22-2 回復 (後編)
早朝の控えめな日差しの中、レントや兵士たちと走った道の一つを僕は駆け巡った。
砦に戻ると、まだ駐屯している四十人ほどの部隊に混ざって、軽く朝食を取る。
私室で身支度を整えているとドアがノックされる。
「どうぞ」
「準備はできたかな」
入ってきたのはレントだった。珍しく帝国陸軍の中央軍の制服を着ている。
僕が着ているのは、禁軍師範学校の制服だ。新品が送られてきていた。どこか不自然に思えて、落ち着かない気持ちになる。
「帝都からは投降する兵士が多いそうだ」
「全てが落ち着いてから、召喚されると思っていました」
「理由があるのだろうさ。荷物を忘れるなよ。行こう」
二人で砦を出る。荷物と言っても、最低限の着替えや日用品だ。
砦に連れてこられていた馬を二頭、引き出して、兵士たちに見送られて砦を出た。
轡を取って山道に出る。そこなら馬も走れる。二人とも騎乗して、駆け出した。
病室で受け取った巾着の中身は、あの後、密かに確認した。
中に入っているのは真っ青な宝石だった。でも何の細工もされていおらず、ただ無造作に切り出しただけのような、宝石だ。
どういうものか、わからなかった。
その宝石は巾着に戻し、紐で首にかけている。リーアに会うことがあったら、返してみよう。
帝室の紋章の入ったものを持っているのは、僕にはリーア以外に思いつかない。
彼女が僕に何らかの理由で、渡したんだ。
もしくはこれが一つのきっかけで、また僕は彼女と私的に話せるようになる、という布石かも。とにかく、まだ僕とリーアは繋がっている。
帝都へ向かって疾駆しながら、僕はじわじわと喜びを感じていた。
僕はリーアを助けることができた。
それはもっと大きな何かを変えた、防いだかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。
一人の少女を、守り抜けた。
自分にも何かができるんだ、と考えていた。
◆
帝都の城壁の一部を壊すのは、苦渋の決断だった。
地方軍の第六軍は攻城兵器を持っていたので、それが使用された。
私がいる幕舎の中にも、城壁を破壊するその音が響いていた。
ミラは無事で、今はここに至る途中に寄った一つの街で、治療を受けている。
自分がこうしてここにいるのが、心底から不思議だった。
モロー砦に到達する前に、反乱軍に押し潰されたと思った。でも実際は、モロー砦から出撃した隊が反乱軍を押し返し、私を収容した。
怪我は左足の骨折だったけど、厳重に固定してもらって、私はすぐに行動に入った。
指揮下にある部隊を可能な限り早くまとめ、自分の健在と、反乱軍への反撃をしなくてはならなかった。こちらが動かなければ、私たちに味方するか迷っているものは、そのまま敵になってしまっただろう。
私が禁軍と中央軍の兵を千人ほど、まとめた時、地方軍の第六軍が到着した。
三十代の司令官と、私は直接に対面した。相手に畏怖を覚えさせるためだったけど、それは空振りだった。司令官は平然と私の顔を見て、話し始めた。
今後の鎮圧作戦について意見を求められ、私は、帝都の過度の破壊を避けるように、とだけ伝えた。
威厳も何もない私の前で、司令官は平然として、頷いて、幕舎を出て行った。
私がどう思われてもこの際、それは考えるだけ無駄だ。
私の評価より、帝都の回復、帝国全体の安定こそが、重要だった。
第六軍とともに私たちは帝都まで突き進み、即座に包囲した。司令官は私に兵糧攻めを進言し、私は支持した。
それから数ヶ月が経ち、降伏する兵士も大勢出たが、決定的な解決には至っていない。
もう時間はなかった。私は決断し、城壁の破壊を命じ、今、まさにその作戦が行われている。
城壁を崩してしまえば、次は兵隊同士のぶつかり合いになる。
死ぬ人が大勢、出るだろう。私は帝都の市民に、恨まれるかもしれない。
甘んじて、受けるしかない。
同じことが二度と起きないように、私は行動しないといけない。
城壁が崩れる音に、私は目をきつく閉じた。
戦闘が始まり、ざわめきがやってくる。私は席を立ち、幕舎の外に出た。侍女四人が薄い幕で私の周囲を覆う。
その幕越しに、帝都の城壁の向こうから黒い煙が幾筋か上がっていた。
戦いは、三日で終わった。
「帝宮まで、ご案内いたします」
第六軍の司令官が私に報告に来て、私はもう威厳を見せるのはやめて、
「ありがとう。功績は大です」
とだけ、言った。
その功績に報いる、とは言わない。下手なことを言えば、逆手に取られる。この程度の誤魔化しは日常だ。司令官も頭を下げるだけだ。
翌日には第六軍が帝都に入り、治安維持を始めた。
私はもう何年も入ったことがないように感じる帝宮に入り、自分の私室に入った。
何も変わっていない。荒らされてもいない、乱されてもいないその部屋を見て、気づくとしゃがみこんで、嗚咽していた。
帰ってきた。
私が何をしたんだろう?
なんで命を狙われたの?
皇帝なんて、やめたかった。
でも、やめることはできない。
こんなに辛く、苦しくても。
後悔なんて、いつかは忘れる。
泣いていれば、少しは楽になれるはずだ。
私は声を殺して、泣き続けた。
(続く)




