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このままで

「俺ももう犯罪者か。どう思う? ルネ」

「……本物なのですか?」


 若干当惑気味の声音にクラウスは喉の奥で笑う。やりかねないと思われるほどには彼女に溺れていると思われているらしい。

「これは写しだよ。いい仕事をするよね。ここまでは要求してないんだけど」

 キースウッド家からのノーマ家に向けた書状の中身を知りたいだけだった。機密でもない手紙の内容など侍従などに訊けば済むことだ。張り切ったからなのか、普段からこの調子で仕事をしているのか。


 誤解させたままだと面倒だ。

「個人的なツテでね……お試し中なんだ。王家には迷惑はかけない」

 安堵した気配がする。

 何をするに当たっても学園にいる間は自分の部下しか動かしていない。遠慮ではない。信用していないからだ。クラウス自身も見張られている。

 そういう手駒を増やすためにもこの学園に来たのだ。


「アメリがキースウッド家の婚約者となったことは学園中の噂になっています」

「大人しい顔をして中々主張が強いね」

「クラウス様のせいなのでは?」

「俺の? どうして?」

 クラウスはルネッタの方に写しを差し出す。

 内容は一部予想外のことが書かれていた。アメリを婚約者とすることの打診の形をとった要求であるが、正式な手続きは急いではいないらしい。継嗣であるならば急ぐ話も相続権のない男子であるならなおざりになるのは珍しい話ではないが、ジェレミーの出方を見ると少し不自然だ。


「まだ、正式な話ではないのですね」

 ルネッタもまたその部分が気になったようだ。

「そう。既成事実を作らなければならない理由ってある?」

「それはクラウス様のせいでは?」

「どうして?」

 二度目のやり取りに今度はルネッタが険を隠さない顔で言い捨てた。

「アメリの想いに応えないからです」

「応えられると思っているの?」

「できるのではないですか?」

 クラウスは答えない。ルネッタだってできると思っていないだろう。


(できるのは多分、閉じ込めることだけだよ)


 ルネッタは写しをクラウスに戻した。 

「――アメリの婚約は意外にいい話なのかも知れませんね」

「俺もそう思うよ」





 愛しい人を閉じ込めて、誰にも触れさせないで、一生側にいさせて可愛がる。


 何故かそれが楽しいことのようには思えない。それよりもどうでもいいようなことで怒らせたり、笑ったり、他の誰かも交えて話すようなそんなやり取りのほうが心地よい。去年過ごしたあの時間のように。

 この先はもう心を緩めるようなことはなくなる。だから、ただ後ろ髪を引かれているだけなのだ。もう手に入らない時間を懐かしんでいるだけなのだ。





 生徒会室の扉を開けると久しぶりにアメリに姿があった。まだ授業が行われている時間で、本来クラウスはまだここにいない。アメリもまたそうだったように思うが、自身と同じく急に講師の都合が悪くなったのだろう。


 アメリとジェレミーが婚約したという話は学園内で知らぬ者はない。元々アメリはその容姿と優秀さで有名だ。

 クラウス自身、アメリを狙っていると公言する生徒に会ったことがある。それなりの爵位の継嗣で婚約者がおり、勿論狙っているという意味は卒業までの遊びの相手としてということは理解できた。ジェレミーが相手なら彼らは怯むことはないだろう。むしろ面倒事は増えるかも知れない。


『あなたの代わりに守っているんですよ』


 今日ジェレミーに言われた。意味がわからないと突っぱねられたらいいが、そうするのは滑稽だとわかっている。ただ、彼が本当に守っているつもりなら身の程知らずにも程がある。力がないのに一緒にいる時間を増やしても意味はない。彼がクラウスに話しかけるとき、いつも怒りをうちに秘めているのはそれが理由なのかもしれない。


 クラウスは今でも彼女に過ぎた危険が及ばないようには気を遣っている。クラウスに近いが故の多少の嫌がらせはアメリは気にも止めない。目立つほどだとやり返す。彼女にとって必要がないことをしている。それでも気にかけてしまうのは――彼女が好きだからだろう。

 ただ幸せに生きていてほしいと願うだけではいられない。手を差し伸べて守っていると実感することで安心している。それが特別の証だとクラウスは思っている。



 部屋にはアメリとクラウスを含めて五人。この時期なら多いほうだ。

 クラウスが席の横に立って、何とはなしに室内を眺めているとアメリと目が合った。アメリは別段表情を変えることなくすっと視線を外す。


「アメリ」


 思わず声をかける。アメリはペンを置いて、クラウスの机そばまで来る。


「何でしょう」




 ******




 アメリは機嫌が悪い。

 表に出すのはみっともないと思うので控えているが、この自分ではどうしようもない状況が続いていることが我慢ならない。貴族の世界などそんなものだと言ってしまえばそれまでだが、それでもアメリはある程度のことを自分で選んで決めてきた。この学園に入ったのも親の指図というよりも自分の意志だ。トップクラスの成績を維持するため勉強するのも自分のためだ。

 前世は思い出したが、それまでの自分のことも覚えている。アメリはそういう人間なのだ。自分がほしいものはどうしたって手に入れたい。


 仮令、監禁されても。


 しかし、今のアメリはそうではない。そこまでの価値を感じない。感じないが腹が立っている。自分を好きになるなと言いながら、好意をほのめかせるクラウスに。だったら、こちらが言ってやりたい。あなたが好きになるなと。

 顔を見なければこんなふうにイライラしていられるのに、顔を見ると駄目なのだ。好きだと思うし、触れられただけでドキドキするし、――苦しい思いはしてほしくない。


 彼がはっきりとアメリのことを好きだと言ってくれなくていい。恋愛が鬼門ならそれでいい。だけど、出来たら今のような彼の側にいられるような、そんな関係が続けばいいと思う。


 そう思って生徒会室に行きたかったのだが、なかなかタイミングが合わない。

 不本意ながらアメリは近頃ジェレミーと一緒にいることが多い。婚約の件について探りを入れたいのもあるが、ジェレミーのほうがアメリに近付いてきて中々一人になれないのだ。最終学年はそれほど暇なのかと言いたい。実際に訊けばはぐらかされる。


 急な休講が入ったおかげで今日は生徒会室に来ることができた。追加の試験が怖いが次の授業も休んでしまおうと思っている。今のままでも学年総合の成績は進級に足りているはずなのだ。


 そんな事を考えているとクラウスと目が合った。


 ――時が止まればいいのに。


「アメリ」


(なんだろう。今ニコルさんはいないけれど、書記の仕事なんて特にないよね……)


 クラウスに呼ばれてアメリは手を止めて彼の机のそばまで来る。両肘を着いて手を組み、口元を隠してクラウスが訊く。

「帰らないの?」

「――はあ?」

 淑女にあるまじき発声だ。顔の向きと音量のため、恐らく他のメンバーに聞こえなかっただろうことが幸いだ。本性を知られるのはクラウスだけで十分だ。

「最近ジェレミーと一緒にいるじゃないか」

「いますけど、何か?」

「……別に訊くことはないよ」

「報告なら今すぐさせていただきます。お時間はよろしいですよね。お茶を入れますので、会議室でお待ちください」

 声を張ってアメリが言えば、珍しくバツの悪そうな顔をしてクラウスは席を立った。

 直近のイベントは成果発表会だ。生徒会は今本当に、本当に暇なのだ。クラウスが断れるはずがない。




 アメリはお茶のワゴンを押して会議室の扉を開けた。

「あら、おられましたね」

「君は俺のこと何だと思ってるの……」

 強気に出ればあっさりと押し負けたクラウスがアメリにはあまり不思議ではない。何となくそんな気がしていた。

 アメリとクラウスとでは授業選択の傾向が全く違う。それでも同じ学園内にいるので、時折姿を見かけることもある。そのときにやたらと目があうのだ。これはクラウスが自分を気にしているに違いない。そのくらい自惚れていいと思っている。


「何って、生徒会長様ですよ」

「その生徒会長に報告すべきことがあるの?」

「クラウス様は全部ご存知でしょうけれど、必要とあらば会話の詳細についてもお話しますよ」

「何の会話?」

「私とジェレミーのです」


 アメリは茶の用意をしながらクラウスの出方を待つ。本当に報告すべきことがあるわけではない。

 お茶を淹れ終わったカップをクラウスの前に置く。さっきからずっとクラウスが見ているのでやりづらい。


「なんですか」

「そのイヤリングについて、ジェレミーに何か言われない?」

「これよりも僕が贈ったのものは? と言われますね」

 本気でなくしてしまったので、あれについてはどうしようもない。

「もらってるんだ」


(あれ? これは……)


 ひょっとして機嫌が悪くなった?

 アメリは恐る恐るクラウスの顔色を窺うが、いつもと変わりない。見た目が変わらないので自分が感じた違和感は気の所為ではないかと思ってしまう。


「別にいいんだけど」

「よくないんでしょ?」

 アメリは畳み掛ける。自分が原因であるが非はない場合、強気に出ることに抵抗はない。反撃は今は考えないことにする。

「いつ? どんなの?」

「去年の星祭りですね。確か真珠のあしらわれた金のネックレスでした」

「そんなに前?」

「ゲームのイベントではカークからもらうんですよ。デザインは違いましたけど、プレゼントをもらうんです」

「あいつ、人のイベントを奪ってばっかりだな。なんか残ってない? そういうの」

「えっ?」

「……」


 クラウスは何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。


「ノートから探してください」

 とはいえ、カークのイベントなど心臓が保たないし、ジェレミーのイベントならクラウスのイメージではないような気がする。というか、ヤンデレっぷりが加速してこっちも心が保たない気がする。

 ゲームほどヤンデレ系がいないのは今のアメリの趣味の問題だろうか。それにしても俺様ドSとか、腹黒眼鏡とかいるわけでもない。リアルだときついと思っていたのがよくないのか。

 ただ単に妄想力が足りないのか。


 アメリは自分に淹れたカップを手に持ってうんうんと悩んでいる。どうしたらいいんでしょうね、と口にしようとしていると、先にクラウスに話を変えられた。


「ジェレミーとは食事しないほうがいいかもしれないな」

 続きだったか。

「すっごい嫉妬ですね」

「そういうんじゃなくてね。今思いついたことだから」

 ふわっとした口調ながらも、クラウスの目は真剣だ。真剣にカップの中身を見つめている。

「時々、ゲームとしての揺り戻しがあって、逃げられたわけじゃないんだって思うことがあるんだけど、それって俺だけじゃないんだと思うんだよね」

 向かいに座ったアメリに面白いことを思いついたようにクラウスは笑いかける。

「可能性として一つ。俺たちは同じものを選べるんじゃないかってね」


「みんながみんな、クラウス様みたいに頭がいいわけじゃないんですよ?」

「俺はただ直感で動くのが苦手なだけだと思うんだけど――ああ、今度ジェレミーに聞いてみてくれない? 薬を持ってないかって」

 急に活き活きしてきたクラウスがアメリに笑いかける。


 不意に耳がかっと熱くなる。耳だけならいい。きっと頬まで赤くなっていることだろう。

 これだ、これなのだ。アメリが面倒だと投げ出しそうなことを愉しそうに紐解いていく彼がいいのだ。その彼が、自分に関わることだとちょっと駄目になるとか、すごくいい。


「会長、私決めました」

「いきなり何? ちょっと怖いんだけど」

「怖くないですから聞いてください。私ジェレミーと結婚してもいいかなって思ってたんです。親は乗り気ですし、何より悪い話じゃないですし」

「結婚の話までもういってるんだ?」

「婚約してますしね。結婚は私が卒業した後にって言ってましたけど」

「そんな話してるんだ?」

「ジェレミーはもう卒業しますし、先に領地に行って地盤固めをしておいてもらってる間に、私がこちらで勉強をして……って、クラウス様、じゃない会長聞いてます?」

「聞いてるよ? 色々と質問をしたいけれど、君の話を先に全部聞こうかな」

 アメリが話している間にクラウスは席を立って、自分でポットにお湯を足している。アメリが自分がしようと席を立とうとすれば手で制された。淹れ方を知っていることに少し驚いたが、クラウスが何でも卒なくこなすことは何も不思議なことはない。


「続き」

「はい。えっと、どこまで話しましたっけ?」

「卒業したらジェレミーと結婚するって辺りまで」

「ああ、そうです。特産として機織りがいけるんじゃないかなって言ったら、ジェレミーが乗り気で来年勉強しておいたらって言うんですよ」

「すごいね、結婚後の計画も立ててるの」

「外堀埋められているような感じですよ。多分、ちょっと忙しいくらいが好きなのバレてますね」

 そこまで話して、アメリはかなり話が脱線してしまっていることに気がついた。ジェレミーとの結婚生活の話をしたいわけではなかったのだ。後一年勉強できるから、その時間をどう使うつもりなのかの話をしたかったのだ。


 軌道修正をしようと黙ると、クラウスがアメリの横に座った。ソファではないから近くはないが、椅子一つ分は離れている。もう少し離れていたのをクラウスが近づけたのだ。

「……どうしました?」

「いや、腹が立ってきたから」

「で、この距離は?」

「この距離なら逃さないかなって。で、いつ惚気は終わるの?」


(うわああ、笑顔こわっ!!!)


 曇り一つない王子様スマイルだ。これを美形だ、うっとり。などと眺めていられる察しの悪さはアメリには存在しなかった。(なんだろう……?)とか言ってる激ニブヒロインに今だけなりたい。

 アメリは椅子ごと後ろに下がれないか試したが、座ったまま動かせばきっとコケる。

「腹が立つんなら、距離を取ったほうがいいんじゃないですか?」

「だったら逃げるでしょ? ほんっっと、ムカつく。ジェレミーって頭おかしくない?」

 何故そこでジェレミーの名前が? と思うが、アメリが訊くより早くクラウスが教えてくれる。


「君は俺のことを好きなんだよ? ちょっと笑いかけただけで真っ赤になるくらいにさ。よく何もしないで話だけしてられる。婚約者の余裕かな」

 それはジェレミーがマゾだからだと勝手にアメリは思っていた。アメリの恋を成就させるために、相手に嫉妬させるために、婚約者になるとか考え方がおかしい。

 だが、その目論見は成功しているようだ。クラウスは両手でアメリの椅子の背もたれを掴んで、アメリを囲い込む。立ち上がったら頭突きで逃げられるかもしれないが、その前に椅子を倒されたら後頭部を打って終わりだ。

「君ももうちょっと考えなよ。死にたいの? 一生閉じ込められて女神のように崇められたい? それとも変な薬でも使われて俺の好きにされたいの?」

「……」

「何か言ったら?」

「いや、そんな欲求が会長にあるとは思いませんでした」

 それぞれ攻略キャラのトゥルーエンドだというのはわかっている。マイルドな表現ではあったが最後のはカークのトゥルーエンドだ。

 つい、そんなふうに言ってしまうとクラウスがつぶやいた。

「だったら、そうする」


 細められた目が綺麗だな、と思っているとアメリの唇にクラウスの唇が重なった。


(――クラウスのキスシーンってどういうときだっけ?)


 条件反射のようにそう考えて伏せていた目を開けると、気配に気がついたのかクラウスも目を開けた。頬をそっと撫でてからクラウスが離れた。


「ごめん」

 クラウスが謝ったのが面白くて憎まれ口をきいてしまう。

「……確かに会長は、熟考してから行動に移したほうがよさそうですね」

 声ではそう言えたものの、再び、耳の先までアメリは真っ赤だった。

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