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ex-story3-2 スパイラル

「光希! 怪我は大丈夫なのか!?」

「何で? 加賀君、今日はこんなところに居るべきじゃないでしょう?」


 3歳から大きいタイトルを嘱望されていた馬・トゥルーロマンスの初G1勝利。それも懇意にしている主戦厩舎での馬ともなれば、今晩は馬主や関係者を一堂に集めての大祝賀会が行われるはずだ。そんな時に一番の主役がどうしてこんなところに居るのか。


「そこら辺は北条馬主(オーナー)にも福山調教師(さん)にも話を付けてきた。それよりもこっちの方がオレには大事だったから……光希が大丈夫で居てくれて、本当に良かった」


 安堵からか、力が抜けた感じで大きく息を吐きだし、表情を緩める加賀君。


 

「お前が落馬した時さ……オレ、前の方で競馬してたから状況が全然分かんなくて。その後もずっとダービーまで日が無いしって焦ってて、なんとかレースに集中しなきゃって自分に言い聞かせてたんだけど。……でも、ずっと光希に何かあったらって不安で、ずっと心配してたんだ」


「そんな事……加賀君はもう私なんか気にかけてくれるような場所に居ないでしょ?」


 

 思わず、ネガティブな感情が零れ出る。


「加賀君はさ。川原さんや優馬君とかG1に毎回出てるような人達と競い合ってG1も勝ってて、いっぱい記者にも囲まれて。近くには新堂さんみたいなキレイな人とかも居て。住む世界がもう、違っちゃってるっていうか」


 

 こんな事、ぶつけたいわけじゃないのに。言葉が口からついついはみ出してしまう。落馬して大事なレースに出られなかった惨めさも重なって、涙声になってしまっているのも自分で気づいているけれど、止められない。


 ああ、なんて惨めったらしいんだろ、私。


 

「光希? ……そんな事はないよ、オレはあの頃のまんまだ。むしろあの事があったから今のオレが居るっていうべきか」


 そう言っておずおずと距離を詰めてくる加賀君。手を伸ばしたら届きそうな目の前で、次の言葉を告げる。


 

「去年の春さ、角野井(すみのい)厩舎が解散して所属も騎乗依頼もなーんも無くなった時、お前に言われたことあったよね? 『このまま二人で騎手なんて辞めちゃおうか?』って。その時はオレ、その言葉を本気で実行しようかと思ったんだ。だけど」


 その時は酔っぱらっていたから、そんな発言をしたこともなんとなくしか覚えていないけれど。確かに、言ったような気はする。


「そう言いながら、でも諦めきれないって表情(かお)してるお前を見たらさ。まだ諦める時じゃないんだなって思ったんだよ。そんで勇気出して福山厩舎に出向いて、リブライトに乗せてもらえるように頼んで。そこから変わっていけたような気がする。だから」


 目線を上げるとすぐ近くに加賀君の顔があった。


「俺にとって光希は、いつも隣に居てくれて一緒に頑張ろうって思える存在なんだ。だから、オレの前から居なくならないで欲しいし、ずっと俺の隣に居て欲しい」


「加賀君、それって……」


 

 夢みたいだと、思った。


 私はこれまでずっと、加賀君が腐らずに前を向き続ける姿から力を貰って、まだまだ圧倒的男社会である競馬界の中で頑張っていけていた。けれどそれは一方的なもので、加賀君には何も返せていないと思っていたんだ。


 だからそんな風に想ってもらえてたなんて全く思ってなくて。なんて返せばいいのかその先、言葉が出てこなくなった。


「ええと、これは……なんて言えばいいのかな。『同期として一緒に頑張りたい』って意思表明で。あ、いや……それはそうなんだけど、ただそれだけじゃなくて。なんて言えばいいんだろ」


 聞きようによっては愛の告白(プロポーズ)とも取れる言葉を一気に話したのに彼もその先の言葉は用意していなかったらしくて、2人で目を合わせられずに次の言葉も出てこない。気まずい沈黙。



「あぁ~もうまどろっこしいわね! 『だから付き合ってくれ!』とか『私も好きでした』とかそれぐらいどっちか出てこないの!? 中学生同士か!?」


 いきなり厩舎の陰から大声がして振り向くと、そこには帰宅したはずの玲香が腕を組んで立っていた。


「玲香、何で? 帰ったんじゃなかったの!?」

「帰ろうと思ったんだけど、厩舎に誰も居なかったら心配だなあと思ってやっぱり来てみたのよ。そしたら決定的なシーンに出くわしちゃうんだもん! こっちがドキドキしたわよ」


 さっきと同じテンションと大声でズカズカと近付いて来て、私と加賀君の間に立つ玲香。


「光希も加賀君も、お互いが励まし合って一緒に頑張れる関係だと思っていて、お互いに手の届かないところに行ってほしくないと思ってる。それで合ってる?」

「……うん。」

「そう、だな」


 玲香の問いにほぼ同じタイミングで答えを返す私と加賀君は、次の玲香の発言で驚愕することになる。

 

 

「じゃあアンタ達、もう結婚しちゃいなさい!」


「「ええっ!?」」


 無茶苦茶な!? いくら何でも話が飛躍しすぎだ。


「別に驚くような事でもないでしょう? 私たちもう『いい歳』なんだし、競馬なんて何が起こるか分からないスポーツだもの。それに一般人と比べたら熱愛報道だの変な噂を立てられることも多い業界だし。そういう煩わしさや色々を考えたらベストな選択だと思うけど」


 『交際ゼロ日婚』というワードはこれまで聞いたことが無いわけでもない。でもそれがベストな選択っていうのはちょっと、私は無理があるような気もしたけれど。


「オレは……それも良いと思う」

「えっ!? 加賀君?」


 ちょっとだけ照れたような、でも何か意を決したような表情で、彼は言った。

 

「さすがに提案されなきゃ自分では言い出してないかもしれないケド、ずっと考えてた事ではあるんだ。お互いの事を理解しあえて、支え合っていけるとしたら多分、光希以外には考えられないって。もし付き合っていく中で『なんか違うな』って思う事があるならソレは、お互いにちゃんと話して考えを擦り合わせて、答えを出していければいい。ダメかな? 光希」


 

 こうして、私たちは『婚約』することになった。


 

 そして。

 


『抜けた抜けた抜けたァーーー! 今年の樫の女王は9番人気レイカマリアージュが外から鮮やかな差し切り勝ち! 鞍上はデビューからこの馬と駆け抜けた芦名光希騎手! 昨年の富田騎手に続いて2人目の女性騎手G1獲得だ!』


 新緑の映える東京競馬場に大歓声がこだまする中、私が大きく右腕を振り上げると歓声のボルテージが最高潮に達する。


 ずっと子供の頃から憧れだった、騎手としてG1レースを勝つ事。それがようやく叶ったのだけど。


「おめでとう、光希。手を抜いたつもりは全くなかったんだけど、完璧にやられたわ」

 

 それを達成できたことよりも、この人と一番近くでその嬉しさを共有できることが今は最高に嬉しい。これでようやく同じ舞台で並び立って胸を張れる。そんな誇らしい気持ちで加賀君とハイタッチを交わし、検量室へと引き上げた。


 

『おめでとうございます芦名騎手! えーと……先日からすでに一部競馬記者の間で婚約報道もありましたが?』

「はい、それは事実です。来週、彼の大一番が終わってから皆様にはご報告するつもりでしたが、同じ美浦所属の騎手である加賀流星さんと婚約することになりました」

『となると結婚・引退前にこの勝利が大きな記念という事になりましたね』

「……いえ? 彼ともちゃんと相談しましたが、まだまだ騎手は続けていきます。目標は秋華賞・エリザベス女王杯と、まだまだ大きい所をレイカマリアージュと一緒に目指していきたいと思っています」


 奇しくも勝利インタビューと婚約発表が一緒になってしまったけれど。彼と並び立てたと胸を張れる日にこうしてその事を堂々と言えるのは最高のタイミングだ。


 私を囲んでフラッシュを焚く競馬関係のカメラマンの中で新堂さんが笑顔で親指を立てる。もしかしてこうなる事も予測して応援が向いてくれるように婚約報道を先に流していたのだとしたら、彼女もなかなかの策士だ。


 私も笑顔で彼女に手を振り、表彰式へと胸を張って足を進めた。

いかがでしたでしょうか?

恋愛モノを普段書かない作者なりに頑張って書いてみました。

良かったら感想などいただけると嬉しいです♪


次週はリブライトのラストラン編です。

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― 新着の感想 ―
良いエピソードでしたね! しかしスピード結婚過ぎて笑った でもこういう勢いでないと中々結ばれるの難しい2人だったかも……
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