9-1. 変わっていくもの
新章は告白後のメイメイたちでお送りします(*˘︶˘*).。
吐く息も白くなり始めた頃。
メイメイの身の回りでは、大きな変化が二つあった。
まずは、宮廷における所属の異動だ。
「各宮ですぐに使われる書類はここからここまでね」
「えっ、アンリもう仕分け終わったの!? 相変わらず仕事が早い……」
乱雑に積まれていた書類の山は、アンリの手で着々ときれいな束になっている。その中で近くに置かれた書類を掴み、メイメイはそわそわと立ち上がった。
「今からこれ、届けに行ってもいい?」
「もちろん。わたしは他の文書を整理してるわね」
ひらひらと手を振られ、メイメイも拳を握り締めて応じる。
「ありがとう! 今度お礼させてね……!」
少し前に女官の人事再編が行なわれ、衛生課のメイメイと服飾課のアンリは、共に文書課へ異動となった。新入り時代を除くと、一緒に働くのは初めてだ。
ちなみに、先月宿舎では部屋替えが行われ、アンリと二人部屋になった。ますます友情は深まるばかりである。
今向かっている石英の宮は、王子が公務を行なう宮だ。つまり、ソユンがいる可能性の高い場所。
できる親友は、ここに関連する文書をさりげなくメイメイに回してくれる。
受付止まりで直接会えるわけではないが、目撃する頻度は少し増えた。
(おそばにいるかもって思うだけでも嬉しいし……)
勝手知ったる道になった宮までの廊下を、弾む足取りで歩いていく。
「文書課のメイメイさんですね、文を預かっております」
到着すると、通行門で受付の文官が文を手渡してきた。
筆跡はソユンのもの。まさに待ち望んでいた連絡だ。その場で返信を書く許可をもらい、急いでしたためて託す。
せっせと早歩きで控えへ戻ると、興味津々な顔の親友に抱きついた。
「会ってくださるって返事が来たよ……!」
「よかったわね、メイメイ!」
ほかに誰もいないことをいいことに、飛び跳ねて喜びを分かち合う。
来週のメイメイの休日にソユンの予定が空きそうだと聞いて、会いたいと伝えていたのだ。今日まで期待と不安を胸に、返事を待っていた。
それを、先ほど受け取ったという事情である。
「この間仕立てた羽織があったわよね。可愛くて温かそうだから、着ていったら?」
「あ、いいね! 髪飾りも新しいの買ったし、上は……、似合うって言っていただけた香色のあれにしようかな。筒袖で綺麗な模様のやつ!」
一通りはしゃいでから机の前に戻ると、手を動かし口を動かし、楽しく仕事を続けていく。
(来週のこの時間、ソユン様と二人きり……!)
最近変わったもののもう一つ、それはソユンとの関係である。
あの月夜の翌朝に話し合い、お試し期間を設けた恋人になろうと決めた。メイメイがしどろもどろに期待や懸念を語り、ソユンが要約してくれた結論だ。
メイメイが思う恋人像とソユンの思うそれはおそらく少し違っていて、照らし合わせる時間が欲しかった。また、王子との関係や他の女性との付き合いなど、真剣に交際するなら考えるべきこともたくさん残っている。
しかし、あれこれ悩んでいても仕方がない。ということで、まずはこっそりと、お試しのお付き合いをという運びになった。
仮で決めた期間は、半年後に控えるメイメイの誕生日まで。記念すべき日にお祝い事が重なったら素敵だ。
(いつかわたしと同じように、ソユン様も恋や愛に悩んだり喜んだりしてくれたら、嬉しいな……)
その相手がメイメイだとしたら、幸せなことだ。
そうして迎えた逢瀬の日。
メイメイは空が明らむ前に起きて、身支度を始めていた。
アンリを起こさないようにひっそりと、前日から用意していた衣装を手に抱えた。お気に入りの上衣にきれいな帯を巻いて、ひだがたっぷり入った裙を履く。
引き出しから飾り紐を取り出したところで、メイメイはにっこりと微笑んだ。
「ん……。おはよう、メイメイ。早起きね」
「おはよう、アンリ! ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん、もう起きようと思っていたから。……髪の毛を纏めるの? お手伝いしましょうか」
起きたての親友が髪をきれいに結ってくれて、お出かけ用のメイメイが完成だ。
今日仕事のアンリは、メイメイが紅をはたいている間にさっと朝の準備を終える。
アンリを見送ったメイメイも、程なく新品の上着を羽織って部屋を後にした。
宿舎を出ると、ソユンが手配してくれた馬車に乗り込む。
窓から見える葉を落とした木々も、今はどこか美しく輝いて見えた。
向かうのは、王都から少し南へ進んだ美しい屋敷。いつか泊まらせてもらったこともある、ソユンの別邸だ。
「あまり時間が取れなくてごめんね」
「いえいえ、そんな……! ちょうどそこの市場で買い物もしたいなと思っていたところでしたのでっ! 午後から行ってまいります!」
出迎えてくれた仄かに憂い顔の美しい人に、慌てて手を振って大丈夫だと伝える。
そのまま客間まで行くと、いそいそと巾着を探った。
「さっそくですが、きょ、今日したいことはですね……、こちらですっ!」
手を握る、と書かれた紙を見せながら、メイメイははにかんだ。
二回目のお家訪問の際、はしゃいだメイメイがよろめいた折に、ソユンの頬にメイメイの唇がぶつかった――いわゆる頬への接吻をかましたことがある。
されたのはソユンなのに、これに激しく動揺したのはメイメイだ。ろくに立つことも話すこともできなくなって、紅梅のような顔色のまま一刻あまりを過ごした。
かなり段階を踏まないと親しい触れ合いに行き着けそうにもないことが発覚し、それ以来、メイメイがやりたいことを書いてきて、ソユンがそれに協力するという不器用な仲の深め方をしている。
(ソユン様には大したことでなくても、わたしには早すぎることが多そうだし……!)
この件は、遊び人の基準ではなく不慣れな者のそれで行かせてもらうことにした。
ということで、今メイメイはソユンと並んで座り、手を繋いでいる。
「い、……痛いところはございませんかっ……!?」
「あはは、全然。手が温かくて落ち着くくらいだ」
「うわあ……! それはちょ、ちょっと恥ずかしいからかもしれません……。さっきからすごく体がほかほかで……」
指を絡めず、ほとんど重ね合わせているだけなのに、この有様である。
ソユンのすらりとした親指がメイメイの手の甲をいたずらに一撫でした時などは、背中に汗が伝ったかもしれない。
嬉しいのに気恥ずかしすぎて、叫びそうになった。
気を逸らすためにとっさに俯くと、ソユンの腰元を見てあることに気がついた。
「ソユン様っ、飾り紐……!」
ぱっと顔をあげて声を弾ませると、ソユンも柔らかな笑みで応えてくれる。
「赤毛ちゃんも今日はそれを付けてきてくれたんだね。お揃いだ」
「えへへ……」
ソユンが結った美しい紐と、メイメイが結った荒くてよれた紐は、今それぞれ相手の帯を飾っている。前回メイメイが挙げた、『一緒に何かを成し遂げる』企画の一環で作ったものだった。
「こういうの、楽しかったね。またやろうか」
「はいっ、ぜひ……!」
繋いだ手と逆の手で、綺麗な飾り紐を撫でつけた。どきどき高鳴る鼓動が妙に心地よかった。
――そうやってメイメイは、一歩ずつお付き合いなるものと向き合う日々を送っている。




