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ex-story3【芦名 光希】Out of my hands

毎週更新中のRe:brightスピンオフ!

今週は主人公・加賀君の同期、光希ちゃん編です。

去年、マーメイドステークスを勝ってみせる事で加賀君を励ました光希。

果たしてその後、なにか進展はあったのか!?

前・後編でお送りします。

『それで、今ってどんな状況?』

「え? うん、追い切りは順調だよ。この分なら前走の疲れも残さないで上積みアリで本番に臨めるって父さんも」

『私が聞きたいのはソッチじゃなくて。加賀君とのほう!』

「えぇ!? うーん、そっちは……」



 私がマーメイドステークスで重賞初勝利を飾ってから1年近くが経った。


 その間に幾つかの重賞に乗せてもらえるような機会も増えて、去年のこれまでより格段に騎乗数・騎乗成績ともに上がっていた。そして今シーズンのクラシック路線では、牝馬のダービーとも呼ばれるオークスに向かう前哨戦・フローラステークスを一緒に勝った期待馬・レイカマリアージュがいる。馬主は同期でもう騎手を引退した有力馬主の娘・玲香だ。


 だから電話をしていて聞かれたのはレイカマリアージュの仕上がりだと思っていたのだけど、彼女の興味は『馬主として()()()()()』よりも『同期として()()()()』だったみたい。



 同期の加賀君とはお互いを励まし合う状況、というかつまり、()()以来大した進展は無かった。


 レースが終わった日曜日の夜とかご飯を食べに行ったり、トレセン全休日である月曜日に気分転換とトレーニングを兼ねてロードバイクで走りに行ったりとそうやって一緒に過ごす時間は増えているケド、話題といえばほとんど馬の事や他の騎手や調教師のことばっかり。


 こんな男社会の真ん中に年頃の女子がいるんだから『誰か気になる人とか、居たりするの?』って一言ぐらい、気にして聞いてくれても良さそうなものだけどな。



『そんな事言って光希だって、加賀君が()()()()()とデキてんじゃないかって聞けてないでしょう?』

「ううっ、それを言われると……」

『ねぇ光希、あたしたち幾つだと思う? 18歳のデビューしたてじゃなくてもう26よ? なんならあたしなんて結婚して2児の母よ。高校生じゃあるまいし、好きな人が気になってる人とかいるかどうかぐらい聞けなくてどうすんのよ!?』


 そんな事を言われたって実際、これまで全く恋愛など脇目も振らずに競馬の世界で集中してやって来たんだから、私の恋愛能力なんて高校生と変わらない程度だ。


『いい? 馬主命令よ。次、加賀君と会ったら気になる人が居ないのかぐらいは聞きなさい』

「ちょ、それって馬の事と関係ないんじゃ」

『あるわよ。その程度の度胸も無い騎手に大事なG1レースの騎乗を任せられないでしょ? じゃあおやすみ』


 なによそれ、無茶ぶりすぎる! と抗議しようかと思った時にはもう、通話は切れていた。



 馬主である玲香からの宿題に数日間、頭を悩ませて『加賀君と次に会う機会』というのを恐れていたけれど、その機会は突然、あっという間に訪れた。


 加賀君が主戦を務めている福山厩舎と私の所属厩舎が話し合って、レイカマリアージュのオークス1週前追い切りと、加賀君がダービーで乗るヘブンリーブルーの2週前追い切りを合同で行うことになったのだ。ちなみに私がそれを聞かされたのは当日早朝、調教に入る準備をしていた時である。


「おはよ。あの……今日はよろしくね」

「……あぁ、よろしく」


 玲香があんなことを言ったせいで変に意識してしまい、ぎこちなくなりながらも挨拶をしたのだけど当の加賀君はそっけないどころか、心此処にあらずと言った感じの反応だ。大レースへの出走馬2頭が同時に走るという事もあって、競馬関係の記者が集まっているせいもあるのだろうか。


 その中で、ひときわ気になる人を見かける。


 新堂紗耶香(しんどうさやか)さん。去年、加賀君と共に菊花賞を制したリブライトの記事を書いて注目を浴びた、フリーの女性競馬記者だ。彼女はその後も加賀君とリブライトのコンビをメインの取材対象と定め、彼の大きいレース前には何度か単独取材を記事にしている。確か年齢は私と加賀君の1個上だったハズ。


  美人だし、頭も良さそうだし、加賀君の周りの人間関係にも私より詳しいし。あんな女性ひとが隣にいて、仕事の事でもなんでも理解してくれるんだったら、そんなの私に出る幕なんてないよね。


 ダービー出走を控えて記者から注目を浴びる加賀君と見比べて、私は自分が酷くみすぼらしくて惨めなものに見えた。



 そんな気持ちが馬にも伝わってしまったからか、追い切り自体も終始、ヘブンリーブルーのペースで私とレイカマリアージュは何の見せ場も無く終わってしまった。開始前の指示では逃げ馬であるヘブンリーブルーにカーブで後ろから並びかけて、ゴールまでの直線を全力で併走するように言われていたのだけど、真横に並ぶ間もなく半馬身ほど突き放される事を繰り返して終わり。


 並びかける一瞬に斜め後ろから加賀君の様子を確認した感じだと、何かに集中しているようで私の事など全く意に介していない雰囲気だった。そう、まるで私の事なんて眼中にないみたいに。


 そして彼は下馬後に多くの記者に囲まれる中『まだこちらは2週前ですので、とりあえず順調としか。それより1週前追い切り馬を取材された方が良いんじゃないですかね?』と言って記者たちの注目をこちらに向けさせ、颯爽と何処かへ消えていった。あの女記者と一緒に。



 去年の春までは同じくらいの場所にいたはずなのに、いつの間にか彼と私の立つ位置には手を伸ばしても遠く及ばない壁があって。

 

 このまま、全く手の届かない人になってしまうんじゃないか?


 囲み記者を振り払うように足早に去っていく彼の背中を見送りながら、私はそんな悲観的な思いを振り払えずにいた。


 

 そして、そんな気持ちだったからか。


「ちょっと! 流石にコレは無いんじゃないの!? こんななら私が乗った方がマシだったかもしれないわ!」


 オークス1週間前の東京競馬場。4歳以上牝馬限定G 1・ヴィクトリアマイルの開催日。


 

 よりによってメインレースでレイカプリンシパルと3度目の大事なG1挑戦を控えていたというのに、第3レースで馬同士の接触からそのまま振り落とされて落馬。怪我の程度は比較的軽症で、来週の騎乗には問題無いと診断されたものの、ヴィクトリアマイルでの騎乗はドクターストップ。急な騎手の乗り替わりにレイカプリンシパルは対応できずに惨敗という結果になった。


「私は光希だったからこの子も、レイカマリアージュも任せてるっていうのに! 大体アナタ最近変よ? 加賀君との共同追い切りが終わったあたりからよね。何かあった?」


 自分の発言が()()元凶だとも気付かず興奮気味に捲し立てる玲香を宥めながら、車窓から遠ざかっていく東京競馬場を眺める。

 


 玲香に言われた宿題は結局、聞けずじまいだったけれど、結果なら大体わかってしまったから。


 今の、G1の舞台で凄い先輩たちとしのぎを削って互角に戦っている加賀君にとっては、互いに健闘を励まし合って高め合える女性(ひと)は新堂さんであって、不遇な状況を嘆き合っていた頃の同期である私なんかではないのだ。今では、もう。


 いっそ、騎手なんて辞めてしまおうか?


 そんな考えが脳裏に浮かぶ。同期の子たちはほとんどが辞め、続けている加賀君も横浜君も私よりも遥かに高い所で戦えている。むしろ、それぐらいの人達しか残れていないのに、そうじゃない私が何で続けているのだろう? きっと彼らにとっての私はもう、気にするどころかその目に映る事すらないぐらいの存在なんだ。


「ねぇ、玲香」


 もう騎手、辞めちゃっても良いかな?


 重く閉ざしていた口からようやく声を発して、そんな言葉が喉まで出かかった時、車は美浦トレセンの正門前で止まり、乗っていた座席のドアが開かれる。


「とにかく。今日はケガしてるんだし気分も最悪だろうからちゃんと休んで、明後日から気分を入れ替えていくように! 馬主命令だからね。最終追い切りで同じ顔してたら私がアンタにムチ入れるわよ!」


 何処から出したのか手にしているムチの先を突き付けてそう宣言する玲香に、無言で感謝を告げる。こういう時、新人ジョッキーだった頃と変わらない態度で居てくれるのはすごくありがたい。



 そしてトレセンの正門をくぐってとぼとぼと自厩舎の前まで歩いてきた時、そこに()()()()()()()人影を見つけて私は声を上げそうになった。



 今日のヴィクトリアマイルを勝った勝利ジョッキー、加賀君だったからだ。



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― 新着の感想 ―
待ってました! やっぱりこの人の外伝は読みたかったので……
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