3話『そっか、なら仕方ないんじゃね?』
女性の部屋とはどんなモノなんだろう。
引きずられている間も、優哉はそんなことを考えていた。
彼女や女友達など皆無であった優哉にとって、女性の部屋に訪れるのはこれが人生で初めてだからだ。
無論ハロイの強引さと末恐ろしい笑み、そしてこれから始まる一戦を思えば、その心中は戦々恐々としたモノではあった。
だがこんな機会、思春期真っ盛りな十五歳の少年が興奮しないワケはない。
心のどこかではドキドキとした気持ちが生まれていたのだ。
ヤンキー風な彼女であっても部屋は綺麗で愛らしく、ぬいぐるみ等があるのだろうな、と。
しかし、そんな幻想はアッサリと裏切られてしまった。
「オラッ、ここが私の部屋だよ」
「うわっ……」
ヤバいゲーマーの部屋。
ハロイの部屋に入った時、優哉が最初に抱いた感想はそれだった。
広いリビング中に設置されたゲーム専用の机と椅子。いわゆるゲーミングデスクにゲーミングチェアと呼ばれるモノだ。
そしてそこにあるゲーム機にコントローラーなどの電子機器類。ヘッドセットといったモノもある。
別段それだけならば驚かない。その程度ならば優哉も持っている。専用の机や椅子は別の部屋にあるし、電子機器類は買えるだけ買った。
真に“ヤバい”のはこの部屋には“それしかない”ということだ。
仮にもここはリビング。一応は食事などを済ませる場所なハズだ、食卓机などがあって然るべしだろう。
だがここにはゲームに関するモノしか置いていない。
唯一、他のモノがあるとしたら部屋のそこらに散らばったゴミ袋くらいだ。
自分でもかなりゲーム漬けの生活をしていると思っていた優哉だったが、この光景には驚きを隠せないでいた。
「うわってなんだよ、うわって」
「あ、いえ! なんでもないです!」
慌てて取り繕う優哉。
先ほど襟を掴まれ引きずられた際、彼女の凄まじい腕力を体験したのだ。
怒らせたら死ぬかもしれない、その可能性を考えれば当然の判断だった。
「ふーん? まァなんでもいーわ。さっさとやろーぜ、一戦」
ハロイはそう言い、ゲーミングチェアに座り込む。
ポンポンと隣のチェアを叩き、ここに来いという風に視線を飛ばしてくる。
「……はい」
ホッと一息吐く間もなく、現実を思い知らされた。
そう、今から一戦交えなければならないのだ。
再び緊張しそうになる。
しかしもう分かっているのだ、やるしかないということは。
優哉は軽く「ふぅ」と深呼吸すると、チェアへと座り込んだ。
「よろしくお願いします」
「おう」
軽く会釈を済ませ、極ティを起動させる。
『極みの……アルティメイト』
上京してからの一周間、聞き続けた極ティのタイトルコール。
この声はカウボーイのような男キャラクター“魔弾のバレット”のモノだ。
バレットは近中距離戦が得意な“ナイト”と呼ばれる類のキャラクターである。
全くと言っていい程に癖がないため、極ティの攻略サイトには『初心者でも勝ちたいならばコレを選ぶべし』と高らかに喧伝されていた。
実際とても使い易く、優哉も現状で一番使い込んでいる“お気に入りキャラ”だ。
「あァ、メニュー画面開いて待ってて、そっちのゲーム機に私が招待送るわ。IDはharoharoiってヤツね」
「あっ、はい。了解です」
促されるまま、メニュー画面を開いて待つ。
ハロイの言う招待とは“プライベートマッチへの招待メール”のことだろう。
このゲームにはいくつかのモードがある。
一つに極ティの物語を体験できる“ストーリーモード”。
二つにゲームセンターにて稼働しているアーケード版と同様、CPUとの連戦ができる“アーケードモード”。
三つにコンボや操作などを練習可能な“トレーニングモード”。
最後にオンラインで世界中のプレイヤーと対戦が楽しめる“対戦モード”だ。
そしてこの対戦モードにもプレイヤー間でランクを競える“ランキングマッチ”と、招待メールなどで指定のプレイヤーと対戦ができる“プライベートマッチ”その二つが存在するのだ。
「よっす、送ったァ」
「あっ、受け取りました」
ピロリンと着信した招待メールを開き、指定のルームへと飛ぶ。
待機プレイヤー欄にあるハロイのIDを押し、対戦の準備を完了させる。
「さーて、なに使おうかなァ~……ま、ランダムでいっか」
ハロイはキャラ選択画面からランダムを選ぶ。
優哉との間にある隔絶された実力差を少しでも埋めるための、せめてものハンデということだろう。
それでも依然として実力差は歴然だ。いや、そもそも優哉と彼女では対戦になるかどうかすら怪しい。
それはいけない。せめてなんとか対戦の体裁を保てるようには頑張ろう。
優哉はそう決め、いつものようにバレットを選ぼうとする。
「え? あァー……マジ?」
ハロイはそう呟くと、優哉に苦々しい表情を向けてきた。
まるで苦虫を噛み潰したかのようであり、なにかを察したような顔だ。
「ど、どうしたんです?」
「いや……お前、ガチ初心者だったのな」
「えっ!? ……そうですけど、それってどういう意味です?」
怪訝な表情を浮かべる優哉。
ハロイがなにを言いたいのかが分からない。
いや、それよりも何故自分が初心者と分かったのかが不思議だった。
いくらバレットが初心者向けとはいえ、選ぶだけで初心者と決めるのはおかしくないだろうか?
そんなことを考えていると彼女は「やっぱね」とため息を吐き、淡々と述べた。
「そのキャラはねェ、使い易い“だけ”の弱キャラクターなんだわ。勝ちたいなら……初心者にはオススメできないかな」
「えっ?」
優哉はその言葉に愕然とする。
それもそうだ。サイトにはオススメと書いてあったにも関わらず、ハロイはそうではないというのだから。
「ンー、でもまァ使い易いのはマジだからな。操作を覚えるのには悪くないかもしんない。だから攻略サイトとかにはよく初心者オススメ~って書いてんのよね」
「そ、そうだったんですか……」
そういうことだったのか。
バレットは操作を覚えるのには適していても、対戦には向いていないキャラクターだったのだ。
あの攻略サイトの情報は半分正解、半分間違といったところだったのだろう。
優哉はそう理解した。
「うん。だから私はススメないけど……それしか使ってない?」
「……はい、そうです」
優哉はそう呟き、俯く。
恥じていたのだ、自分を。
攻略サイトの情報をそのまま鵜呑みにし、それをハロイに見透かされてしまったことを。
知識不足であった。
きっと馬鹿なヤツだと思われているに違いない。嘲笑われるだろう。穴があったら入りたい。
そう思うくらいに恥ずかしく、情けない気分であった。
「そっか、なら仕方ないんじゃね?」
「……え?」
だが、ハロイは嘲笑わなかった。
その顔は笑みを浮かべてはいたが、決して馬鹿になどはしていない。
寧ろそれは励ますような、暖かいモノであった。
「だってさ、初心者がそんなん分かるワケねーじゃん。逆にちゃんと調べてるのがエラいよ。それにな? 今に知らなかったモンはしょうがねーんだ、これから覚えりゃいーんだよ。な?」
「……!」
優哉はその言葉に感銘を受ける。
大成している人は立派な考えを持っているモノなのだな。
なんて素晴らしい。自分の父親とはまるで大違いだ、と。
「……長くなっちまったな。始めるかァ、一戦」
「はい!」
無邪気そうに微笑むハロイに、優哉は元気に頷く。
そうだ、これから知っていけばいいのだ。
コツコツと積み重ね、上手くなればいい。
そのためにも、まずはここで自分の持つモノを示さねばならない。
気合を胸に、意気揚々とバレットを選択する。
いよいよ……対戦が始まろうとしていた。




