EP24「新手その2」
「待て!」
背中越しに「鉄拳義士」が叫ぶ。
しかし、今は彼女の相手をしている場合ではなかった。
山賊たちの遺体が転がるあの場所で、あの娘が一人で待っている。
洞窟のほうからモンスターの声が聞こえた以上、彼女に危険が迫っていることは間違いなかった。
行かなければならない。
「待て、と……言っている!」
彼女は持っていた小刀を投げつけてくる。
しつこい!
俺は両腕を伸ばしながらその場に踏み留まり、進行方向から反転して小刀を弾くとそのまま相手に向かって突撃した。
「!?」
今まで俺が攻撃してこなかったこともあって、彼女は突然の反撃に驚いた様子を見せる。
俺は右拳で彼女を殴ろうと腕を伸ばした。
対する彼女は咄嗟にガードしようと腕を交差する。
しかし、それはフェイントだ。
俺は右拳を囮に側面から伸ばした左手で彼女の足首を掴んでやった。
「き、貴様っ!?」
「殺しはしない」
掴んだ足首を遠くに飛ばそうと振り回す。
捕まりながらも彼女は逃れようとして、もう片方の足で俺の手を蹴ろうとするがもう遅い。
遠心力を利用して彼女を投げ飛ばす。
木々の隙間を縫うように飛ばされた彼女は草むらへとその身を落とした。
「俺は人間を食わない。もう追ってくるな」
それだけ言って再び走り出す。
「鉄拳義士」に俺の存在を知られたが今はどうでもいい。
一刻も早く彼女のもとへ。
無事でいてくれ…………!
焦る気持ちに身を任せ、ただひたすらに足を動かすのだった。
ーーー
「なんだよ……これ」
急いで洞窟に戻ると、天幕の近くで群れを成すシャードウルフたちの姿があった。
赤い牙と赤い爪が特徴の狼に似たモンスターたち。
いくつかの輪を作って何かを咀嚼している姿に思わず血の気が引いてしまう。
彼女はどこだ?
辺りを見回しても見当たらない。
どこにもいない。
まさか…………!?
絶望的な気持ちになる。
俺は無我夢中で、何かを食べているシャードウルフたちに向かって襲い掛かった。
「「バウッ! ワウッ!」」
「ワォオオオオオオオオーンッ!!」
「どけぇええええっ!!」
伸ばした腕を振るい、シャードウルフたちを屠っていく。
奴らが咀嚼していた中心を見ると、そこには山賊の遺体だけが食い散らかされていた。
「バウッ!」
「邪魔するな!」
背後から噛みつこうと飛び掛かってきたシャードウルフの口に拳を叩き込む。
赤い牙がいくつか欠けて相手は吹き飛ばされた。
「キャインッ、キャインッ」ともんどりうつ。
他のシャードウルフたちも片っ端から殺していき、彼女がいないかを探す…………が、彼女の姿はどこにもなかった。
ここにはいない。
まだ死んでいない。
どこだ?
どこにいる?
生きてくれ。
頼む、お願いだ。
祈るような気持ちで周囲に視線を移すが、どこにもいない。
食い殺されてないのならどこにいる?
目で見えないならと、嗅覚と聴覚をフルに使って探るが、血の匂いが辺りに充満していて匂いが当てにならない。
頼りになるのは耳だけだった。
「…………」
見えるだけのシャードウルフは全て殺した。
周囲に彼女が隠れていないか確かめようと聞き耳を立てるが、何も聞こえず、気持ちはただ焦るばかりである。
ここら辺にはいないのか?
どういうことだ?
移動したのか?
それとも誰かに連れて行かれたのか?
獲物を寝床に連れて行き、子供に餌を与えるモンスターもいるが、シャードウルフは襲った獲物をその場で食べるモンスターのはずだ。
けれど、ここにいるシャードウルフに幼体はいない。
巣でもあるのか…………?
連れて行かれたのか?
なら、彼女はどこに行った?
そもそもなんでシャードウルフがこんなに集まったんだ?
シャードウルフがここらに生息しているのは知っていた。
しかし三年前、俺がここらの山でトップに君臨するモンスターを殺したことがきっかけで、モンスターたちは意図して俺を避けるように行動していた。
山賊を追って彼女と別れた時も、周辺にシャードウルフが潜んでいた気配などまるでなかった。
モンスターが彼女を狙っていると判っていたなら、一人で山賊を追おうなどとしない。
何が起きている?
よく考えろ?
どうすれば彼女を助け出せる?
焦っている自覚はあるものの、手がかりがない以上、取り合えず動かずにはいられない。
まずは洞窟の中を探索しようかと思った――
――その時だった。
何かの気配を感じて上を見る。
洞窟のある岩壁の上、崖になった場所に一匹のモンスターがいた。
「ようやく来たわね…………今日がアンタの命日よ」
そこに現れたのは言葉を話すシャードウルフだった。
しかし、ただのシャードウルフではない。
通常個体の約三倍近く大きいモンスターだった。
「久しぶり…………と言ってもアンタは私なんか覚えていないでしょうね」
「お前か、この群れのボスは。あの娘はどうした!? 生きているのか?」
「あの娘…………? あの娘ってこれのこと?」
言いながら巨大なシャードウルフは、近くにあった何かを口に咥えて見せびらかした。
誰だ……?
それは金髪の女性だった。
グッタリとした様子で目も閉じて声も発さない。
気絶しているのか? けど…………。
その見た目は普通ではなく、黒色の液体をかけられたのか、全身がスライムのような粘性のもので覆われていた。
生きているのか、死んでいるのか判らない彼女を、シャードウルフはその服を噛んで見せつけるようにブラブラと揺らす。
どうやら捕まっているようだ。
「ふふふ。そこで見てなさい。私が栄養補給するところを」
「!?」
食べるのか!?
「やめろ!」
言いながら跳躍する。
助けねえと。
「遅いわ」
彼女は言うや否や、ヒョイッと軽く持ち上げた次の瞬間、女性を丸呑みにした。
「やめ――」
「ぬんっ!」
叫ぼうとした瞬間、突然目の前に何かが現れ、全身に衝撃が走った。
「ぐあっ!?」
硬い何かに斬られたらしく、そのまま吹き飛ばされてしまう。
突然のことで受け身も取れず、背中から地面に叩きつけられてしまった。
辺りに土煙が舞う。
クソっ、何だ? 不意打ちか? 次から次へと…………。
「油断するなと言っただろう? 貴様が失敗したら、私は何のためにここにいる?」
見上げると、シャードウルフの隣に豚顔の人型モンスターが並んで立っていた。
左目に傷跡が残る隻眼、口ひげを生やし、厳かな雰囲気を醸し出す。
軍帽に軍服のようなものを身に纏い、黒くて禍々しい剣を手に持っていた。
何者だ? アイツが俺に攻撃したのか。
「全く…………『異形者』は本当に頑丈だな。剣で斬りかかったのに斬れなかったぞ。初めて見たが、ただの人間と大して違わないように見える。あれが本当にクラークウンゲ様を殺したとは思えんな」
相手が俺を見下ろす。
力強い眼光だった。
ただのモンスターじゃない。
こんな奴がここらにいるなんて知らなかった。
別のところから来たのか?
「同族を助けようとするのは称賛に値するが、直情的でまだ幼いな」
豚顔は俺を分析するように言葉を続ける。
その隣でシャードウルフは音を立てて咀嚼していた。
クソっ! 間に合わなかった。
あれじゃあもう…………。
悔しさと怒りが湧いてくる。
目の前にいたのに助けられなかった。
俺に見せつけるために目の前で食ったのか?
だとしたら性根がねじ曲がっている。
ふざけやがって。
俺が立ち上がって体勢を整えると、シャードウルフは口の中にあったものを綺麗に飲み込んでいた。
「食ったか?」
「ええ、おかげさまで。最高よ、やっぱり死体よりも生きている人間のほうが良いわ~」
「なら、仕事をしろ。本来ならお前如きに与えられる物ではないのだからな」
「お任せを。褒美もお忘れのないようにお願いね?」
「ふんっ。それは貴様次第だ」
豚顔モンスターのひと言でシャードウルフは崖から飛び降りてくる。
地面に降り立つと俺を見据えるように目を向けてきた。
コイツらがここに現れ、あの娘がいなくなった。
姿は見えないが、あの娘はコイツらのせいで姿を消したのだろう。
単独で逃げてくれたのか?
なら、どこにいるんだ…………?
姿の見えない彼女の行方を知りたいが、相手は待ってくれそうになかった。
「ふふふ。何も判らないという顔ね、『異形者』。愚かなあなたに一つ教えてあげましょう」
シャードウルフが不気味な笑みを浮かべると、その全身が黒い影のような物に覆われた。
半円を描いた黒い影は川の激流のように激しく蠢き、悍ましいと人に思わせる見た目を持つ。
「強者が常に強者足りうる…………なんて、そんな道理ないのよ。歯牙にもかけられなかった弱者の意地。見せて上げるわ」
影が消えるとそこには全身が真っ黒に染まったシャードウルフが立っていた。
禍々しい雰囲気は、どこか豚顔の持っていた武器に似ているような気がする――――が、今はそんなことを考えている場合ではない。
相手は危険な雰囲気を纏わせ、鋭い殺気を俺に向けてきていた。
今はやるしかない。その後で彼女を…………!
「今日ここでアンタを食い殺す。先代を殺した恨み、晴らさせてもらうわ」
「来るなら容赦しない。お前ら二人、ここで――」
そう言って俺は気づいた。
崖の縁に立つ豚顔モンスターの隣。
見慣れた水色の髪をした少女が、そこに立っていることを――――。
明日は投稿なしです。
明後日に投稿します。




