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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
三章 恋愛とか将来とか
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3-1. 将来のことを考えてみます

女官になって一年と数か月。

親からの手紙をきっかけに、メイメイは将来のことを考えるようになります。








かさ、と紙の擦れる音がする。


 

何度か読み返してうっすら皺がつき始めている手紙を片手に、メイメイはぼんやりと物思いにふけっていた。

  

最近仕事が休みの日は、王都にある大庭園へ出かけることが多い。

以前ソユンと遭遇した場所でもあり、きれいに整えられた草花や美しい池が目を楽しませてくれる、憩いの場として人気の庭園だ。



「もう夕日が差し始めた!日用品の買い足しにけっこうな時間がかかってたのかな……。買ったのはこれだけなんだけど」


昼過ぎに買った細々(こまごま)したものは、すべて巾着に収まって膝の上に。 

今はひととき座って休憩中である。

 



こんな洒落た場所での散歩が習慣になった理由は、もちろん(くだん)の高官様にうっかりまた会いたいからだ。

あの後にも一度見かけたことがあるくらいだから、期待はできるだろう。

その時は数名の令嬢に声を掛けられていて、残念ながらメイメイにはそこに入り込む勇気はなかったのだが。

 

次こそはの気持ちで、頻繁にこの庭園へ足を運んでいる。



 

手前の方はだいぶ散策し尽くしたので、今日はいつもより少し奥まで進出してきていた。

道なりに歩いているうちに、小さな池と、そのほとりにある石の長椅子を見つけたのだ。

ひっそりとしてひとけがないため、ゆっくりするにはうってつけの場所だ。

 

そこへぽすんと腰掛けて、今に至る。





夕日が水面に反射して風情があり、なかなかに良い穴場のようだ。

そのままメイメイが何気なく凪いだ水面を眺めていると、雌雄の蝶々が、ひらひらと交差して飛び回っているのが目に留まった。



「……蝶はどうやって番う相手を見つけるんだろう。所属する社会も共通の話題もないし、あちこちに住処が散らばっているっていうのに」



この国で最も人が多い王都に住んで、最も人が多い職場で働いているはずのメイメイは、仕事以外で異性と会うことすらしない。

それなのに目の前にいる蝶々は、どこからか飛んできて、こうして出会い、心なしか楽しげに逢瀬を繰り広げているのだ。



「出会い頭に一目惚れでもしたのかな。それとも前から恋仲だったり……。実はご近所さんとか?やあ久しぶり、みたいな……」

 

そんな取り留めのないことを呟きながら手持ち無沙汰に手紙をふりふりと揺らし、そこに書いてあることを思い浮かべる。



―――隣の領地にとても頼りがいのある優しい青年がいるのですが、一度会ってはみませんか。あなたが幼い頃に一度会ったことがある子ですが、覚えていますか?……まだ早いと考えるかもしれませんが、今後誰かと支え合って生きていくというのも一つの選択であり、穏やかで誠実な人なら、メイメイときっと気が合うと母は思うのです―――




人と会うことを厭う娘の気持ちを慮ってか、親が今までこうした話題を口にしたことはなかった。

結婚とか交際だとか、そういう具体的な将来の話について直接話を振られたのは、メイメイの覚えている限りではこの手紙が初めてだ。


 

年の離れた弟が生まれるまで、跡継ぎと見なされていたのはメイメイだった。

しかし、その頃でさえ、男女関係なく人との関わりを控えたがるメイメイの人見知りを、周囲の人々が無理に直そうとすることはなかった。


いつか頼れる社交的な婿でも取って、夫婦で頑張ってもらえばいいだろうと、両親ものんびり構えていたらしい。

彼らは繊細で内向的な娘に負担をかけるまいと、人付き合いに関してかなり気を遣ってくれていたのである。

 

そんな彼らがメイメイに対して他人、それも将来の夫候補とかいうかなり踏み込んだ存在との交流を勧めるなんてことは、珍しいどころかこれまでに一度もないことだ。

 

だからメイメイは、この手紙を軽い気持ちでは捉えられなかった。

受け取ってから日にちが経った今も、返事を書くことができずにいる。



「みんなに、心配かけてるよねぇ……」



手紙は、さらにもう一通ある。


届くのに数日かかることを加味しても、これまで頻繁に送られていた手紙が届かないことを心配した親が、先日追加で送ってきてくれたものだ。

そろそろ返事をしないといけないのは、メイメイも分かってはいるのだが。

 

 

「職場でちょっとした話をするのと、場を設けて対面するのじゃあ、全然違うんだよなぁ……。これで一対一なら、もう紛れもなくお見合いって感じがするし。そんな勇気も覚悟もないのよ、あなたたちの娘は……」


気楽に了承するには、メイメイにはまだ荷が重い。





 

いつかの家族会議の末、我が家の保有する一つきりの爵位と素朴な領地は弟が継ぐことに決まったのだが、思えばその時がいちばん自分の将来を真剣に考えていただろう。

 

領主になった暁には日々頭を悩ませるであろう領地経営、家のために残していかなければならない財産、支えるべき配偶者やいずれ生まれる子供。

そういった心理的負担がメイメイにはなくなった分、将来に対してだいぶ自由が効くようになった。

 


――人生設計において、しなければならないことから開放されるということは、やることなすこと全てにおいて、メイメイが自分で決めていかなくてはならないということも意味する。



一般貴族の家で受け継ぐ爵位や領地のない者は、他家へ婿や嫁に入るか、一人で生計を立てていくか、基本的にはその二択らしい。

当時のメイメイは結婚なんてまったく視野に入れていなかったので、残されるは自立の道だった。


家に残ることも提案されたが、そうなると行く末は弟夫婦と共に暮らす得体のしれない小姑だ。

人付き合いが苦手なメイメイは気まずいし、向こうだって過ごしづらいだろう。

両親に相談して、親戚に話を聞いて、そうして選んだ道が、女官である。



(ただ、女官になることを目標にしてたから、実際に王都で働き始めて日々忙しく過ごすうちに、将来をどうこう考える熱が冷めてしまったというか……)



先輩女官を見ていると、出世するには大いなる根性ととてつもない社交力が必要なのだと思い知らされる。

つまり、メイメイがばりばりの職業人になれるかというと、少し違うようなのだ。

 

つい先日成人年齢、つまりは婚姻も可能な年齢に差し掛かったことだ。

その辺りを踏まえて、一度しっかり考えてみるべきかもしれない。





  

とは言っても、とメイメイは悩ましげに眉尻を下げた。


(だからといって、自分が結婚して家庭を持つ姿なんて想像もできないんだよね)



娘の意思は尊重してくれる人たちだし、勝手に婚約の話を進めることは、おそらくない。

 

最近の手紙では、今までとは比べ物にならないほど娘の交友関係が広がっていることに、驚きつつもとても喜んでいるようだった。 

残念ながら、娘の社交性は気軽に他人と会えるほど向上したわけではないのだが、今回の申し出はその成長の程度を見誤ってしまったのだろう。

 

元より世話好きの母のことだ、(メイメイ)さえ嫌がらなければ、こうして人と親しく交流する機会を、それこそ幼少期のうちから設けていたかったに違いない。



(ただ、いつか仮に結婚するとしても、その相手は自分自身で見つけてみせたくて……)

 

これまで散々苦労をかけさせた親にあれもこれも面倒を見てもらうのは気が引ける。

そのうえ、少女趣味な本を嗜むメイメイとしては、用意された相手というのはいささか浪漫に欠ける。


この国でいちばん働く場所も相手も見つけやすそうな、ここ王都で暮らしている間に、どうにか今後のことを決めていきたいところだ。



  

今までのメイメイにとっては、家に籠もることが心の平穏を保つ有効な手段だった。

 

しかし、宮廷勤めを通して親しくなった人たちと過ごしているうちに、一人で過ごすよりも人と一緒にいた方が楽しいこともあるんだと気づいた。

だから、長い将来共に過ごす人を、家族以外から探してみてもいいのかもしれないと思い始めている。


けれどそれは、相手が多少気心の知れた友人や知人だからであって、結婚する異性と一緒に暮らすとなると別問題な気もするのだ。

 


この微妙な心の変化を抱える中で、親にはどうやって返事をしておこうか、とここ数日の間考え続けて、地味な悩み事になっている。

返事が遅くなりすぎないうちに、会うか会わないかくらいは早めに連絡した方がいいのだが。



(うーん。とりあえず、会うだけ会ってみる……?)



しかし、軽い気持ちだったとしても、私的に初対面の人と会うことにはまだためらいがある。

しかも文面的に、会うなら向こうだってある程度の心構えをしてくるんだろうし、どういう顔をして会えばいいのかもよく分からない。


このように、最近は思考が堂々巡りのメイメイである。

手紙を手に持ったまま何をするでもなく、池を眺めてぼんやりと過ごす。




すると、



「おや、奇遇だね?」


「んっ!?」



突然耳に魅惑的な声が飛び込んできて、反射的に振り返ると、目の前に眩い姿が。



(う、うわーーーーー!!)



遠目でもきらきらしい彼をなんの心構えもなく近くで直面なんてしたものだから、衝撃に耐えられずに思わずふらついてしまう。

座った状態でなければ、尻餅くらいついてしまっただろう。


心の叫びは、ぎりぎり声に出さずに済んだ。




「おっと、驚かせてしまったかな?」


「へ、………あ、いえいえ、全然そんなことはありません!その、これはもう、自然の摂理と言いますか、まだ心の鍛錬が足りていないだけですので……!」


「……ふふ、難しいことを言う。先日ぶりだね、赤毛ちゃん」



穏やかに笑って目の前に立つのは、ひっそり心待ちにしていた、美貌の高官様だった。




 



たそがれメイメイ

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