第40シナリオ 囚われの身でありながら、括約筋がまともに機能していることだけで感謝すべきだ 01
第40シナリオ 囚われの身でありながら、括約筋がまともに機能していることだけで感謝すべきだ 01
この牢獄を監視している騎士団の面々は困惑していた。中に大人しく座っている魔人が、これまで遭遇してきた魔人たちとは全く別の生き物に見えたからだ。
外見の話ではない。少年は「認識通り」の魔人の姿をしている。
しかし、その言葉遣いや立ち振る舞いは、どこにでもいる年頃の少年のようだった。いや、むしろそれよりも大人しいほどだ。
食事には好き嫌いがあり、食器を回収する際、野菜はいつも残されている。礼儀正しく、「ありがとう」を言える。人族の文字が読めるらしく、日中に本を要求することも珍しくない。魔力観察器を通じた調査でも、夜間は魔因子の活動が低下しており、睡眠を取っていることも確認された。
ゆえに、騎士団だけでなく魔痕調査局も戸惑いを隠せない。
人間と違うのは髪と瞳の色だけだ。魔人のそれは金色だが……とはいえ、人間の間でも赤、紫、蒼、銀など、色の差異はごく普通にあることだった。
その点から考えれば、外見上の最大の違いは「角がある」ということだけだろう。そしてその「角」も、魔法を使用する時以外は、隠しておく術がある。
「残された魔痕から見れば、人間とは明確な違いがあることが分かる」
その言葉も正しい。――だが、半分だけだ。
これまで「協力的な魔人」を検査する機会がなかったために知られていなかっただけで、魔人の魔因子は人間と同じものだった。
つまり彼らもまた、「媒介魔法」「精霊魔法」「召喚魔法」「異質魔法」、そして「聖魔法」という五つの系統に分類される。
それは、恐ろしい事実だった。
魔人が「聖魔法」を使えること自体が恐ろしいのではない。――魔人が、人間と同じ存在だということが恐ろしいのだ。
西の森に妖精族がいると分かったのは、彼らの王であるスピリト・ファシノが人間に友好的だったからだ。
南の谷に龍族がいると判明したのは、その王が骸骨を遺したからだ。
そして最近、何者も足を踏み入れることができなかった中央大陸に不死族がいることも判明した。だが彼らが人間に害をなさないことは、聖女・東雲薫によって証明されている。
しかし、人間は未だ「魔族は人間を襲う」以外、魔族についての大半が不明だ。だからこそ、誰もがスパヴァデリアを見て、対話して、ぞっとした。
彼は今のところ大人しく囚われている。ごく普通の少年のように、尋問にも調査にも協力的だ。
「穢は魔族が作ったではないと言いたいのか?」コンスタンス・ローゼはそう問いかけた。
「だから先言ったろ?これは人族が書いた物だって」スパヴァデリアは教典を適当にめぐっていた。「つまり、君らがそう信じたいだけじゃない?なんなら、俺らの『調査』を教えてあげようか?」
彼は渡された教典を置いて、人差し指で上へと指した。「魔王さまの受け売りだけどな」
「どういう意味だ?」ローゼはその教典を一瞥した。すぐに視線を外したものの、その一瞬の動きには隠しきれない蔑みの色が混じっていた。
「『これは革命よ。奴らが独断で何を『真実』と成すか定めようというのなら、今度は自らが抹殺される側に回ったとて、何ら文句はあるまい?』――」
「……どういう意味だ?魔族は、一体何を企んでいる?」スパヴァデリアを警戒の眼差しで見つめたまま、ローゼは尋ねた。
「――『傭兵も、聖女も、檻も、存在せぬ世界』」スパヴァデリアは魔王を模した、冷静かつ微笑みを孕んだ口調でそう言い切ると、次は少年のような無邪気さで高らかに笑った。
「そんな世界、素晴らしいと思わないか?」
問いかけに対し、その場にいた者たちは静まり返った。
今、檻の中に閉じ込められているのはスパヴァデリアの方であるはずなのに。彼の笑顔を見つめる彼らは、ただただ、押し潰されるような薄気味悪さを感じていた。
「…………魔王は生きているのか?」組み替えた足の位置を直してから、コンスタンス・ローゼはゆっくりと尋ねた。
「封印されたではないか?君ら人族に」スパヴァデリアは退屈そうに足を揺らして答えた。
「つまり、魔王は『変わった』と言うのか?」
「ん~、この質問はすでに教会の爺さんに教えたけど、もう一度教えてあげよう」スパヴァデリアは教典を返してから、続けた。「『変わった』って言われたから、変わった」
「誰に言われた?」
「さあ~。魔人はいつだって気ままだから」スパヴァデリアは暫く考えてから、そう答えた。
この質問はこれ以上なにも聞き出せないと知り、ローゼは質問を変えた。「普通の魔人と王属魔人の違いは何だ?魔獣は一体どういう生物だ?」
「君ら人族が言う『普通の魔人』はただの空き殻だ。我々魔族の魔因子は、魔王さまに『分け与えられた』からこそ生き、魔法を使えるのさ」スパヴァデリアは食事を一口飲み込んでから続けた。「そんで、君らが言う『魔獣』は魔族ではない。穢に魔因子を壊された、ただの『動物』だ」
「ならば、魔王が封印されたというのに、なぜ魔族は生きていられる? まさか、封印される『直前で変わった』なんて言わないわよね」
「…………」
しまった、ボロが出た。スパヴァデリアは内心で焦ったが、すぐさまその質問に馬鹿げた話を聞かされたかのように鼻で笑ってみせた。
「コルフ兄とは仲が悪いだろ、君」彼は目を細め、再び不敵に笑った。「その話なら、彼ととっくに話してあるよ。だからもう教えない~」
……
夜。スパヴァデリアはいつも通り「睡眠」を取った。
魔力の活動は低下し、吐息は徐々に緩く均一になっていく。しかし看守たちが知らないのは、魔人たちが「オルデイネ・ウ・ノウフォ」と繋がっていることだった。
『オルデイネさま、「魔王さま」の魔因子信号が消えました。最後の魔痕は帝国宮殿です』スパヴァデリアは脳内でそう伝えた。
『海唯さんでありんすな』薄水の声が加わった。『「陛下」を騙して、見事に後ろから思い切り叩きましたわいな』
『うわ、相変わらず不気味で怖いですね』まるでその場面を実際に見たかのように、スパヴァデリアは伝音というにも関わらず声を震わせた。
『何、まことに見たような口をきいていりんすか?』薄水は嘲笑を交えた。
『ははは! 薄水さまにはないのですよね?「記憶」が』さらに追及される前に、スパヴァデリアは自慢げに続けた。『「魔王さま」は何回か前に、時間が巻き戻されたことに気づいて、それを俺に共有してくれたのさ!人族が一人で精霊を叩き戻したんだよ!怖くない!?』
『へぇ、随分とその「魔王」に睦まじくされていりんすな?』
『な、何が悪いんですか!』彼の声は少し焦ったようだった。『オルデイネさまが仰ったではないか。あの人間を「魔王」として対応しろと!』
『ええ、何も悪いとは言っておりんせんわいな。そう邪険になさるなえ』薄水は薄く笑う。『お前様の「兄上」と同じ顔をなした「魔王さま」のこと。心変わりには、ようよう用心なさりなんし』
『オルデイネさまより大事なものはいませんから、ご安心を!』
『ええ、「命」が何より大事でありんすからねぇ』
『当たり前ですよ!』スパヴァデリアは堂々と言い放った。『薄水さまだって、というか、我々魔族は皆そうだろう?もう笑わないでくださいよ!』
『ほう? 滑稽な戯れ言に興じることすら、貴様に許しを乞わねばならぬのか?』
低い笑い声が続き、笑みを孕んだ穏やかな声が、突然割り込んだ。
『!?』
『スタパくん? 何をそれほどに驚愕する必要があろうか。先に余へと言葉を投げかけたのは、他ならぬ貴様であろう?』
この男の声を聞くと、まるで夏の湖のように透き通った、穏やかで明るい人物像が目に浮かぶようだ。
それなのに、二人はその声を聞いた瞬間、凍りついた。
『オルデイネ・ウ・ノウフォ陛下!』
『オルデイネ・ウ・ノウフォ魔王さま!』
『……今の「陛下」も「魔王さま」も、フィデルテイ・ハーディスに他ならぬ。銘じておくがよい、ゆめゆめ油断召されるなよ』オルデイネがそう告げる間も、声はゆっくりと、茶化しているような笑みを帯びていた。
しかし、言葉の端々に漂う空白に、心臓を掴まれたような圧迫感を感じる。
『『はい! オルデイネさま』』
『「魔王」の件はひとまず措き、双生花と龍王の目は如何にした?』いたずらが成功したかのような笑い声の後、オルデイネは問いかけた。
『はい!「生気の種」が偽者の中にあると確認しました』スパヴァデリアはそう答え、補足した。『その者は今、「東雲薫」と名乗っています』
『片目のことでありんすが、一つはまだ卵の状態でいりんして、もう一つ、「老人」の方がまだ捜索中でありんすわいな――』今度は薄水が少し緊張しているようだ。
『――青楼街にいるのは確かでありんす。妖精王が留守の間に、必ずや見つけ出してみせましょうぞ』
『ふっ』オルデイネは軽く含み笑いをして続けた。『二人とも大儀であった。実に見事な働きよ』
『ありがとうございます!』
『御礼申し上げんす』
『それと』オルデイネは急に何かを思い出したように言った。『スタパくんの声、いささか耳障りよ』
『!?…………』しばしの沈黙の後、スパヴァデリアはようやく喉から声を絞り出した。『申し訳ございません。以後、気をつけます』
その声は、先ほどに比べて物凄く小さくなっていた。
『……否、活気ある喧騒もまた一興』オルデイネはまた笑った。『そのままにさせておくがよい』
『わ、分かりました……?』スパヴァデリアは伝音の音量を戻したが、明らかに困惑を深めていた。
やはり彼は、彼らの王の考えを測りかねているのだ。
『それでは、スパヴァデリア』オルデイネは彼の名を呼んだ。『契約せし人族の小童を連れて参れ。ゆめゆめ、過ちとて解約に及ぶではないぞ』
『承知しました!』
『では、うちがその檻から出して差し上げんしょう』
『よろしくお願いします、薄水さ……』言葉が詰まった。今この瞬間、クレインの居場所がとんでもないところにあると知ってしまったからだ。
スパヴァデリアは必死に頭をフル回転させ、あらゆる言い訳を模索した。
『どうなされた? 血盟契約を結んでいりんすなら、居場所くらい知れていようものではありんせんか?』
『はい! 今、具体的な居場……』
しかし、彼は忘れていたようだ。魔族は彼らの王、オルデイネ・ウ・ノウフォによって、魔因子を「分け与えられた」存在であることを。
魔因子は魔素を取り込み、魔力へと変換する器官であり、その魔力は体中を滞りなく流れ、循環させる機能も備わっている。
ゆえに、魔族は「魔王」と伝音できる。
そしてゆえに、魔族は「オルデイネ・ウ・ノウフォ」に対して隠し事をすることなど不可能なのだ。
『卑劣なる力を操る妖精の輩に連れ去られた。向かう先は西の果て、ネルナリ大森林』オルデイネはいつもより、ずっと穏やかで優しげな口調でそう告げた。
スパヴァデリアが以前、このような口調を耳にしたのは、オルデイネ・ウ・ノウフォが龍王を葬った時であった。




