1話『俺をプロゲーマーにして貰えませんか?』
「プロゲーマー、無理かも」
上京し、一週間ほどが経った。マンションでの一人暮らしに慣れた頃、優哉はピンチを迎えていた。
プロゲーマーになるためには、なにをすれば良いのかが分からなかったのだ。
だが、決して本当になにもしていないワケではない。
動画で見たゲーム“極みのアルティメイト”、通称“極ティ”をプレイするのに必要な機材は一式揃えた。モニター、ゲーム機、ソフト、アーケードコントローラー、などなどだ。
そうして時間さえあればプレイ、ただひたすらに対人戦を行う。
現に今も一戦終えたところである。
だが、結果は芳しくなかった。
「はぁ」
大きくため息を吐き、優哉はリビングのソファーへもたれ込む。
勝てない。
いや、全くもって勝てていないワケではないのだ。
勝率はざっと見積もって五割弱といったところ、なんとか半分は勝てている。
しかし、伸びしろを感じない。これ以上に上手くなる気配がない。
上達のために自身の負け試合を見返したりするも、どこが悪いのか具体的には分からず、同じミスを繰り返してしまう。
それに勝った時も上手くハマっただけ、いわゆる“噛み合い”のように感じる。安定して勝ち筋を作れているとは思えない。
ならばと上手いプレイヤーの動画も見はしたが……次元が違い過ぎるのか、そもそも理解できなかった。
どん詰まり。優哉は壁を超えられないでいた。
(良くないな……)
顎をさすり、優哉は考える。
(このままガムシャラに続けていたところで、ずっと堂々巡りをするだけだわな……でも、なにもしないってのもそれはそれでどうなんだ? 俺には三年しかないんだぞ?)
三年間。優哉が夢を見続けられるのは高校卒業までの三年間しかない。
それが過ぎれば家に帰ることになる。
そうなれば終わりだ。優哉は家を継ぐために、またレールを走らされる日々を送る。それだけの人生が続いてしまう。
それだけはならなかった。
その前にプロゲーマーとしての結果を出し、あの父親に“夢”を認めさせなければならならない。
早く……一刻も早く……まずは上達して、通用する実力に……
(うおっと、ダメだダメだ)
頭を横に振り、その考えを払いのける。
優哉には分かっていた。焦りからくる思考はロクな結果を生まない、と。
(そうだ、こういう時はクールダウン。落ち着いて、ちょっと休憩でもしよう。確か冷蔵庫にまだ昨日のチーズバナナオレが……)
思い立ったならば即行動。ゲーム機の電源を切り、席を立つ。
好物のチーズバナナオレを飲もうと、キッチンへ向かおうとする。
そこにピンポンと、呼び鈴の音が部屋に響き渡った。
「え?」
突然の来訪者に驚く優哉。
それもそのハズ。この一週間に誰かが呼び鈴を鳴らすことなど一度もなかったのだ。
(誰だ……?)
妙であった。
このマンションはそれなりに良い物件だ。
各所に仕掛けられた防犯カメラ、常在の警備員によってセキュリティは万全を期している。
そのため外部の者、特にセールスなどは容易に入れない。入場できるのは部屋番を知っている入居者の知人等のみである。それも入場の際はテレビドアホンで確認できる徹底ぶりだ。
しかし優哉にはこの場所を知らせている知人など、父親以外にはいない。
その父親も激務のためここへ来ることはない。
それ故に来訪者がいるとすれば同じ入居者、ということになる。
が、それもおかしい。
このマンションの入居者に知り合いなどいない、来訪者などあり得ないのだ。
優哉が勘繰るのは至極当然だった。
(あ……)
ふと、思い出す。
うろ覚えの記憶ではあるが、大家が隣室に女性が引っ越してして来ると言っていたような気がする。
ならばこれはその挨拶なのであろう、ならば合点がいく。優哉は納得した。
『すんませーん、隣に引越してきた一条ってモンですけどー、誰かいらっしゃいますかー? 挨拶に来たんですけどー』
記憶通り。来訪者は女性であった。
だがドアホン越しに聴こえる声で、優哉は再び驚くことになった。
その声はこんな高級マンションには似つかわしくない……チンピラ、ヤンキーといった風な女性のモノだったからだ。
(こんなトコに来るヤンキー? 一体どんなヤツなんだ?)
その正体に優哉は興味を抱く。
リビングから廊下を抜け、玄関ドアの前に立つ。
正直なところ知らない人間と関わるのも面倒だったので、居留守を使ってやろうかとも思っていた。
それでも良いは良かったが、この際である。直接その顔を拝んでみたくなったのだ。
「はいはい、いま出ますよーって」
そう言い、扉を開く。
「どうも龍造寺で、す……よ?」
そこにいた人物に優哉は自身の目を疑った。
(マジ……で?)
三度の驚き。これ以上ないほどの驚きが全身を駆け巡る。
青いメッシュの入った茶髪のボブカット。
いかにもヤンキー風なスカジャン。
そして美しくも目つきの悪い風貌。
間違いない。この人物は動画で見たあのプロゲーマー、ハロイその人であった。
(え、どうしてハロイが……え? なんでこんなところに? え? え?)
突然過ぎる事態に脳の処理が追い付かない。
驚きのあまり、言葉が失われてしまった。
「あっ……うわ……うわ……」
驚愕に興奮と困惑が入り混じる。目はこれでもかというくらいに見開かれ、開いた口は塞がらずパクパクと金魚のように動いていた。
「……んだよお前? どうしたん?」
ハロイは怪訝そうな顔でこちらを見返してくる。
「あっ……とっ……」
なにかを言わなければ、このままでは変なヤツと思われてしまう。
そう分かっていても上手く言葉が出てこない。
普段なら冷静な優哉も今回ばかりは例外、上手く対処ができないでいた。
(なにか、なにか、なにか……)
必死に脳を動かし、言葉を捻り出そうとする。
しかし、ごちゃ混ぜになった脳内から適切なモノを選びだせる気がしない。
ただ、ある想いが泉の如く湧き上がっていた。
憧れの人に一言、なにか言いたい。そんな想いだけが錯綜していた。
(アナタのおかげで……いや、ありがとう、違う……いや、いや……)
だがそれは悪循環を加速させた。
言葉が生まれては消えていく。混沌は更に煮詰まり、混迷を極まる。
溢れる想いは優哉の脳内を、真っ白にショートさせてしまう。
そんな折だった。真っ白な脳内に一つの言葉が、稲妻のように現れる。
その言葉はあまりにも不躾で、唐突過ぎる。普段の優哉ならば言うハズがなかった。
しかし、今は冷静さを失ってしまっているのだ。
優哉はその言葉を、なんの躊躇もなく口にした。
「俺をプロゲーマーにして貰えませんか?」




