02:怪しげな人物
怪しげな男たちがこちらへ向かってくる。
ムトが愛想よく男たちに愛嬌を振りまいている一方で、パセルはネフェルトを抱く手に少し力を込めたように感じた。聡いな。兄もこの男たちに不穏な空気を感じていたか。
「ごきげんよう皆様」
男のひとりが作り笑いを浮かべて話しかける。
「まだいたのか。国庫書記官というのは随分と暇な職のようだな」
パセルが精一杯低い声で男たちを牽制している。この者らは邸の人間ではなかったのか。
男らはパセルの言葉には返事をしなかった。2人の視線はネフェルトに集中している。
「おお、こちらが長官ラーモセ殿の末の娘、ネフェルト様でございますか。ようやくお目にかかれました」
2人はネフェルトの、いや、より正確に言うと私の瞳を覗き込んでいる。確認はしていないものの、今世の瞳も銀に違いない。なんだ?そんなに珍しいか?――珍しいな、自覚はある。しかし何か妙だな。
パセルはネフェルトをくるりと抱き直して、2人の視界から逸らした。今、ネフェルトの顔は兄の胸に押し付けられている状態だ。少し苦しい。そこまで力強く抱かなくても落ちはしない。
「おや、パセル様には随分と警戒されてしまいましたね」
「明日には戻ります。我々も決して暇ではありませぬ故」
国庫書記官だというその2人は、今来た道を引き返していった。国庫と言うからには、国の中枢で働く者らなのだろうな。この邸に来た理由はわからぬ。繰り返しになるが、言葉は理解できるものの、上位の、富裕層らの暮らしに関しての知識は皆無だ。
「兄さま、あの人たちのこと嫌いなの?」
ムトがパセルに尋ねている。ムトは5、6歳に見える幼い娘だ。舌足らずな話し方が愛らしい。
パセルはしばらく厳しい表情をしていたが、2人の姿が完全に見えなくなったのだろう。腕の力を弱めて、緊張がほぐれたように見えた。それからネフェルトを元のように抱き直すと、声を潜めた。
「父さまが警戒なさっている。1日で終わる要件なのに延泊を申し出たそうだ」
ムトの顔は半分も理解できていないようだが、パセルの言いたいことはわかった。暇人呼ばわりしたのも、精一杯の皮肉だったというわけだな。パセルがそのような態度を取れるということは、今世の父親はそこそこの立場の人物らしい。長官だと言っていたものな。どの時代のどの国にせよ、長と呼ばれるものは、上に立つもののことを指す。それだけは変わらない。
ああ、無理だ。眠たくなってきた。知りたいこと、考えねばならぬことは山ほどあるというのに、この身体は乳を吸うことと寝ることしか求めていない。肉……
次に目が覚めた時、周囲は暗かった。ぼうっと弱い灯りがひとつだけ灯されている。
「目が覚めたの?お乳の時間かしら」
最初に見た乳母とは別の人物だ。近づいてきた身体からは良い香りがする。肌に当たる衣服も柔らかく、高級なものに思える。ネフェルトを抱き上げると、寝台に腰を下ろして乳を与えてくれた。母、だろうか。
「泣かなくてよい子ね。パセルもムトも――他の子どもたちも……夜中によく泣いたものだけれど」
心地よく、落ち着く声だった。身体がこの女性を信頼している。兄姉の名前が出たことからも、やはりこの人物が母親なのだと思った。ようやく安心出来た気がした。まあ安心も何もつい先ほどまで寝ていたんだけれどね。2人以外にも兄弟がいるようだな。それについてはいずれわかるだろう。
「お乳を飲んだら寝ましょうね。今夜、父さまは少し遅くなるそうだから」
例の書記官ら絡みだろうか。立場は父親の方が上のようだが、遠方より訪問している官僚だ。邸内に滞在しているのならば放置するわけにもいかぬのだろう。権力や身分というものも時にやっかいなものだ。赤子のネフェルトには当分無縁の話だけどね。
――そう思っていたのだがね。




