物語のはじまりは
こんにちは。お久しぶりです。番外編です。
小さな子供達がはしゃいで絵本を広げている。下町の女の子が王子様に見初められて舞踏会に出て、魔女に呪いをかけられ、それを王子様が助けるというお話だ。
「王子様は剣をとり、魔女のいる森に向かいました」
エリアルの抑揚のある声をワクワクと聞いているのは子供たちだけではなかった。少し離れた場所で紅茶を片手にチェスを楽しむアルフォードとクレインも一緒だった。今日はアルティシアとリリスが城のお茶会に行っているので三人は子供たちを一緒にして遊ぶのを見ていたのだった。
「舞踏会に早く行きたいわ」
「私も行きたい」
「ね、お母様とお父様は舞踏会で初めて会ったのでしょ?」
子供達に絵本を聞かせていたエリアルは娘の質問に「う~ん・・・・・・」と言葉を濁した。
「だってお父様言ってたよ、初めての舞踏会で緊張していたお母様はとても可愛らしかったって」
息子がアルフォードのほうをみながらそう言う。
「お父様も格好良かったんでしょ?」
「そうね、沢山の女の人に囲まれて、私には手の届かない人に見えたわ」
ゴホゴホと咳き込むアルフォードは決して空咳ではなく、本当に噎せたようだった。
「お父様・・・・・・、たらし?」
どこで覚えてきたのかアルシオンの声は冷たかった。
「待て、俺はたらしてなんかいないぞ」
真剣に言い訳するアルフォードを可哀想に思ってか、クレインが話を変える。
「エリー、舞踏会で初めてあったんじゃないのか?」
初めて会ったはずだとクレインは思ってきたし、アルフォードも信じてきた。が、エリアルはニッコリ笑って、「女はね、謎の多い方がいいんですって。だから・・・・・・、な・い・しょ♪」と唇に指を立てて喋らない構えをみせた。
こうなると口を割らせることは難しいと知っている二人は、諦めたように「街で見かけたとかそんなことじゃないですか」「エリアルを街で見かけて忘れるほど俺は枯れていたつもりはなかったんだがな」と話し込み始めた。
エリアルは思い起こす。あの時は、この人が自分の夫となり、子供を成す間柄になるなんて思ってみなかったと――。
その週はとても騒がしかったことは覚えている。隣の国が攻めてきたのだと言う。国境にあるエリアルの父の領地は、勿論国の警備隊がいて、沢山の人が怪我をしたけれど、突破されてはいないと大人たちの話を盗み聞きして知っていた。
すぐさま国王様に連絡が行って助けてくれるはずだと言っていた。
屋敷はずっと騒がしくて、こんな状態は初めてだったエリアルはウキウキと心が弾んで、ジッとしているのも辛かった。
「姫様、今日にも国軍がいらっしゃいます。そうしたら、お母様と王都のほうにお移りしますから、持っていきたいものとかおっしゃってくださいませ」
「大丈夫、全部カバンに入ってるから」
「しばらくお逢いできませんが、お母様を支えてさし上げてくださいませね」
侍女は、ここに残るのだという。危なくないの? と聞いたら、ここを放っていけませんからねと言う。
「私も残るわ」
「はい、駄目です。姫様はお転婆ですからね。ちゃんとお母様の言うことをお聞きして、いい子でいらっしゃってくださいませ」
生まれた時からいる侍女は、言葉に遠慮がない。
沢山の人が残るのに、自分だけ王都に逃げるのが少しだけ嫌だった。少しなのは、いても何もできないし、お荷物になることがわかっていたからだ。
庭師も鍬を抱えて、「やっつけてやる」と血気盛んに息巻いている。
エリアルは一人で何となく馬に会いたくなって、放牧場のあるほうの庭にでた。
馬はこれから戦に連れて行かれるのだ。あの白い子も、黒い子も茶色に額に星がある子も・・・・・・。
戦いというものがどんなものかよくわからなかったエリアルにも、それが恐ろしいことだということはわかっていた。
「おお、いい馬ばかりだな――。あの尻の形、気の強そうな顔、好みだな・・・・・・」
柵に腰かけていたエリアルの横に大きな影が出来たと思ったら、そんな声が聞こえた。
「おっきい・・・・・・」
柵に乗っているのにその男の腰にも届かないエリアルには、その男が絵本でみた巨人に見えた。見上げる首が痛い。
「あの黒いのは何て言う馬だ?」
子供エリアルに訊ねた男は、大好きなものを見ている目で馬を見つめている。
「あれは、マックスよ」
「ふーん、いい馬だなぁ」
柵を辿って、男の足にしがみ付いたエリアルは、木登りよろしく上ることにした。
「何してるんだ?」
「木登りの練習をしているの。私得意なのよ」
自分によじ登る幼児を気にせず馬に夢中になっているのをみて、エリアルは初めてモヤモヤする気持ちを知った。
馬の名前は聞くのに自分の名前は聞いてくれないのだ。
何故か、教えてやらないと、エリアルは思った。
頂上まで登ってエリアルはそこに生えているのが黒い髪だということに気が付いた。大きすぎて下では見えなかったのだ。
「黒い髪・・・・・・?」
人では初めて見る髪の色だった。
「気持ち悪いか――? 怖くないか?」
その人の声は、エリアルを心配しているようだった。
「怖い――? どうして?」
「子供は正直だからな。見慣れないと泣かれることがよくある」
サラサラとしていて艶やかで、まるで丁寧に手入れされた馬のようだとしかエリアルは思わなかった。
「ほら見て――。あの白い子の鬣は、私の髪みたいでしょ?」
肩に跨っているから、男の顔の前に自分の髪を見せると「そうだな」と男は笑った。
「マックスは、真っ黒の鬣でしょ。マックスは青毛の馬なんですって。とても人気があるのよ。お父様はマックスを馬格もいい凄い馬だって自慢していたわ」
エリアルは誇らしげに語った。それがその男を慰める言葉だと男も気付いた。
「そうか――。なら私も黒い髪を誇らないといけないな。黒い髪が怖いとつい最近女性に振られたばかりで、少々落ち込んでいたんだ」
振るというのがどういうことなのかはわからなかったが、男は悲しそうに見えた。いや、寂しそう・・・・・・だろうか。
「あなたはここを護りに来てくれた騎士様なの?」
「ああ、少し馬が元気良くて先についてしまった」
やっぱりマックスみたいだと、エリアルは思った。自由で快活で、美しい――。
「この土地はとてもいい場所なの。馬も人もとても優しい。だから欲しい人が無理やり奪おうとしているんですって。私はここが好き――」
「そんな寂しそうな声を出さなくていい――。すぐに元の静かなこの場所に戻るさ。そのために俺達が来た――。安心していい」
ギュウと頭にしがみ付くと、ポンポンと頭を叩かれた。何故か信じていい、とエリアルは感じた。
「ありがとう――。大きな騎士様――」
エリアルを呼ぶ声が聞こえた。
いかなければ――、と思うのに何故かこの場所から降りたくなかった。
「直ぐに帰れるよ――」
ここの家の人間だということは、気付いていたのだろう。エリアルを肩から降ろして、その男は言った。
「そうね。待ってるわ――」
あなたにもう一度会えるのを、待ってる――。
エリアルは、踵を返して屋敷の中に入っていった。一度振り返ったら、男はもうエリアルを見ていなかった。熱心に馬を見ている。
何故だか、それがとても悔しかったのを、エリアルは覚えている。
見上げる先には、夫がいる。エリアルが見つめていると、気付いてどうしたのかと視線で問いかけてくる。
「あなたが私の夫になってくれて、嬉しい――」
グフッと、クレインが紅茶を噴いた。
「どうした――?」
思い起こせば、奇跡と言っていいのだ。倍ほど年の離れたアルフォードが未婚でいたこと。結婚しないと言っていたのを覆してくれたこと。どれをとっても信じられないほどに幸運だった。
「私は、幸せだなと思ったの」
「はいはい、さあ、子供達。庭で遊ぼうか――」
クレインは気をきかせて、子供たちを庭に誘った。
「私の大好きな黒い騎士様――」
アルフォードの胸に抱き着き、兄の気遣いを有難く思いながらエリアルはそう告げた。
「お転婆な俺の愛しいお姫様――」
二人の出会いを気付いているのかいないのか、アルフォードは言わなかった。あの後は戦で大変だったし、その後もアルフォードには大変な出来事があった。だから、あんな小さな出会いは覚えていないだろうと思う。
それでもいい――。
紺碧の瞳を覗き込み、黒い髪に手を伸ばすと、屈むようにしてエリアルを抱きしめ口付けを与えてくれる。優しくて、強い男。
「愛してるわ」
そっと耳に囁くと、「俺もだ」と抱き上げられた。
小さな子のようにアルフォードの腕に座り、愛しい黒髪を宝物のようにそっと口付けた。
こんにちは。お読みくださってありがとうございます。なぜ、侯爵夫人のお茶会に投稿しなかったかといいますと・・・。長いこと放置していてなんなのですが、そろそろ直していきたいなと思いまして。誤字脱字もそうなのですが、このお話、初めて書いたこともあり、突っ走っておりまして(笑)読み直したらあらら(汗)な場所がかなりあります。意外や意外、こんなに長い間放置しているにも関わらず読んでくださっている方もいらっしゃるようなので、編集しますよ~という告知をしたくてこちらに投稿しました。編集しますと、新規投稿したときと同じようにタイムラインに流れるようなので、ご注意ください。
いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




