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32.約束の、その瞬間へ

 ついにやってきた決戦の日。

 10月第3日曜日、京都競馬場。

 3歳限定G1・菊花賞 芝3000m。


 この日、京都競馬場には数年ぶりに誕生するかもしれない【無敗の三冠馬】を見届けるために10万人を越える競馬ファンが詰めかけていた。


 だが今日のオレはそんな彼らからしたら『敵』の側だ。絶対的王者の3冠を阻止して、出走すら叶わなかったダービーでの借りを取り戻す。そのためだけに、この数か月を過ごしてきたのだ。


「おーおー、すげぇ人だな! 最っ高の舞台じゃねえか」

「何言ってるんですか千葉さん。この人たち、皆がクリアディザスターの3冠達成を観に来てるんですよ」

「だから良いんじゃねえか! 世界中敵に回したって俺らは俺らの馬が一番強いんだ、ってそれを証明するために此処まで来ている! 違うかね加賀君!? 」


 何故かどっかの馬主風に偉そうな口調で自信満々に語る千葉さんとは違い、オレはそんな風には思えなかった。


 

 4週間、試行錯誤を繰り返しながら毎日のように続けた調教ではついに最後まで、青葉賞で感じた様な人馬一体の感覚を掴むことは出来なかった。時計(タイム)的にも絶対王者を上回るような数字は叩き出せていない。それに相手は一頭だけではない。


 川原騎手のヴィントメッサーは抜群の手応えで追い切りを終え「2冠馬を斬り捨てる準備が整った」と強気な発言をしていたし、西のトライアル・神戸新聞杯からは海外から移籍した名手クリス・ラ・メールが乗るトゥライトゥーラと、優馬のお手馬である京都新聞杯の勝ち馬ブルーシュトルムが参戦。


 ダービー2着からこの菊花賞に直行した青葉賞馬のソルトクーンも引き続き西のレジェンド・滝 登騎手の手綱で出走する。どの陣営も馬も鞍上も一分の隙も無い完璧な仕上げだという。そんな中で果たしてどれだけ勝てる可能性が残されているのか。



「笑えよ加賀。ちゃんと自信持て! 俺が知る限りじゃ、お前はこのG1に騎乗する騎手の中でも引けを取らねえと思ってる。自分が自分を信じねぇでどうすんだ!?」

「思い切って乗ってきてね! どんな結果になったとしてもボク達はキミの、加賀騎手の騎乗に間違いは無かったって思ってるから」

「……すみません。ありがとうございます」


 本馬場に出る手前、福山調教師と千葉さんからそんな暖かい言葉を送られて返し馬へと向かう。大歓声のスタンドには大勢の人が詰め掛け、一人一人の顔を確認することは出来ないがその中に角野井すみのい元調教師も混ざって来てくれているという。馬主席には北条馬主に脇を支えられながら何とか桜オーナーも駆けつけてくれていた。


 その全員の期待を背負って、ここからはリブライトとオレだけで勝負の3000mに挑まなければならない。自然と手綱を握りしめる手に力が入ってしまうのに気付いて、冷静にと心の中で自分に投げかけて深呼吸する。


 

「表情が硬いな。もしかしてこの前言った事、気にしてるのか?」

「え、いや……まあ。それだけじゃないけど」


 ファンファーレを待つ間の輪乗りで、珍しく優馬が話し掛けてきた。彼にしてみれば大舞台とはいえ毎年何度も経験しているから緊張も無いのかもしれないが、こちらは何しろ5年ぶりの大舞台だ。やはり緊張しないで済むハズがない。それを和らげようとしてくれたのか、不意にどうでも良いような昔話を投げかけてきた。


「覚えてるか?競馬学校時代の模擬レースの事。お前、あの頃ムチ使うの下手くそだったよな」

「……あぁ、よく覚えてたな、そんな事。確かにそんな時期もあったよ」

「でも……あの時の必死に追ってきたお前が、一番怖い存在だった」


 いきなりの告白に戸惑うと、優馬はこちらをまっすぐに見つめていた。その表情は冗談を言って和ませようとしているだけには見えない。


「やれんだろ?()()()()()()追い方がさ。俺より先にG1勝ってるもんな、お前」

「いやでも、今はもう優馬の方が……」

「待ってるからな」


 彼はそれだけ告げると違う方向を向き、それきりこちらに近付いてくる事は無かった。そしていよいよ、G1のファンファーレが鳴り響き、地鳴りのような声援が聴こえると続々と各馬がゲートへと向かっていく。俺達もゲートの方へと向かい、慎重にゲートに入り無事収まると、ゲートが開いてその瞬間が訪れるのを静かに待った。


 

 1番人気 7番 クリアディザスター 横浜 徳幸

 2番人気 12番 ヴィントメッサー  川原 風雅

 3番人気 8番 トゥライトゥーラ  ラ・メール

 4番人気 4番 ソルトクーン    滝 登

 5番人気 9番 ブルーシュトルム  横浜 優馬

 6番人気 3番 リブライト     加賀 流星


 

《さあ3冠最後の戦い、運命を決める菊花賞芝3000m、スタートしました! 各馬横一線のキレイなスタートから早速先頭(ハナ)を取りに行ったのはクリアディザスター! トゥライトゥーラ・ソルトクーン辺りも競り掛けに行きますが中段を割って頭1つ分前に出ます》

いよいよ始まってしまいました、最後の戦い・菊花賞!

果たしてどんな結末が待ち受けているのか!?

堂々のフィナーレまであと2話!!

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