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ex-story2【横浜優馬】名門の重み

毎週スピンオフ追加中!

今週は主人公の同期でライバルである彼・横浜 優馬君です。

天才騎手の息子として恵まれた環境に生まれた彼にも、悩みはあるようで……

 土曜日、最終レース後の調整ルームは混みあっていた。


 食堂は若手グループが食事をしながら談笑していたり、声のデカいベテラン連中がソファーでお互いの騎乗内容について話してる声で騒がしく、とてもじゃないが落ち着いて食事できるような状況じゃない。元々、食事をゆっくりと楽しむような趣味も無いのだが。


 こんな感じのガヤガヤした馴れ合いの空気が、俺は昔からずっと苦手だった。


 かといってわざわざ自室に持ち込んで食べるのも食器を返すのが面倒なので、誰も居ないテーブルを見つけてそこで決められた定食を機械的に咀嚼する。それを終えたらサウナに入って、摂取した過剰分のカロリーを汗で流して、明日の大一番に向けてシミュレートを数パターン考えて……と脳内はすでにグルグルと先の事を考え始めていた。


 

 『お前、今年こそ勝てるんだろうな?もうそろそろ獲っても良い頃だぞ』


 

 思考の奥でおとといの夜、父に言われた言葉を思い出す。日曜の大一番に向けて関東・美浦トレセンでの最終追い切りを終え、ようやく数年ぶりに関西・栗東から実家へ戻ってこられた息子に対してこの台詞、である。おかげで少しでも緊張感をほぐしてリラックスしたい気持ちなど一気に吹っ飛んだ。


 

 新人騎手としてデビューして9年目。これまで重賞29勝、うちG1が6勝。4年目以降は毎年G1レースを1つは制していて『G1常連の若手有望株』『実力では歳が10近く上のベテラン達にも並ぶ』と言われるぐらいのポジションを確保している。


 にも拘らず『名門(クラシック)レースを勝たないうちはまだまだ半人前』などと豪語するこの初代天才(ちちおや)のせいで【天才騎手の2世】【息子のほう】などと言う不名誉なレッテルが剥がせない事にもう何年以上もストレスを感じていた。


 それでも、そんな雑音を跳ね返せないのは自分がまだこの父親の積み上げてきた実績に勝てるほどの圧倒的な成績を残せていないからだ、という事は自分でも分かっている。


 だからこそ、余計に苛立つのだ。


 

「なんや優馬、苦い顔してボッチ飯かいな?」


 男にしては高い声がしたのと隣の椅子にドカッと座る音に目をやると、洋犬のようなボサボサの茶髪男が愛嬌を振りまくような笑顔でこちらを見ていた。高松風馬、2個上の先輩騎手で同じ関西・栗東所属。だがオレは、この男のチャラチャラした感じが嫌いだった。


「どうや? 俺が話付けて向こうのテーブルに混ぜてもらおうか?」


 高松が親指で差す方を見るとここ数年で増えた騎手2、3年目の女子達がグループで何やら楽しそうに話している。まるで勝負の場には似つかわしくない、高校生の集団でも見てるみたいだ。

 

「いえ。お気づかいはありがたいですが、もう食べ終わるんで」

「くぅ~、相っ変わらずそっけないのぅ。そんなんやからいつまで経ってもぼっちチャンなんやで」


 アンタこそ、いっつもそんなにチャラチャラしてるから俺よりもキャリアが上のクセに重賞(大きいトコ)は落とすんですよ、とでも返してやりたかったが飲み込んで立ち上がろうとする。だがソイツは俺の無言を異議ナシとでも受け取ったのか、さらに言葉を続ける。


「いっつもそ~んなむつかしい顔して、俺が全部引っ張ってやるんだ~! って感じで。そんなんやったら女の子も付いてきてくれへんやろ? 馬かて一緒やで」

「うるさいな。アンタなんかに俺の何が分かるって言うんだ」


 ついつい語気を強めてしまったオレに何事かと周囲の注目が集まる。これだから、こういう人の多いところは苦手なんだ。


 だが目の前の男はそんな様子も気に留めず、ヘラヘラした表情は崩さないまま顔を近づけて小声で言う。


「じゃあ聞くけど、お前に俺の考えてる事なんてわかるか? ()()()()()()、前に落馬でやっちまった膝のせいで全力じゃ追えないのを俺が隠しながら騎手続けてて、こんなヘラヘラしてても陰じゃ結果がなかなか出ない事に悔しい思いをしてたとしても?」


 言われてハッと気が付いた。確かに高松先輩(この人)は数年前、G1レースで最終コーナーのカーブ、内側の馬から追突されるような形で酷い落馬を経験し、片足を痛めてしばらく休んでいたハズだ。その前とその後で乗り方に大きな違和感を感じたことは無かったが……それは周囲に悟らせないような配慮、だったのか?


「ま、コレはあくまで()()()()な。でもそういうトコ見抜けるかどうかって、競ってる相手や自分の乗ってる馬の事をちゃんと見てるかどうかって事やで」


 その言葉に何も返せず、俺は周りの注目がいたたまれなくなって、逃げるようにその場を離れた。



 そして翌日の日曜日・4月第4週の中山競馬場。


 第11(メイン)レースに牡馬名門(クラシック)第一弾、皐月賞を控えた俺は朝からずっと絶不調だった。


 この日最初の騎乗となる第2レースで馬同士の接触によって一瞬、馬体と馬体の間に左足首が挟まれるような感じになり、軽い捻挫のようなものを起こしていたのだ。


 現代競馬において騎手は馬の鞍上に居る間、ほとんど鞍に尻を付けず、鐙と呼ばれる小さな金具に足を引っかけただけの状態で手綱を引き、両手両足の力だけで身体を支えて馬を操作している。そんなただでさえ不安定な状況で片足の踏ん張りが利かないというのは、一瞬一秒を争う競技の世界ではかなり致命的な事だ。


 幸いな事にこれまではそんなアクシデントに見舞われてこなかったので、そんな事にも気付かないできた。



「大丈夫か? 結構痛むんだろ?」


 第5レースを過ぎて2レース分の騎乗予定がない時間帯の仮眠室。誰も居ない事を確認して足首のアイシングをしていると不意に声を掛けられる。同期で俺が唯一競い合えるライバルと認めている男、加賀流星かがりゅうせいだ。


「いや、どうって事はないさ。ちょっとした筋肉痛だ」

「どうせ弱みを見せたら()()()()()()とか考えちまってるんだろ? オレにまで隙を見せないようにとか、強がんなよ。こういうのは何度かやってるから多少は分かる」


 そう言うとテーピングを取り出しテキパキと俺の足に巻き付けていく流星。彼の言葉はまさしく図星で、他の騎手に弱点がある所なんて見せたらマズいと思っていたのだ。まして、G1なんて大舞台でなら尚の事。


 コイツはそんな俺の気持ちを読んで接してくれている。それだけで俺よりも凄く人間的に上のような気がして、俺は何だか無性に自分が不甲斐無く思えてきた。



「なあ。今までさ、俺は他の騎手(やつら)の事も馬の事もなーんも見えてない、独りよがり野郎だったのかな」


 ピタリ、とテーピングを撒く手が止まる。しばらく考える様子を見せてから流星は


「オレにはそんな風に見えたことは無かったけどな。でも……強いて言うなら、1人で()()()()()()()()必要はないんじゃないかなって、そうは思う」


 そう言って笑った。自分では1人でしょい込んでるなんて、そんな自覚は全く無かった。俺がその言葉に虚を突かれたのを察したのか、空気を和らげるように笑顔を浮かべて続ける。


「迷ったり悩んだら馬に聞いたらいい、だったかな。俺も先輩騎手から言われた言葉なんだけどさ。優馬は何でもかんでも、自分がこうと決めてその通りに進めなきゃならない、って気を張り過ぎてるんだよ。立ち止まったら調教師や厩務員(陣営)の人達や騎手仲間(オレら)に聞けばいい。それがレース中だったらその場では唯一の相棒である馬に聞いたらいい。そういう意味では、決してたった一人きりで戦ってるワケじゃないだろ、俺らは」


 それだけ言うとテーピングを巻き終え、ヒラヒラと手を振って流星は騎手控え室へ戻っていった。


 たった一人きりで戦ってるワケじゃない、か。アイツが騎手としてほぼ『終わった』と言っていい様な状況から奇跡の復活を遂げたのは、そういう所かもしれないな。と、さっきよりは痛みが減った足を動かしながら考える。


 とはいえ、これまで自分の判断だけに頼ってきた俺が、どうすればそんな風になれるというのだろう?

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