメイは少し視線を上向かせた。
はたして門からはジフン王子と、その最側近であるソユンが姿を現した。
(ソユン様……)
王子は金の刺繍が入った濃紫の袍を、ソユンは銀の刺繍が入った薄紫のそれを纏っている。
身分に従ったその装いですら並ぶだけで妙にしっくりきて、メイメイを線引きするかのよう。
ソユンの視線は王子から離れることがなく、横顔しか見えない。
跪くメイメイには少しも気がつかず、そのまま二人は馬車に乗り込んだ。
その一瞬を目に焼き付けながら、メイメイは馬車が去っていくのを見送った。
疼きを感じて、胸を押さえる。
――ソユンの関心は甘い蜜のようだ。
味わえると幸せで、その分足りないと苦しさは強く。
メイメイは今、喉がからからに乾いたような心地だった。
(前までは、こうして姿を見れただけで嬉しかったのに……)
今は、駆け寄って声を掛けてしまいたくなった。
その瞳に、メイメイを映したくなった。
頭を振り、一度深く呼吸をする。
今度こそ使用人の門へ向かい、帰路についた。
「メイメイさん宛に、二通届いていましたよ」
「あっ、ありがとうございます!」
宿舎に戻ると、管理人から手紙を手渡される。
両親から届いたものと、それからもう一通。
自室に向かうメイメイの足は早まった。
まずは手早く前者の封を切る。
「……ふふふ、相変わらずだなあ。また帰る日を連絡しないと」
温かな家族の日常に、ほうっと息を吐く。
口元を緩めて最後まで目を通すと、いったん机の隅へよけた。
それから、後者を手に取る。
表面を撫でるとさらりとした紙質が心地よく、淡い染色が美しい。
一呼吸おいてから、同じように封を切った。
耳飾りを贈ってもらい、その当日にお礼の手紙を書いた。これは、その返信だ。
掛かった日数から考えると、手元に届いてすぐに返事を書いてくれたのだろう。
「絶対に忙しいはずなのに、また近日中にって……」
優雅な筆跡を指で辿る。
背中を丸めて手紙に額を押し付けると、ぽつりと呟いた。
「そうやって大切にしてくださるから、あなたの隣を諦められないんですよぉ……」
鏡台の前に行き、香色の耳飾りを手に取る。
耳に着けていた金具を抜き、代わりに耳飾りの針を差し込む。
手鏡を持って、窓のそばで顔を映す。
耳元で石がきれいに光を弾いて、メイメイはにっこりと微笑んだ。
鏡の中の顔は、なんだか泣きそうに見えた。




