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ex-story2-2 Dear Future

 そして迎えた今日の第11競走(メインレース)・皐月賞。


 馬にとっては生涯ただ一度、成長著しい3歳でのみ挑むことを許されたその世代を代表する馬を決める名門(クラシック)レース。


 ここを勝った馬こそが、さらに先の競争生活の中で輝かしい成績を残すことが期待される。それゆえ、ここでタイトルを獲る事の意義は大きい。当然、馬だけでなく人にとっても、だ。


 去年はこの皐月賞に向けた争いが始まる前から【無敗三冠の期待がかかる】と言われたクリアディザスターが存在していたが、今年はどの馬にも同じくらいの期待がかけられている。



 その中で俺が前走から手綱を取るトレジャーシップは2番人気とそれなりの人気。だが人気がほぼ同率のライバルは多く、加えてこの馬自体にも()()()()()()


「横浜騎手。この馬は自分が納得しないと全力を出そうとせん。そのクセ、ほかの馬に並びかけられるとカーッとなって勝負どころの前にスタミナを使い切ってしまう。なかなかに難しい性格なんじゃが……」


 そう、この馬は父親のゴールドトレジャーと同じく、一級品のスピードを持っているがその分、気難しさまで父親譲りの馬なのだ。


 

 昨年の新馬戦・初重賞はベテラン騎手を鞍上にスピード任せで逃げ切り2連勝を決めたが、2歳王者を決める昨年末のホープフルステークスでは抑える競馬を教えようとした騎手を早々に振り落として競争中止。主戦を務めたベテラン騎手はその時のケガから予定を1年繰り上げて引退し、前走から俺に白羽の矢が立ったという馬だ。


「ワシの見立てではこの馬の『自分の力だけで勝ちたい』という気持ちと、お前さんの『何としても騎手の力で勝たせる』っちゅうエゴがお互い嚙み合えば、と思うんじゃがな」


 今年で定年を迎える好々爺然としたベテラン厩務員から引き手綱を持ったままでそんな風に言われて、一瞬たじろく。

 

「あの……今成いまなり厩務員から見たら俺の騎乗って、そんな風に見えてるんですか?」

「あぁ、そうとも。お前さんの感じは若い頃の徳幸のりゆきさんとそっくりじゃ。お父さんの方は今でこそ勝とうという気を前面には押し出さんけどな。じゃが、どのレースもどんな馬でも()()1()()()()()()()()()()()、そういう辺りは昔と変わらん」

「あの父が、ですか?」

「まあ……お前さんが生まれる前か、まだ幼かった頃の話じゃからの。知らんでも無理はないわい」

 

 そう言って豪快に笑う老人に、馬の方は何を考えてかグリグリと頭を近づける。俺の時は意思疎通を図っても噛みつこうとしかしてこなかったクセに、だ。


()()()()()()なんじゃよ、お前さんたちは。じゃから田仲騎手が引退して騎手未定となった時に徳幸さんからお前さんをと鞍上に勧められた時、ワシと調教師も顔を見合わせて納得したもんじゃ」


 その『似た者同士』という単語が俺と馬の事を指すのか、それとも父との事を指すのかは分からなかったが、俺は黙って軽く一礼するとスタートゲートへと向かって手綱を握りしめた。



 

『さあ、運命の牡馬クラシック第一弾・皐月賞。ゲート入りは滞りなく進んでいます。逃げ・先行馬として覚醒した【2歳王者】ヘブンリーブルーと加賀流星は2枠2番と絶好の枠を引き当てて堂々のゲート入り! おっとここで2番人気の9番トレジャーシップは前走スタート前と同様にゲート入りを嫌がるか!? 他の馬は順調な枠入りです』


 大体の予想はついていたがゲート入りからスタート直後までは最悪の形だった。ゲートを嫌がったせいかスタートのタイミングを外して出遅れ、ここまで逃げのレースをしてきた馬だった事を警戒されたのか、あっという間に前へ出るための進路は塞がれる。


 加えて中山競馬場の2000メートルはゴール前にある急な上り坂の入り口がスタート地点なため、レース中盤までは登りが続くのだ。馬も俺もフラストレーションを溜めたまま、全く自分でレースの舵を取れることなく前半1000メートル通過地点が近付いてくる。


 

『先頭は1番人気のヘブンリーブルーと加賀流星が単独の逃げ! 後続とは3馬身から4馬身のリード。一方で2番人気のトレジャーシップは対照的に今日は馬群中断に待機のまま、まだ動きません。ここで先頭は1000メートルを通過してタイムは58秒3のハイペース!』


 チラリと見たターフビジョンには遥か前方を行くライバルが映し出されている。


 それはまるで今の立ち位置の差を示しているみたいで、軽く唇を嚙んだ。去年の今頃なら俺がアイツの位置で、アイツはまだ全然視界に入るか入らないかの場所に立ってたってのに。何だ? この差は。


 

「どうやらまだお前にはその馬もクラシックも、早かったみたいだな」


 すぐ後ろで囁かれて振り返るとそこには父が居た。末脚一気を武器とする実力馬たちを率いて。


 

『残り800メートルを通過して第3コーナー、ここで4番人気カノンミサイル以下後方待機の集団が猛然と外から先行勢に襲い掛かる!』


 前日の雨とここまでのレースで傷んだインコースを避けて、コーナーの外側へと膨れながら上がっていく馬群の中からこちらを振り返る父。その口元には笑みを浮かべ、余裕すら感じられる。


 

「クソッ! いつまでも半人前扱いしやがって!」


 ここで追わなければ、とコーナーの外側に持ち出すため前傾姿勢で左足に力を入れた瞬間、足首に襲ってくる激痛。


「うあっ」


 思わずバランスを崩しそうになるが、重心が右に傾いてそのおかげで踏みとどまる。何事かと思って馬の方を見やると、トレジャーシップは自らハミを咥えてインコース側へと加速しだしていた。まるで、俺の左足に負担を掛けさせまいとしているように。


「シップ、お前……わかった。勝ちにいくぞ! 俺とお前にしか通せないコースで」


 他馬とも人とも協調できないこの馬が馬群を嫌っての行動なのか、それとも本当に俺を気遣ってなのかはわからないけれど。誰も選ばないインコース沿いの馬場を一気に駆け上がる。()()()()()()()()()()()()()()()



 ぬかるみに足を取られてバランスを崩せばそこで一巻の終わりという状況の中、極限まで集中力を研ぎ澄ませて狙うのはただ一点のみ。はるか後方を単騎で駆け抜けようとする、()()()()


『残り400mを通過して第4コーナーから直線。内ラチ沿い、ヘブンリーブルーが先頭! ここから後続が詰めかける! 最初に並びかけるのはなんと馬群にいたはずの2番人気トレジャーシップだ!』


 

「来ると思ってたぞ、優馬!」

「ああ、だいぶ遅れたけどな。ここからが勝負だ。 せいやぁっ!」


 イン側斜め前から振り返らずに叫ぶ同期のライバルに、全力の追い込みで応える。1馬身あった差を半馬身に縮めるまでに100m弱、残りは200m。このままいけば残り100mで並びかけてゴールまでには差し切れる計算だ。しかし……


『猛然と大外からカノンミサイル! ここに来てヘブンリーブルーも脚色は衰えない! 3頭ほぼ横並びで残り100m!! さあ抜け出すのはどの馬だ!?』


 中山名物の急な上り坂の後半。並の逃げ馬ならばここで力尽きて足が止まる筈だが、それどころか底力で抜かせまいと更にじりじりと速度を上げる流星と馬(ヘブンリーブルー)。加速の付きやすい外側から一気に末脚を爆発させる父と馬(カノンミサイル)


 それでもこの中で()()()()()()()()()()()()のはどちらでもない。()()()()()()()



『なんとここでトレジャーシップの2段ロケットが炸裂! 残り50mから他2頭を半馬身突き放してそのままゴール! 皐月賞馬ゴールドトレジャーの仔・トレジャーシップが親子2代で皐月賞を制しました!2着は僅かに外、カノンミサイルか!?』



 

「おめでとう、優馬」

「あぁ。出遅れた時はどうなるかと思ったケドな」


 ゴール板を過ぎてすぐ、流星がハイタッチを求めてやって来る。そして……


 

「まさかあんな所を通して決められるとはな。お前はお前で、俺とは別のルートと乗り方をちゃんと見つけて競馬をしたってコトか」


 その後に馬を並べて言葉をかけに来たのは驚くことに父・横浜徳幸だった。『人前で話していたら誰から贔屓と思われるかわからんからな』という理由を並べてこれまで、デビュー戦の時ですら競馬場にいる間は話しかけにも来てくれなかったというのに。


「父さん、俺は……俺なりのやり方で自分の競馬というものを作り上げていくつもりです。今日の勝ちでそれを示したと思ってもらえれば」


 今ならようやく胸を張ってこの人へ言える。そう、誰が何と言おうと俺は俺【騎手・横浜流星】であって【天才・横浜の息子】では無いんだ。


 俺の宣言に一瞬、面食らったような表情(カオ)をした父は次の瞬間には心から愉快そうに大笑いをし、そしてこう告げた。



「俺とは同じ道を選ばない、か……面白い! このレースの負けた借りは次のダービーで必ず取り返すからな。覚悟しておけよ」

いかがでしたでしょうか?

優馬のレース運びと馬のモデルとしては『ゴルシワープ』で有名な2012年皐月賞のゴールドシップを参考にしました。

 タイトルの『Dear Future』はNothing's Carved In Stoneの同タイトルの曲からこの話のインスピレーションを得たのでタイトルに使用させていただきました。気に入っていただけましたら評価、コメントなどいただけると嬉しいです。

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