9-3. 恋人たちの時間
春ですね(*˘︶˘*).。
作中は寒さの厳しい時期ですが……!
今日もメイメイは、南部にあるソユンの別邸に来ていた。
最近特に忙しいようで申し訳なかったが、会えるかと聞いたら、二人きりで会える時間を捻出してくれたのだ。
メイメイは今日、ソユンに聞きたいことがある。
「もうすっかり冷え込んできたね」
中庭の水仙が盛りだというので、今日は中庭に面した板の間で過ごしていた。
出された美味しい茶菓子をいただきつつ、美しい花とお茶を飲むソユンを見て目を楽しませる。
「ふふふ、わたしは体温が高めなので寒さには強いんです! ソユン様は暑さの方にお強い気がしますっ」
「どちらかと言えばそうかも。なんで分かったの?」
「蒸している日もとても涼やかですし、逆に寒い日は少し動きがゆっくりになっていらっしゃいます!」
「あはは、僕って寒いと動きが鈍るんだ。よく気づいたね」
もちろん暑い日も寒い日も熱心に観察しているメイメイなので、そのくらいの分析はお手の物である。
そもそもこの空間自体が、寒さに弱い人向けの仕様になっている。
開け放たれているのに寒さを感じないのは、しっかりと暖められた床や火鉢のおかげだろう。
そうやって調子良く続けようとしたところで、メイメイは我に返った。
(じっとり見ているからこそ分かる特徴を指摘したところで、怖がらせるだけでは……?)
語り出す前に気づいてよかったと胸をなで下ろし、メイメイは得意げに微笑むだけに留めた。
「そういえばソユン様、もうすぐお誕生日ですよね! どんなご予定なんでしょう?」
今日の本題は、お祝いできる日を探ることだった。
そうして聞いてみたところ、誕生日の付近は予定で埋め尽くされていることが判明する。
例えば、前々日から前日にかけては王子の別荘に招かれ、当日は親戚一同が本家に勢揃いして生誕祭を開催。
翌日は国王が祝いの会を企画していて、翌々日は仕事仲間と酒宴――……。
「急遽別件の対応も挟まったから、その前後で諸々を済ませていかなくてはね……」
予想以上に気軽に祝える人ではなくて、メイメイは愕然とした。
(そのうえ、せっかくのおめでたい日の前にソユン様を忙しくさせる不届き者がいるなんてぇ……!)
怒りをめらめら燃やしたメイメイは、ふとその原因に思い当たった。
「最近宮廷前で王子殿下を大きな声で讃える集団を見掛けましたが、お忙しいのってその関係でしょうか?」
メイメイが先日見掛けた酔っ払いの喧嘩は、そうした騒動が起こるきっかけになったらしい。
何やら複雑な事情があると、先輩女官が言っていた。
「それもあるかな。今は色々とざわついているからね」
ふにゃりと苦笑するソユンは、一層儚げで労しい。
次に会う約束を取り付けるのは、少し様子を見ようと決めたメイメイだった。
ぽつりぽつりと会話を交わしていると、不意にソユンが小さくあくびをした。
「ソユン様、お疲れですか?」
「あ、見られちゃった? 恥ずかしいな」
そのはにかむ姿は可愛らしくしっかりと堪能したが、それはそうとして、心配でもある。
「わたしがお会いしたいと無理を言ってしまったからですよね……。申し訳ないです……」
「昨夜寝るのが遅かっただけで、無理はしていないよ。僕も君に会いたかったし」
そして、こういうことをさらっと言うのはずるいとも思った。
心配したいのに、ときめきで気がそぞろになってしまう。
「わっ、わたしはソユン様と一緒に過ごせたら満足ですので、少し仮眠を取られませんか? そうだ、お嫌でなければわたしの膝をお貸しします!」
「おや、嬉しい申し出だね。お願いしようかな」
「ん゙っ!?」
浮かれて膝をぺしぺし叩きながら口走った言葉に、さらりと賛同が返ってきた。
思わず変な声が出る。
(え……、恋愛物語で蜜月の恋人たちがやる膝枕なるものを、ソユン様とわたしでやってしまうというわけ? 現実……?)
処理が追いつかず一瞬固まったメイメイだったが、本能のままに裙を払って皺をのばすと、万全の受け入れ態勢を整える。
「埋め合わせは今度するから、今はちょっと甘やかしてもらうね」
そう言って髪紐をするりと解くと、メイメイの腿に頭を預けた。
とん、と頭の重みを感じて、メイメイはすでに胸がいっぱいになってきた。
「ふふ、すぐに寝てしまいそう」
「そ、それは光栄です……! あの、どれくらいでお起こしいたしましょう?」
「家令が声を掛けてくれるから、時間は心配しなくていい。君の足が痺れる前にでも、叩き起こして……」
言い切るや否や目をとろんとさせ、寝入ってしまった。
驚くほどに寝付きがいい。
本当に疲れていたのだろう。
静かな二人きりの空間に、時おり風がそよぐ。
水仙の甘い香りが漂い、メイメイはなんだか夢の中にいるような心地になってきた。
視線を下げて、その綺麗な顔を眺める。
優しげな曲線を描く眉に高い鼻筋、唇は淡い血色をしていて、職人が丹念に整えたように美しい輪郭の内側で、素晴らしい均衡を保っていた。
静かに息を吸って、ゆっくりと吐く。
その様子を眺めていると、忙しなかった鼓動が、段々と穏やかになっていくのを感じる。
(それにしても、いつもと少し印象が違うような……)
不思議に思いながら、顔にかかった一房の香色をそっと払って気づく。
この髪が解かれている姿を、これまで見たことがなかったからだ。
(いや、一度だけ見た……)
いつか王都の大きな屋敷で、高貴な女性のすんなりした手が彼の髪留めを解いたのを、遠目ながら目撃したことがある。
当時は恋心を自覚していなかったが、何度も思い出してしまうほどの衝撃だった。
改めて考えてしまう。
あんな親密に見えた彼女のことは、どう想っていたのだろう。
ほかの女性にも、こうしていとけない姿を見せたのだろうか。
その記憶がメイメイを物思いに沈める。
そんな折に、ソユンがゆるりと瞼を持ち上げた。
「ん……、よく寝た……」
少しかすれた声は今まで聞いたことがなく、耳にぞくりと響いた。
優しい薄曇りの空色がメイメイを捉え、ゆっくりと瞬く。
まだ眠たげで、とろりとした表情だ。
心をふんわり擽る幸福感が憂いをたちまちのうちに追いやり、メイメイをたっぷりと満たした。
「おはようございます。まだ、家令さんはいらっしゃっていませんよ」
「おはよう……。重かっただろう、寝かせてくれてありがとう」
「あっ……」
膝から温もりが遠ざかり、ついと軽くなる感覚に切なくなって、思わず声が出た。
心情を見透かすような瞳が、メイメイを射抜く。
機嫌のいい猫のようにくっと目を細めて彼が微笑み、纏う雰囲気が変わった。
「ソ、ソユン様……」
肘をついた方と逆の手で、ソユンが頬を包み込む。
その眼差しと頬に感じる滑らかな感触に、メイメイの体は熱くなった。
「なあに、赤毛ちゃん」
鼓動が耳の中で響き、うろたえた視線は少しずつその灰青から下へと向かう。
弧を描く唇に到達したところで、メイメイは目が離せなくなった。
「く、……口づけをしても、いいですか?」
「いいよ、おいで」
ソユンが手を頬から頭の後ろへずらすと、メイメイの横髪がほつれた。
俯くメイメイと上向くソユンの横顔に、さらりと垂れ落ちる。
(髪の幕の中に、ソユン様を閉じ込めたみたい……)
静かに瞼を閉じると、唇に柔らかなそれが触れた。
メイメイが熱いのか、ソユンがひんやりとしているのか。
多幸感に痺れながら、メイメイはソユンの服を掴む。
縋るように、しっかりと。




