3-3. 贅沢な人生相談の時間です
かれこれ数週間悩んでいるメイメイです
さて、本日の本題、お悩み相談の時間である。
「―――それで、追加の手紙も来てしまったことなので、早く返事をと……」
親から届いた手紙や将来のことなど、最近考えていたことをとりとめもなく話す。
話があちこちに散らばっても、ソユンは温かくメイメイを見守ってくれた。
年齢は三つほどしか変わらないはずなのに、その優しい視線は、まるで親から子に向けるような包容力を持っている。
だからメイメイも安心して、心の中でひっそり溜まっていた焦燥感や躊躇いをも口にすることができたのだ。
「まず前提として、君はまだ環境を変えて頑張り始めたところなのだし、これから色々なことを経験していく年頃だ。今後の身の振り方については、急いで結論を出さなくてもいいと僕は思うよ」
「うっ……、優しいお言葉が身に沁みます。私も、もう少しこのままでいいかなと思ってはいるんです。でも、……それでいいのかって変なじれったさも感じておりまして、さらに親にどう言ったらいいのかまで考えると、なんだか色々と悩ましくて……」
「せっかくの提案を、無下にしたくはなかったのだよね」
「そう、そうなんです!行きたくないけど、親は私のためを思って言ってくれたわけですし……。でも、行ったら将来も決まってしまうようで、気が重いんです……」
ところどころで入る落ち着いた相槌に励まされ、言葉にしていくと、それだけでも心が癒されていくのを感じる。
気が重いと言いつつも、この頃心の片隅にあった嫌な焦燥感はすっかりなくなっており、相談の効果は覿面である。
それもそのはず、この国の王族を除き、五本の指で数えられるほど偉くて立派な人を相手にした、特別に贅沢な人生相談なのだから。
「それなら、気軽なことから始めてみるのはどうかな? 趣味の集まりとか」
「趣味の集まり……?」
聞くところによると、少し前から王都では好きなものを共有して楽しむ、交流会なるものが流行っていたらしい。
その活動の輪は地方にも広がり、今では様々な地域で思い思いに若者が集っているとか。
「一対一に躊躇いがあるなら複数人で、初対面の人と何を話せばいいのか分からないなら、共通の話題を持った人と。もちろん参加者は女の子だけでもいいし、場合によっては男女混合の方が気楽なこともある。少しずつ同じ年頃の人の考え方を知って、交流に慣れていけば、色々と参考になるのではないかな」
「はっ、確かに……っ!」
そして、この仕事のできる賢い人は、メイメイの性格に配慮した、いい解決方法を提案してくれた。
好きな本を持ち寄って紹介し合うなんて集まりもあるらしく、まずはそれだとメイメイは顔を輝かせた。
好きな本は恋愛系だが、家に籠もりし人だったメイメイは、色々な分野を嗜んでいるのだ。
趣味の合う人はきっと見つかるだろう。
「なんだか上手くいきそうな気がしてきました!もう今から楽しみなくらいです!……それに、提案に頷くだけでも親は喜んでくれると思うんですが、私からこんな積極的な意見が出たら、きっとすごく感動しちゃいます!うわー……、ここ数週間の悩みが晴れて、嬉しいです……」
「それはよかった。とりあえず行くだけ行ってみて、無理そうならまたゆっくり考えてみればいいからね」
「はい、本当にありがとうございますっ!ふう、これでもし慣れて抵抗感がなくなれば、もっと将来の選択肢も増えますし、社交性も磨かれちゃいますね……!惨敗したら、……まあそれはそれで、向いてなかったのだと見切りを付けることにします」
「困ったことがあればいつでも相談してね」
「とってもありがたいですっ……!ぜひまた後日談をお話させてください」
今ならなんでも上手くいくような心地になり、清々しい開放感に浸っていると、ソユンもよかったねと笑ってくれる。
その顔を見ながら、ふと思った。
メイメイの今後についてはこれから試行錯誤していくとして、他の人はどうなのか。
一般に、身分の高い人は早くから婚約が決まっているという。
そうであればソユンは―――
「婚約者? いないね、呑気な独り身だよ」
「い、意外………!ですが、なんだか分かる気もします。 ソユン様なら、それこそお相手なんて選り取り見取りでしょう? 早くから決めていらっしゃった方がもったいないと言いますか、ソユン様こそどんと構えていらっしゃるべき方な気がしますもん!」
メイメイの問いかけには、あっさりした回答が返ってきたが、それもある意味納得である。
元々持って生まれた身分が抜群に高く、見目は極めて麗しく、性格は優しくて穏やか。
それに加えて優秀な頭脳や持ち前の処世術で国の中枢に立ち、王族にも重用されている。
さすがに高望みだと諦めてしまう人が多いだろうが、既婚者や独身主義者でもない限り、老若男女問わず、誰もが一度は隣に立ってみたいとか相手に選ばれたいとか夢想するに違いない。
言い方は悪いが、この国きっての優良物件だ。
家同士のつながりや損得関係を考えて相手を決めなければならないという、ありがちなしがらみすら、この人にはもはや関係ない。
王族のほうがかえってそういうものに縛られてしまうだろうから、この国で最も自由な選択肢を持つ人と言ってもいいのではないだろうか。
「まあ一応、この身分を魅力に思う家は多いだろうねぇ」
「身分に限らず性格もお姿も含めてすべて完璧で、未婚者一同の理想だと思います……!」
「なんだかすごく褒めてくれるね、ありがとう。赤毛ちゃんも素直で頑張り屋さんなところが可愛いよ」
「ほわっ!!」
謙遜せずに軽く流す返し方、格好良くて痺れる。
絶対言われ慣れてるし、むしろそんなことないよとか返した方が嫌味に聞こえてしまうだろうから、ちょうどいい塩梅の返事だと思う。
なんて彼女が考えている隙に、さらりと甘く褒め返されて、思わず小さく飛び跳ねる。
本日何度も思わぬ衝撃を喰らい続けているが、相手がソユンだから、もういくら身構えていても仕方がないと割り切ったほうが賢明な気がしてきた。
くすくす笑うソユンに、えへへと照れ笑いを返した。
戻ってきた侍従と共にソユンが立ち去るのを見送る。
会った時はうっすら夕日が差す程度だったのに、今はもう茜色と淡墨色が混ざり合い、夜が始まろうとしていた。
きっと、メイメイのために時間ぎりぎりまで一緒にいてくれたのだろう。
手配してもらった馬車に乗り込んだメイメイは、道中ずっと、先ほどもらった言葉やその表情を反芻した。
大切な宝物を飽きずに一人眺め続けるように。
いつも優しい言葉を掛けてくれるけれど、今日はなぜだか特に心に残った。
落ち着いたところで、ほんのり熱い顔を手でぱたぱた仰ぐ。
肝心の風は生暖かくそよぎ、火照りを冷ますのには役に立たない。
「それにしてもソユン様って、恋愛にご興味ないのかなあ? それとも少し鈍感さんなだけ?」
婚約者がいないことを少しも気にしていないようだったし、恋人の話だって聞いたことがない――そもそも、彼はメイメイと恋愛話で駄弁るほど暇な人ではないのだけれど。
仕事の方が大事で興味が持てない。あるいは恋心を向けられているのに気づいていない。はたまた、胸に秘めた想い人でもいたりして。
彼女の職場では、程度の差こそあれソユンを知っている人はみんな好感を持っているし、中には恋に近い感情を向けているような娘だっている。
(でも、実際にソユン様にその気持ちを打ち明けたことのある人はいないみたいだから、こんな風にみんなが気兼ねして打ち明けないことで、肝心の人物に想いが全く届いていないという可能性もあったり……?)
しかし、ソユンは周りを常に気遣い思いやれる人だし、人の気持ちには敏感そうだ。
だったら逆に、気づいてはいるけどすべての人の気持ちには応えられないから、熱が冷めるのをそっと静観しているのかもしれない。
想い人がいることだってありえない話ではない。
ただ、ソユンの身分はこの国でもとびきり高く、望んだら確実に叶いそうな気はする。
(もし好きな人がいるんだとしたら、ソユン様が想いを告げるのに躊躇うような相手と考えたほうが良さそう。既婚者とか、貴族ではないとか……)
色々と徒然に考えていたが、そもそもまず第一に、彼自身が恋をしたりそういった感情に振り回されたりする姿は全然想像ができないことに思い当たった。
「じゃあやっぱり、興味がない説が有力かなぁ?仕事人間っぽいしぃ……」
ソユンのことを知りたくて話を聞いたのに、かえって謎が深まり、メイメイは首をひねった。




