海を渡る風と月を見送る。
「錨をあげろー! 出航するぞー!」
「頭領!この港は投錨禁止ですぜ!」
「うるせぇ!舌ぁ引っこ抜くぞ!」
「はいよー ほれ、係留の縄回収しといで」
アイアイ!
まだ太陽が水平線から顔を出し始めたばかりの港は活気づいていた。
一際大きな船が出港するのだが、その様子を見に来た野次馬。
その野次馬を目当てに来る屋台が、より賑やかさに拍車をかけていた。
「よーし、桟橋から離れたな。漕ぎ手衆、出番だ!」
エイ・オー エイ・オー
エイ・オー エイ・オー
両舷に据え付けられた複数のオールが力強く水面を押し、ゆっくりと船が動き出した。
ゆっくりと、ゆっくりと、太陽の光を反射して輝いている水面の上に一筋の航跡を残しながら、船は港の外へ向かう。
エイ・オー エイ・オー
エイ・オー エイ・オー
「野郎ども!そろそろ港を抜ける!わかってるな!気合いれろ!」
アイアイ・サー!!!
狭い防波堤の間を、船首を細かく左右に振りながら船は進み、外海へと抜けていく。
それと同時に帆を張る準備も進められ、船員達がマストをせわしなく登り降りする様子は、なんだか楽しそうだ。
「頭領。無事港の外にでやした。どこもぶつけてませんぜ?」
「当たり前だバカヤロウ。後は任せて大丈夫だな?」
「はいよー。いつも通りに安全運航でまいりまーす。」
「あの傷の男は随分と船長に気安いね。」
「まぁな、俺が、、、俺を頭領って呼ぶのはあいつだけだよ。」
「なるほど。唯一の友って事か。」
具体的な指示を飛ばしながらマストに登っていく男を見送った後、振り返りながら声をかける。
「さてお客人、外に出ちまえば後は風任せだ。今日の波は穏やかだが用心だけはしておいてくれよ。」
「ありがとう船長。航海は初めてだから緊張するよ。」
「そうかいそうかい。緊張してりゃ酔うこともないだろうから安心だな」
「だといいんだけどね。」
「ところでホントに良いのかい?隣の大陸までは行かないぜ。」
「途中まで乗せて貰えるだけでありがたいよ。」
「あの辺りにゃ大ダコや大イカが居るから気をつけるんだぞ。お客人が持ってきた小舟じゃ簡単に引きずり込まれちまう。無事じゃ済まないぞ?」
「大丈夫だと思うよ?ほら。」
2人の居る甲板から少し離れた船首で、僧侶が顔を伏せ目を閉じ、手を組んで祈りを捧げている。
やがて周囲が輝き出したかと思えば、虹色の膜が船を覆うように広がっていく。
「この船を覆っちまうのか!すげぇな。」
「うちの僧侶ちゃんは優秀だからね。それに今から狩りに行く獲物に比べたら、多少大きいタコやイカなら何とかなるよ。」
「あはっはっはっは!そうかいそうかい!酒場で会った時から思っていたが、お客人達はホントにすげぇな!」
「終わりましたよー」
祈りを終えた僧侶が、揺れる船の上を陸と同じような足取りでパタパタと足音を鳴らしながら駆け寄ってくる。
「ありがとう。疲れてないかい?」
「あれくらいチョチョイのちょいです!」
「凄いなお嬢ちゃん。どうだい、うちの船僧侶にならないか?」
「残念でしたー。わたしはこの人と旅がしたくて教会を抜けてきたんですから、船僧侶なんかにはなりませーん。」
「おっ、教会は恋愛禁止じゃなかったか?神のご加護が消えちまうぞ?」
「なっ、なんで恋愛なんて言葉が出てくるんですか!してわたしがそんな風になるわけ無いでしょ!」
「そうなの?それは残念だよ。」
「えっ!」
「残念だったな嬢ちゃん」
「むきーーーっ」
「嬢ちゃんの通り名は残念僧侶で決まりだな。」
「ふん!それじゃわたしは祭壇の所に居ますんで!何かあったら来てくださいね!。まぁわたしが張った守りの結界ですから、何も無いとは思いますけど。」
そう言うと僧侶はこちらに背を向けて甲板を降りていった。
一瞬振り返り、舌を出していった。
「嫌われちゃったね。」
「かまわんさ。さてお客人、こっからは少し真面目な話だが、あんたが噂の主なのかい?」
「ここに来るまでに沢山の噂を聞いたけど、そのうちのどれの噂の主なんだろ?見当も付かないな。」
「はぐらかすのか?」
「噂話は沢山あるからね。船長の奥さんだって好きだろ?」
「なるほど。するとお客人は、あるお貴族様夫人の不倫相手って事になるが、それで良いのかい?」
「他にもっとましな噂話あったよね?」
「はん。適当に話を誤魔化そうとしやがる方が悪い。言いふらしてやる!」
「酷いなぁ。」
「酷いのはどっちだっての。真面目な話だと前置きして、いきなりはぐらかされたのは初めてだぞ。」
「根が不真面目なんだよ。真面目に生きてたらこの場所には居なかったと思うしね。」
「あんたは頑張ってるよ。」
「、、、ありがとう。」
マストに張られた帆が風を捕まえ、船がスピードを上げる。
「さて、俺は船長室にこもる。問題が無ければ次の港まで俺はお飾りだからな。あんたはどうする?」
「もう少し海風に当たっているよ。」
「船から落ちるんじゃねぇぞ。」
「落ちても拾ってくれるって信じてるよ。」
「縁があれば、また拾ってやるよ。」




