4話『当然です、まだ終わってないですから!』
『いよいよぉ! バトルが開始されます!』
ゲーム内に実装された男性ナレーターの声が響く。
画面には対戦相手の“キャラ”が映し出された。
ハロイがランダムから引いたのは人相の悪い病的な男。
“悪手のヴィラン”と呼ばれる遠距離戦が得手とした“マジシャン”のキャラだ。
(マジシャン……か)
優哉は怪訝な表情を見せる。
その理由はこのゲームのシステムと、マジシャンの不遇さにあった。
極ティは体力制のゲームだ。
キャラによって体力は違うが、おおよそは1000。それを制限時間180秒の間に削り合う。
これだけ聞くと問題はないように思える。
しかし、この180秒というのは“短い”のだ。
ステージの狭い格闘ゲームならばいざ知らず、極ティは広い3Dステージを持つ。
互いにのんびりと戦っていては引き分けになってしまう。
それを解決するためか、極ティは縦横無尽にステージを駆け回る、近中距離戦の“攻め”が強く調整されているのだ。
そのため一部の例外を除いて、機動力に劣り、待ちが強みなマジシャンはピーキーという評価を受けている。
だが、決して“弱い”ワケではない。
使い手が十全に扱い熟せば、敵を寄せ付けず一方的に蹂躙することも可能なのだ。
これらはあの攻略サイトから得た情報ではあるが、警戒するに越したことはない。
それに相手はあのハロイだ、どんなキャラであろうと関係なく強いだろう。
(全力で、ぶつかるだけだ)
優哉はより一層に気合を込めた。
『レディィィ……ファイッッッ!!』
ナレーターによって対戦開始が告げられる。
同時にカーンと、ゴングの音が響き渡った。
(マジシャンが得意とするのは遠距離だ。ここは一気に突っ込んで先制を取ろう)
優哉は生唾を飲み込み、“アケコン”のレバーを前に倒そうと――
「よォし、行くぜェ!」
「っ!?」
が、優哉は度肝を抜かれてしまう。
開始早々、なんとハロイはヴィランを前進させてきたのだ。
自らマジシャン唯一にして最大のアドバンテージを捨てる行為だ、信じられない。
『アハハハァ!』
青空のステージの下、草むらを蹴るヴィラン。
迫りくるその姿にハッとする。
意図は分からないが、そんなこと今はどうだって良いではないか。
相手の動きに対応する、それだけに全神経を注ぐべきなのだ。
『死ニナァ!』
ヴィランはそう叫ぶと、手のひらから黒い球を投げつけてくる。
これはヴィランが持つサブ技“マタ”。
この技はそれぞれのマジシャンが持つ数少ない近距離用の技、その一つだ。
(厄介だな。ここは一度ガードするべき――)
いや、待てよ? そこで優哉は思い直す。
なんであろう。ハロイは本当にこれでこちらの機先を削ぐつもりだったのか?
いや、そんなハズはない。この技はあくまで自衛、もしくは“牽制”用のモノだ。
であれば相手の狙いはなんなのか? その答えは考えるまでもなく、画面が示していた。
(背後からの警戒アラート!? ということは……後ろっ!)
優哉は前方の攻撃を躱した後、振り向き様にガードを入力する。
『フン……甘いな』
ガキン、とガード成功の効果音が鳴った。
そのまま攻撃を弾き、ひとまず距離を取る。
「ふぅ」と優哉は胸をなでおろした。
伸びてきた黒い影の手。これはメイン技の“ドンハ”。射程こそは優れているものの、攻撃までの発生速度が遅い遠距離用の技だ。
そのおかげで間一髪、なんとか間に合うことができた。
「へェ……」
隣からハロイの声が聞こえてくる。
奇襲を防がれたにも関わらず、その声はどこか満足げであった。
そのことで優哉はあることを察する。
「あの」
「うん?」
「もしかしてですけど……今の一発は俺を試したってとこですか?」
優哉は横目でハロイに尋ねる。
恐らくではあるが、これは挨拶代わりのテストだったのだ。
実力を測る、最初のテストだ。
「おう。まァ……そんなとこだわァな。とりまァよォ、これで点はつけられるかなァ?」
「それは……どうも、です」
不敵に笑うハロイ。
その笑みに背筋が凍りそうになる。
やはり、予想通りであった。
そしてこれは更なる予想ではあるが……もしできていなければ、その時点でアウトだったかもしれない。
いや、“かも”ではない。シビアな一面もある彼女には十二分にあり得ることだ。
それにハロイの放つ、この突き刺すような威圧感。間違いないだろう。
優哉は改めてこの一戦の重みを痛感していた。
「おいおい、そういうのを言うのはまだ速ェーだろ。この一戦はまだ始まったばっかだぜ?」
その言葉にギクリ、と胸が高鳴る。
その通りだ。まだ始まったばかり、この一戦は終わってなどいない。
寧ろこれからなのだ。
そう思い、優哉は画面へと向き直る。
「そんじゃ、次はちょーっとギアあげん……よォッ!」
対戦再開。その瞬間、ヴィランの姿が“消えた”。
(……っ!)
画面には何者の姿もなく、ステージの青空と草原が映るばかり。
だが、そうではない。優哉は辛うじて目の端で捉えていた。
ヴィランは消えたのではない、急上昇したのだ。
(上っ!)
上空でヴィランが両手をあげ、大仰な構えを取る。
あれは全ての技を放つ“ブンゼ”。強力ではあるが、使用後の隙も大きい。
これを凌げばこちらにも攻撃のチャンスが巡ってくるだろう。
優哉は回避のコマンドを入力しようとする。
『甘イ』
だがそこで、ヴィランは身を翻す。
(なっ……!)
ハロイはこちらの思考を読んでいたのだろう。
技の発動をキャンセルし、こちらの懐まで一気に潜り込んできた。
(させるかよっ……!)
反射的にガードを入力する。
間に合った、ここから切り返しで攻撃――
「甘い、わなァ」
優哉はふと、隣からそんな声が聞こえたような気がした。
「えっ?」
次の瞬間。バレットは、宙に舞っていた。
『ぐむ……っ』
バレットは一定量のダメージを受けたことで、そのままダウンしてしまった。
(はっ? なに、なんだっ? 俺は一体なにをされたんだ!?)
先ほどは冷静に対処できた優哉も、これには面食らってしまう。
全く理解できぬまま、もろに攻撃を食らったのだ。
脳内は軽いパニック状態であった。
「はは、まァ分かんなくても仕方ねーよ。カウンターなんてそうそうされないっしょ?」
ハロイの言葉で優哉は現実に引き戻される。
脳は起きたことを処理し始めていた。
(あぁ、俺はカウンターされたのか……って、カウンターっ!?)
カウンター、その言葉に優哉は激しく驚愕する。
その技は一部のキャラのみが持つ、相手の技を完全に跳ね返す技だ。
成功すれば自身はダメージを受けないばかりか、相手に1.2倍の技ダメージを与えることができる。一見すれば強力な技だ。
だが、これには大きなリスクがある。
まず効力を発揮する時間が極端に短い。その時間は僅か0.1秒あるかないかだ。
そんな短時間に相手に合わせて放つなど、それも激しい対戦の中でなど至難を極める。
更に失敗すれば自分が1.2倍でダメージを受けてしまう。技を凌ぐだけならガードするか避けた方がローリスクだ。
故に相手の思考を読みに読み、読み勝たなければ扱えない。
それらの理由からあまり使われない技なのだが、ハロイはさも赤子の手でも捻るように成功させてしまった。
「うーん、どうする? まだ……やる?」
画面に向き合ったまま、ハロイは淡々と問うてくる。
表情は察せられないが、声色はどこか諦めたような感じだ。
まるで“圧倒的な実力差で心が折れても仕方ない、諦めても仕方ない”と言わんばかりである。
そう感じた優哉は若干ムッとしていた。
ダメで元々なのだ。そのような実力差は分かり切っている。
そもそも、これが挑もうとしていた世界の高さだったのだ。
寧ろそれを肌で感じられて、どこかワクワクとすらしている。
打ちのめされはしない。優哉の心には「食いついてやる」と、熱い炎がメラメラ燃え上がっていた。
「当然です、まだ終わってないですから!」
威勢よく、叫ぶ優哉。
心中にはせめて一泡吹かせたい、そんな思いが生まれていた。
「そっか……なら、こいよォ!」
ハロイも応じるように叫ぶ。
その声色は……どこか嬉しそうであった。




