2話『ン? 別に受けたっていーけど?』
「はァ!?」
優哉の唐突な発言に対し、ハロイは声を張り上げた。
その表情は驚愕に満ちており、まるで意味が分からないと言わんばかりだ。
当然であろう。
いくら冷静さを失っていたとはいえ、それくらいにおかしな発言をしてしまったのだ。
やってしまった。そのことを実感し、優哉の脳は急速に冷えていく。
「あ、あのぉ〜……これは、違くてですね」
「は?」
「えーっと、なんと言いますか……テンパったというか、ビビったというか」
「なにがァ? どゆことよ?」
「あぁ……そのですね……」
「うん?」
困惑を隠せない様子のハロイを見て、優哉の額から汗が零れ落ちる。
迅速に、早急に説明せねばならない。
先ほどの言葉はトチ狂って出てしまったモノなのだ、と。
しかしなにをどう言えばいいやらと、また焦りそうになってしまう。
いや、それは良くない。落ち着け、今度こそちゃんと言うのだ。
「ふぅ」と一息吐き、優哉は述べた。
「その、俺、アナタの……ハロイさんのファンだったんです!」
「うェッ?」
驚いたような表情を見せるハロイ。
また意味が分からないと思われてしまったか?
いや、だからといって止めるワケにもいかない。最後まで言い切ろう。
優哉は続けた。
「俺、アナタに憧れてプロゲーマーを目指し始めたんです。だから会えたことで興奮してしまって、それで頭が真っ白になって、つい意味の分からないことを口走ってしまいました。本当に申し訳ありませんでした!」
深々と頭を垂れる優哉。
かなりゴチャゴチャとしてしまっているが、今度こそ言いたいことは言えた。
誤解は解けただろうか? 許しては貰えるだろうか? ちゃんと伝わっただろうか?
そんな思いが胸の中で飛び交う。
「……」
ハロイは黙り込み、静かに身を震わせた。その拳は強く握りしめられている。
ダメだったか? 不安が優哉の身を包む。
恐る恐る顔をあげて、様子を伺った。
だがそこで優哉の不安は杞憂だと知る。
何故ならばハロイの表情は、とてもにこやかな笑顔だったからだ。
「は? マジでかよォ!? 知ってんの? 私のことさァ!?」
「え、あっ、はい」
「ってかさ、ファンて? ファンなのォ!? しかも私がキッカケでプロゲーマー目指したってェ!?」
「あぁ、はい、一応……」
「え〜〜〜スゲ、ヤバちェ! マジにヤバちェ!?」
優哉がファンだと知るや否や物凄い喜びよう、よく分からない語彙がその表れなのだろう。怒涛の勢いだ。
先ほどまでの怪訝な雰囲気はどこへやら、随分と緩く軽いノリである。
「あッ! そうかァ!」
ハロイはなにかを納得すると、ポンと手を付いた。
「ってことはさ、もしかしてさっきのプロゲーマーにしてくれ~ってのも、私に憧れたからってことかァ!?」
「あっ! いや、それは、その……忘れてください……」
動揺してしまい、つい声が小さくなる。
それは脳がショートしたことにより、口から出てしまった狂言。
優哉にとっては消し去りたい、恥ずべき発言だったからだ。
「ン? 別に受けたっていーけど?」
「えっ!?」
「いやまァさ、アレよ? そんな大層なことはできねーけど、極ティについてならちょい教えてあげたっていーてハ・ナ・シ、ね」
意外。意外にも意外である。ハロイは肯定と取れる返事をしてきた。
なんという僥倖だ。まさか、憧れの人から教えを受けられるだなんて。
嬉しい。この上なく嬉しいことだ。
しかしながら、それと同時に一つの疑問ができる。
これではあまりにも都合が良過ぎるのだ。
ハロイの意図を確かめるべく、優哉は尋ねた。
「なぜ、どうしてです?」
「ン?」
「だってそれじゃあ、アナタにメリットがないじゃないですか。それに俺なんかのためにハロイさんの貴重なお時間を頂くなんて、そんなこと……」
「あァ? そんなの気にしなくていーよ。どうせ今は休みでヒマだしさ……メリットなんてのも大丈夫よ。だってなんもなし、条件なしで引き受けるワケじゃねェし」
「条件……ですか?」
「うん」
やはり、当然、と言うべきか。無条件ではなかった。
一体なにが条件なのだろうか? その正体に身構え、顔を強張らせる。
「あァ、そんなビビらなくても大丈夫だって。そんな難しいことじゃない。ただ、私と極ティを一戦やってくれればそれでいーからさ」
「えっ、それだけ……たったそれだけですか?」
思わず肩の力が抜ける。
あまりにも緩くないか? そんな思いが過ってしまう。
それを見透かしたのか、ハロイはニヤりと笑った。
だがその笑みは今までとは違い、厳しく、少し恐ろし気なモノ。
纏う雰囲気も緩く軽いモノではなく、どこか険しいように感じた。
「まァ確かに難しくないとは言ったけどね? 私と一戦やるってのはお前の才能と資質を見せてくれェ〜って意味だからね? もしダメだったら、悪いけど無理かなァ~」
その言葉に心臓が跳ね上がる。
そうだ、そんな甘いハズがない。相手はシビアな世界で生きる“プロ”のゲーマーなのだ。
見どころがなければダメなのは当たり前なのだろう。
それを理解し、心がキュっと締め上げられる。
極ティを始めて僅か一週間。既に壁を感じているようでは無理じゃないか?
また“夢”を叶えられないのではないか?
恐怖で身が竦みそうになる。
(ダメだ……それじゃダメだ!)
首を振り、そんな思いを払い退ける。
考えてみればこれは好機だ。
プロゲーマーから直接、教えを受けられる機会など早々ない。これを逃せば、恐らくだがこれからはないだろう。
ならばやるしかないのだ。“夢”を叶えるためにも、ここでチャンスをモノにしなければならない。
優哉は決意と共にグッと気を引き締めた。
「はい……是非とも、お願いします!」
そう言い、優哉は再び頭を垂れる。
迷いはない。そう言えば嘘になるだろう。
心中には未だ恐怖心もあった。
だがそれと同じくらい、ワクワクとした希望もあったのだ。
(やってやる、やってやるぞ!)
決意を胸に、顔をあげる優哉。
その顔は清々しく、晴れ晴れとしたモノであった。
「うん。じゃあ早速さ、やろうぜェ! 私の部屋で、今から!」
「えっ!?」
しかし、そんな顔はすぐさま変わった。
ポカンと呆気に取られた、そんな表情に。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今から? たった今からですか?」
「うん? あっ、なんか用事でもあるとか?」
「い、いえ、ないですけど……そんな会ったばかりの女性の部屋にお邪魔するなんて」
「え? なら別に問題なくね?」
優哉の疑問に対し、ハロイは首を傾げて答える。
なにがおかしいの? そう言わんばかりの顔だ。
「い、いや、そんな、ダメでしょう! いきなり女性の部屋に立ち入るなんて、そんなの……」
慌てふためく優哉。
決意はした。が、まだ心の準備はできていない。
まさかいきなりハロイの部屋で、とは夢にも思っていなかったのだ。
「んだよ、焦れってェなァ……」
そんな様子にイラついたのか、ハロイは優哉の襟を掴む。
「いーから、さっさとやるんだよ! ほら、行くぞ!」
「え、ちょ、待っ」
ズルズルと引きずられていく優哉。
ジタバタと動くが存外にもハロイの力は強く、まるで抵抗できない。
「待って、待ってくださいよぉー!」
優哉の情けない叫びは、マンションの廊下に空しく響き渡った。




