9-2 贈り物を考えます
!少しだけ怪我や揉め事の描写があります!
恋人らしいことと言えば、ずばり。
「記念日を二人でお祝いすることだと思うの!」
夢みる少女メイメイは、これまで読んできた恋愛小説の数々を頭に浮かべ、自信ありげにそう言った。
直近のおめでたい日は、ソユンの誕生日だ。
「でもソユン様は忙しいから、当日は無理だろうな……。アンリは婚約者さんとお誕生日を祝い合ったりするの?」
「わたしは家族ぐるみの仲だから、いつも親と一緒にお泊まりに行ったり、逆に向こうの一家を招いたりして過ごしているわね」
「すでにほとんど家族みたいな付き合い方だね! 素敵だ……」
幼い頃からの婚約者がいるアンリは、すでに多くの特別な日を彼と共にしているらしい。
メイメイはわくわくと、時にその仲良しっぷりを羨みながら、その思い出話に聞き入った。
(ソ、ソユン様が幼馴染だったらどうなっていたかな……! いちばん一緒に過ごす時間の長い女の子がわたしってことだよね。そんな二人を見たかわいい女の子たちは、きっと妬みや嫉みの籠もった目で……。いや、こわっ!)
妄想くらい好きにさせてほしいのに、妙に現実味のある想像をしてしまい、思わず身震いをしたメイメイだ。
そんな彼女たちが仕事帰りに向かったのは、王都の中心にある大きな市場である。
夕刻で、すでに周りは暗い。
煌々と照らされた明かりのもと、あちこちで人の声や食べ物の匂いがして、メイメイはなんだかお祭りに来た気分になった。
今日は、ソユンへの贈り物候補を決めようと赴いたのだ。
「この首飾りきれい! うっ、高すぎて手が届かない……。んん……、そもそもソユン様って金でできた装身具とかもたくさん持ってたよね?」
「そうねえ……、金銀珠あたりはよく身につけていらっしゃる気がするわ。よし、メイメイ、装飾品以外のものにしましょう……!」
「そうする……」
さすが王都一の規模を誇る市場だけあって、実に幅広い種類の品が揃っている。
今だけの出張販売だという掛け声に釣られて寄った出店は、ソユンに似合いそうなものが多い代わりに、軒並み高い。
「お金持ちの男の人って何をもらったら喜ぶんだろう?」
「なあに、お嬢ちゃん。恋人への贈り物かい?」
喋りながら練り歩いていると、同じく買い物に来たであろうご婦人集団が話しかけてくる。
人見知りがだいぶ和らいだメイメイは、その親切に甘えて相談してみることにした。
「彼の性格は? 格好良いの?」
「えっ、えへへぇ……! とっても綺麗で優しい美人さんです」
もじもじと告げると、ご婦人たちはわっと盛り上がってメイメイを質問攻めにした。
ソユンを特定させるようなことは控えつつも、彼を恋人として話している状況がこそばゆく、嬉し恥ずかしのメイメイである。
「未婚で一人暮らしをしているなんて、随分と将来有望な恋人だね。絶対に逃がすんじゃないよ!」
「そういう人なら、素朴さが刺さるわよ。お菓子とか縫い物とか、手作りで攻めて行きなさい!」
「わ、わたし不器用なのですが、参考にします……!」
そしてその親切は、にこにこと見守ってくれていたアンリにも飛び火した。
「じゃあ、婚約者のどんなところが特に好きなの?」
「す、少しぶっきらぼうですが、とても優しいところ……でしょうか」
「おやまあ照れているのかい! お嬢さんたち、青春だねぇ……」
次々と質問されていくにつれ、最初は如才なく答えていたアンリも、次第にたじたじになっていく。
うっすら顔を赤らめる姿もとても珍しく、メイメイはついその横顔に見入ってしまった。
「おい、何見てやがるっ……!」
では今度は家庭持ちの彼女たちの経験談を、となったところで、呂律も怪しく怒鳴る男の声が聞こえてきた。
少し、発音に訛りがある。
「うわ、酔っ払い同士の喧嘩だぞ……!」
「怪我人が出た! 治安隊を呼べっ!」
一瞬の静寂の後、その声のした方向がざわついた。
聞こえてくる言葉が、なにやらきな臭い。
――どんっ……
「きゃっ、危ないじゃないの!」
慌ただしく後ろを駆けていった男性と肩がぶつかり、ご婦人の一人がよろめいた。
振り返って声を上げたが、その時にはもう背中は遠くなっている。
「あの服装は、治安隊の制服でしょうか……」
「さっき喧嘩がどうとか言っていたから、その仲裁じゃない? ほら、他にも何人か走っていく」
いつの間にか、興味本位で見物しに行く人と迷惑そうな顔をして去っていく人たちで、人の行き来が増えている。
面白半分で見るには恐ろしいと、メイメイはアンリと目配せをしてその場を離れた。
いや、離れようとしたのだが。
「あら、あなたたち喧嘩を見るのは初めてなの?」
「せっかくだし、一回くらい見ておけば? わたしたちが一緒だから、どんと安心しなさい」
なんだか少し荒っぽい嗜好を持っているような彼女たちに腕を引かれ、やんややんやと見物に向かうことになってしまった。
「あわわ、ちょっとご遠慮します……って聞こえてないみたい」
「せめてもう落ち着いた頃合いだといいわね……」
――ということで、ぞろぞろと喧嘩の現場らしき場所まで移動することになったのである。
「まあ! あの男、刀を持っていたみたいよ」
「危ないわねえ! 武官でもないくせに」
「ひええ、物騒な……」
地面に伏して縄をかけられている男と銀色の光が人混みの隙間からちらりと覗き、メイメイは少し後ずさった。
周りに飛び散った液体や落ちている椀、砂にまみれた串焼きの肉などを見る感じ、飲み食いしながら暴れていたらしい。
その近くでは、怪我を負ったらしい人々が治安隊員から手当てを受けている。
当事者の男はうつらうつらし始めていて、ほとんど抵抗もなく連れて行かれた。
騒動は一応終息したようだ。
ふう、と肩の力を抜き、そのまま気が済んだらしいご婦人集団と別れる。
「怒涛の夜になったわね……」
「本当だよね……。とっ、とりあえず贈り物は手作り系にしようかな。ほら、こんなまっさらな手巾に刺繍とかしてみて……、うわっ!」
「あっ、すみません!」
今日買った可愛い色の手巾をひらひらさせながら図案を考えていると、早足の男性とすれ違いざまに肩がぶつかった。
「あ、いえいえ。あれ? 鼻血出てます……!」
治安隊の制服を着たその男性には、鼻の下に雑に擦ったような赤い筋があった。
先ほどの喧嘩騒動で怪我をしてしまったのだろうか。
「えっと、よかったらこれ、使ってください。では……」
「あっ……」
咄嗟に掴んでいた手巾を渡し、その勢いのまま片手を上げて挨拶する。
相手の返事も聞かずにその場を離れたメイメイは、先ほどの騒動が尾を引いて、まだ少し混乱していたのであった。
「えっと、ありがとうございます……!」
後ろから、お礼を言うような声がした気がした。
これで終わればただのちょっと怖い酔っ払いの喧嘩だった。
しかし、騒ぎを起こした当事者とその所持品、そして、怪我を負った人々が、少しまずかった。
――王太子の実母、つまり前王妃の母国の者が、禁止されている帯刀をして騒動を起こした。
そして、治安隊や国民の複数人に一方的に怪我を負わせた。
これが、次期王位継承者に纏わる諍いに、決して小さくない波紋を呼んだのだ。
ある大商人は噂する。
「やはり、頼りにならない小国の血の混ざる王太子殿下では、我々を率いるのに適しているとは思えないな」
ある勇ましい武人は考える。
「豊かに繁栄する我が国で生まれ育った高貴な王妃様の後ろ盾を持ち、優れた指導力も実証済みの王子殿下こそ、玉座にふさわしい」
また、ある老獪な貴族は顔をしかめる。
「前王妃殿下の母国出身らしい不届き者を、王子の手下が負傷しながらも取り押さえたなんて、出来すぎた話ではないか? 庶民どもはこういう話に弱いというのに」
王都の中心で起こった小さな騒動は、そうして少しずつ、人々の中に不和や不信を生じさせていった。




