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33.菊の大輪

《さあ3冠最後の戦い、運命を決める菊花賞・芝3000m、スタートしました! 各馬横一線のキレイなスタートから早速先頭(ハナ)を取りに行ったのはクリアディザスター! トゥライトゥーラ・ソルトクーン辺りも競り掛けに行きますが、中段を割って頭1つ分前に出ます》


 

 スタートと共に弾けるように先頭へと殺到する馬たちを見ながら慎重に、内側へ進路を取った。3000mという距離は京都競馬場を1周半もする事になる。その分、勝負どころの3コーナーまではいかにスタミナを温存してロスの無い競馬をするかがカギだ。


 幸い、川原さんのヴィントメッサー以外の人気馬が前での競馬を選んだため、先行集団から中段の前辺りに馬が集中して、後方は馬がバラけて走りやすくなっている。ただそれは逆に、加速して前へ押し進めるタイミングではその集団を抜けなければいけないという事にも繋がるのだが。


 

《先頭は2冠馬クリアディザスターが今日も逃げます。陣営は堂々のレコード逃げ切り勝ちを宣言! そのペースに食らいつくソルトクーン滝 登(たきのぼる)とトゥライトゥーラ鞍上は名手ラ・メール!その後に少し離れて1番タイトルコールと5番マイエモーションと続きます》


 《その後に集団が固まって人気の一角ブルーシュトルムはここに居ました。横浜優馬よこはまゆうま・天才二世は父の背中に追いつけるのか!? これはかなり縦長の展開です。最初の1000mは58秒8とかなり早い時計ですが、こんなペースでの逃げ切りはあるのでしょうか!? 後方とはどんどん差が開いていく》


 1周目のスタンドに戻って来ての歓声から、先頭とはすでに恐らく20馬身近い差が開いているのを感じる。普通に考えればこんなペースで走り続けられるとは到底思えないのだが、今回は相手が相手だ。早々に末脚が射程圏外でどう考えても届かない状況になって終わるのは避けたいのでペースをじわじわと上げていく。


 

《中段から後方固まってブルー軍団のもう一頭、ペインテッドブルーと6番クロスクレイモアが居て、3番リブライトはここ! 加賀騎手と共に、父スカイリットの手に出来なかった輝きを手にすることは出来るのか!?》


《そしてその後方に2番人気ヴィントメッサー、川原風雅かわはらふうがはここから全てを差し切るために間合いを測る! 最後方はブルージェネシスとサマーアンビシャスが脚を溜めています! 先頭はクリアディザスターが相変わらず単騎の逃げでソルトクーンとトゥライトゥーラは少し下げた位置! 》


 

 3000mという距離では異例ともいえるスピードで前を行く3頭に離され過ぎないよう、ペースを上げつつ中段で固まっていた馬群が動き出したのは向こう正面の中間地点、急な上り坂に差し掛かる所だった。


 京都競馬場は名物と言われる高低差4.3メートルの坂があり、第3コーナーまでが登り・第4コーナーから最後の直線が下りというトリッキーなコースとなっている。


 その坂の入り口で、ここまでのハイペースでの反動か、クリアディザスターの脚色が鈍ったのだ。ここで前を押さえたい先行馬たちは一気に先頭へと詰めかける。


 

《ここでペースを落とした先頭にソルトクーン・トゥライトゥーラが並びかけて先頭3頭! タイトルコールとブルーシュトルムも前へ前へと進出して残り1000m、ここまでの2000m通過タイムは1分59秒3と依然ハイペースで第3コーナーへと向かいます》


 集団の前方はじわじわとペースを上げているが、オレの居る位置からだとまだ残りは1000m以上あるので、ここはスタミナを温存するためにガマンしなくてはならないところ。登り坂が下りに転じるのは第3コーナーを半分廻った残り約830m、800m標識が見えるあたりだ。ところが……


《あっ! とここで2番人気ヴィントメッサー川原が動いた!! 馬群の外目をぐんぐんと前を捉えに加速する! ここから大ナタの一撃が炸裂するのか!? 》


 まだ動かないと踏んでいた川原さんがなんと、こんな位置からスパートを始めたのだ。普通に考えれば最後の200mあたりで足がもたずに失速するだろうと考えて、誰も踏み込まないぐらいの間合い。



 いや、()()()()()()()()なんて、ここでは無意味か。



 考えてみれば前を走るクリアディザスターは『スタミナを温存させながら逃げる』という逃げ馬の定石(セオリー)を無視したペースで暴走しているし、それを追う馬たちも逃げ潰れるリスクなど微塵も考えない走り方で追い込んでいる。そんな馬たちを相手にそれを上回るスピードで先頭に立とうというのだ。


 万に1つの可能性を探るような、失敗すれば大惨敗も厭わないような騎乗の先にしか、大きな栄冠を掴み取るチャンスはやって来ないのかもしれない。


「オレ達はここから追うぞ、リブ! 」


 すぐに合図を送り、川原さんが馬群の外目から追い越していった後ろ側からスパートを掛け始める。恐らく距離にして残り900m、こんな位置から全力疾走をかけるのは調教の中では全くやってこなかった想定外だ。


 普段の1600mや2000mのレースならとっくにゴールしているであろう距離からさらに加速を掛ける事は、リブライトにとっても不安定な姿勢で手綱を取り続けるオレにとっても相当な負担だ。すでに手の平の感覚が痺れてきているのを感じる。リブライトの息も荒く、無理を強いている事にどうしたって不安は拭えない。

 

 

 でもそれを、ぶっつけ本番でやり通さなければいけない。


 

 ()()()栄冠を掴み取りたいと願うのならば。



《後方からはもう一頭、6番人気リブライトが猛烈な勢いで大外を上がってきて先頭は第3コーナーから第4コーナーへ残り600mを通過。この辺りが下り坂の勢いを借りて各馬が突っ込んでくる勝負所だ! 先頭はクリアディザスター・ソルトクーン・トゥライトゥーラがほぼ横一線に並んでいるが外目ヴィントメッサー早くも差を詰めてきているぞ! 》


 頭を下げて姿勢を低く取り、下り坂の勢いを借りて大外から一気に先行集団へと並びかける。だが前の方を行く4番人気までの馬たちが繰り出すスピードは凄まじく、そこから差は縮まらない。さらに……


 

《第4コーナーを抜けて残り400! 直線に入ったところで絶対王者クリアディザスター、もう一段足を伸ばす!! 上りでペースを落としたのはここに向けての布石だったか!? 並んでいた2頭が千切れる!! ここはもう王者の独走か!? 》


 クリアディザスターがなんと、こんなスピードからもう一段の末脚を繰り出してきたのだ! このままでは今のスピードでゴールまで走り切れたとしても絶対に追いつけない。それを覆すためにはもう一段の何かが必要だ。



 そう思ってムチを振り上げた時、リブライトの筋肉が一瞬だけビクリと震え、集団からアタマ1つ抜け出して前を追おうとする優馬と目が合った……気がした。


 

『今のお前が()()()()()()しかできないんだったら、俺と競っていた競馬学校時代のお前の方がよほど怖い存在だったぞ』


 思い出したのは4週間前に優馬から言われた台詞。そこから、一瞬のうちに脳内で色々なヒントが1つに繋がる。


 

『色んな馬が居るし、その数だけ色んな乗り方がある』と教えてくれた和賀さん。

 

『馬の勝ちたい気持ちと自分の勝たせたい気持ち、それを1つにする』と言っていた川原さん。

 

 そして敢えて競馬学校時代の話を引っ張り出してきた優馬。



 

 あの人馬一体になれたと感じた青葉賞と、今の違いは何処にあるのか?本当に気持ちをひとつにして意思を重ねる事が出来るのなら、そこにはムチで追う行為なんて、要らないのではないだろうか?


 その結論に達した瞬間に気が付くとオレはムチを宙に放り投げ、手綱を握りしめて叫んでいた!


「行こう! リブ!! オレは、お前と勝ちに行きたい!! 」



 身体を起こしてムチを打つ必要がない分、姿勢を可能な限り前傾で低く落として手綱を短く持ち替える。リブライトのリズムに出来る限り自分の呼吸と動きを合わせる事に意識を没入させる。


 ただそれだけに意識を絞ってどれくらいだろうか。気が付くと身体の感覚も周囲の音も、視覚以外の情報が全く無くなって、自分が地を蹴って走っているかのような感覚に囚われていった。


 

 クリアディザスターのラストスパートから振り落とされる2頭の合間を縫って、優馬の馬が前へと押し上がっていくのが見える。川原さんが内へ進路を切り、クリアディザスターにピッタリと並んで最後の追い比べに入るのが見える。


 でもそれら全てがスローモーションで前から横へ、後ろへと通り過ぎていく光景のように見える。


 


 そしてそれらが見えなくなった視界の先には、何処までも青く澄んだ秋空と芝生の緑だけが広がっていた。



 


《差した差した差し切ったァーー!! なんと大外から6番人気リブライトが絶対王者もそのライバルも差し切っての1着!! タイムは3分0秒ジャストのレコード勝ちです!! なんとまさかの無敗3冠誕生ならず!! 新たな菊の王者が3冠最後に大輪の花を輝かせました》



 10月3週日曜日 京都競馬場

 G1・菊花賞 芝3000m


  

 1着 3番 リブライト     加賀 流星 3.00.00 レコード

 2着 12番 ヴィントメッサー  川原 風雅 1/2馬身

 3着 7番 クリアディザスター 横浜 徳幸 ハナ差

 4着 9番 ブルーシュトルム  横浜 優馬 クビ差

 5着 4番 ソルトクーン    滝 登   2馬身

お読みいただきありがとうございます。

ついに三冠最後の戦いを制したリブライト!

次回、堂々の最終回です。最後までよろしくお願いします。

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