ex-story4-2 儚くない。
いよいよラストエピソード!?
ここにきてまさかのドウデュース有馬記念回避に
ちょっと胸中複雑な作者ですが……
そちらの『幻のラストラン』も含めてお楽しみいただければ幸いです。
12月22日 日曜日 中山競馬場・第11競走
G1 有馬記念 芝2500メートル
冬晴れの空の下、中山競馬場に詰めかけた超満員の観客たち。そのほとんどが見に来ていたのは一頭の馬だ。秋の天皇賞・ジャパンカップ・そしてこの有馬記念と秋競馬の王道路線を全て勝ち抜き【秋古馬三冠】の称号を手にする資格をただ一頭だけ持つ馬・ドゥードス。その背には30年以上も日本競馬のトップで居続ける騎手・滝登。
もちろんそれ以外にもビッグタイトルを手にした馬、着実に力を付けてこの舞台へと駆け上がってきた馬もいる。そんな実力のある馬たちが一堂に会してひしめく中で、オレ達は息を潜めるように出走の時を待っていた。
「なんだかこの雰囲気、菊花賞の時と似ていますね」
「あぁ、それはオレも思ってました」
パドックから地下馬道を通ってコースへと向かう途中、福山調教師が静かに口を開く。馬場入りに向かう前後の陣営とは距離が開いて、ここに居るのは千葉さんと福山調教師、それにリブライトに跨ったオレだけだ。この人がこんなタイミングで何かを話しかけてくるのは珍しい。
「……最後方で勝負をかけてくれないか?」
「「えっ」」
ポツリと言った言葉に千葉さんとオレが同時に驚く。何故なら最後方からの追い上げは今日の一番人気であるドゥードスの得意戦術であり、そのトップスピードにはこれまでの調教では一度も届いたことが無いからだ。それでも、こんなタイミングで敢えてそんな作戦を告げてくるからには、何か勝算があるのだろうか?
「滝さんにはスパートをかける直前、僅かに左脇が開いて肘を上げるクセがあるんだ。真後ろにピッタリくっついてレースを進めている時ぐらいにしか気付けない、本当に僅かな無自覚のクセだと思うけど」
この2年半ぐらいで滝さんと同じレースに出る機会は増えていたけれど、全く気付かなかったしそんな話は一度も聞いたことが無かった。きっと元・一流騎手として滝さんと20年以上も一番近くで騎手生活を送ってきたこの人だからこそ、分かるレベルの事なんだろう。
「今の加賀君ならそれに気付けると思う。そしてリブライトの反応速度と加速なら、ドゥードスよりも早くトップスピードに到達出来るハズなんだ。思いつく限りの突破口があるとしたら……そこじゃないかな」
滝さんが此処だと思ったポイントでそれよりも一瞬だけ早く勝負を仕掛け、完璧な勝ち筋を踏襲する。まさに針の穴を通すような芸当だ。それでも、それしか道が無いのだとしたら、行くしかないだろう。
〈さあ今年最後のドリームレース・有馬記念。今年の日本競馬を代表する18頭が揃って今、スタートしました! トレジャーシップがまずは好スタート。そこにヘブンリーブルー川原 風雅、牝馬G1を3勝のレイカマリアージュと続きます〉
〈馬群中団には1年以上の休養を越え今年の大阪杯を手にしたブループラネットと小崎 圭太、無冠の帝王サウザントマイルズと和賀 竜介。1番人気のドゥードスと滝登はほぼ最後方で全馬を見据える形だ! ここで先頭1000m通過は58秒5のハイペース!〉
スタートして直後から、馬のペースを控えさせてドゥードスの影に隠れるように最後方に回る。優馬が絶好のスタートから快調にペースを上げていくのに釣られて全体的なペースは速い。滝さん達はその流れにおいても余裕を持って脚を溜めている感じだが、こちらは付いていくので精一杯だ。せめてリブライトに負担を掛けないよう、重心をブレさせずにぴったりとリズムを合わせる。
「完全に馬と一体になった乗り方。上手くなったね」
普段はレース中に話すことは少ない滝さんが珍しく話しかけてくる。穏やかな口調ではあるが手綱は全く緩めず、視線は前の馬群を見据えたままだ。
「リブライトもラストランなんだっけ? 加賀君が最後くらい勝たせてあげたい気持ち、大切に乗っている事もよく分かるよ。でも」
そこまで言いかけて滝さんの姿勢が頭一個分下がり、前傾姿勢になる事でドゥードスのペースが上がる。オレも負けじと手綱を動かして加速しようとするが、加速が追い付かずにワンテンポ遅れる。
「ラストランに掛ける想い、勝ちたい気持ちはボクが一番知ってるよ! これまで何頭もそんな気持ちを味わってきたからねッ! 悪いけど、ボクらが勝つよ!」
そう言い放つとさらにもう一段階ペースを上げる滝さん。
〈残り800メートルを過ぎて春の天皇賞馬カノンミサイル横浜徳幸を中心に後方集団が一気にペースを上げる! 先頭逃げるトレジャーシップのリードは4馬身! ここで最後方からドゥードス! ドゥードス来た!!〉
福山調教師からのアドバイスのおかげでなんとか、滝さんとほぼ同じペースで馬群後方から中段へと駆け上がりながらカーブを周る。でも、ここからさらにスパートする脚を残している滝さんの馬に比べて、すでにリブライトの息は上がり気味でしんどそうだ。
騎手の勘がこのペースでは馬群の先頭には付けても、さらに前を行くトレジャーシップとそれに競りかけるドゥードスには追い付けないと警鐘を鳴らす。だけど……すでにピークを越えて無理がかかっているリブライトにこれ以上の無理を掛けても大丈夫なのだろうか?
まったく縮まらない先頭を行く優馬との差。それを埋めるべく更なる加速を試みる滝さん。後ろからは最後の直線で先頭を捕えるべく、ここまで虎視眈々と脚を溜めていた強豪たちが迫ってきている。
「そういえばあの時、お前が教えてくれたんだよな。諦めんなって」
ここからどうするべきか必死で考える頭の片隅の、やたらクリアな部分で脳裏に浮かんだのはリブライトとの初レース、3歳未勝利戦での事だった。
あの時は1着を諦め、これで十分だと思ったオレに『まだこんなモンじゃない、ここで諦めてどうすんだ』と見せつけるように馬自らでスパートをかけたんだ。だとしたら……その恩を返せるのは、ここしかない。
「いくぞ、リブ。俺達のリズムで!」
リブライトの刻む一完歩よりほんの少しだけピッチを上げながら手綱をしごいて、早いリズムを作り出そうとする。
未勝利戦で優馬を追い上げた末脚を、このままならダービーでさえ獲れると信じたスピードを、菊花賞で最後に見せたリズムを、オレが知っている。今度はそれを、オレがこの馬に伝える番だ! 思い出してくれ、一緒に駆け抜けたあの感覚を!
〈ラストラン! 万感の思いを込めて最後の直線! 逃げ粘るトレジャーシップにドゥードスが迫る! さらに1頭!! なんと9番人気リブライトも迫ってきている!〉
前を行く2頭の動きを追う事を止めて、このリズムでリブライトと呼吸を合わせる事だけに意識を没中させて追っていくうちに、ようやくオレたちのリズムが重なる。これが3年間ずっと一緒に作り上げてきた、リブライトのリズムだ! このままあと半馬身、あと100mだけ……
〈ドゥードス抜けた! 内でトレジャーシップ食い下がる! 間を割ってはリブライト! 3頭ほぼ同時でゴール! だが勝ったのは……〉
「よくやってくれた、加賀君」
下馬した瞬間、大柄な北条馬主にガシッと抱きすくめられる。驚いて視線を上げると、福山調教師も千葉さんも皆、誇らしげな笑顔を浮かべていた。とてもそんな表情をできないオレとは裏腹に。
「いえ……でも。本当にあと一歩で勝てなくて……」
そう、力を振り絞って最後まで走り切ったものの結果は3着。ドゥードスとはクビ差、2着のトレジャーシップとも本当にわずか数センチ、ハナ差で及ばずの3着だったのだ。結局、最後まで勝たせてやることができなかった事にオレは後ろめたさを感じながらスタンドへと引き返してきたのだけど。
「最後の走りはまさしく、一昨年の有馬記念を制した時のリブライトじゃった。あの姿で優勝争いに加わる姿を観られただけでもう……やはり最後は加賀君で良かったと、ワシは思っておる」
「滝さんのオグリ、ラ・メールのイクノス……ボクも間近で色んなラストランを見てきたけれど……今まで見てきたどの馬にも負けない、立派なラストランだったと思う」
「福山先生のヘイローキングダムも、だよな……だからよ、ちゃんと胸を張れ流星! リブとお前は……いや、俺達は……最後まで全力で戦ったんだ」
そう言って涙を浮かべる福山調教師と、涙が止まらなくなる千葉さん。そんな二人のいつもとは違う様子に戸惑いながら、泣いている千葉さんの顔をペロペロと舐めるリブライト。そんな愛馬をなだめて首に腕を回し、最後のハグをする。
泣いても笑ってもこれが最後。【競走馬】であるリブライトと、【競馬騎手】であるオレの、旅の終わりだ。
「リブ、本当にこれまでお疲れさんだったな……お前に出会えて本当に良かったよ。オレはこれからも騎手を続けていくつもりだけど、お前と走った事……ずっと忘れないでいようと思う」
そしてリブから身体を離して3人へ最大限に頭を下げたお辞儀をすると、背中を向けて検量室へと引き返す。感情が溢れそうになったけれど、なんとか泣かずに笑って最後を済ませられた。これでいい、これでいいんだ。
こんな想いも全部、ずっとずっと、覚えていよう。
こうして、オレとリブライトの物語は幕を閉じたんだ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
ご意見、感想、評価など戴けましたら幸いです。
ここで終わりも考えましたが一番肝心な人のスピンオフ編が無いので
年明けにもう一本、スピンオフを発表して締めたいと思います。
Re:brightスピンオフ【加賀流星編】年明け公開予定です。




