22-1 回復 (前編)
気づくと寝台の上に寝かされていた。
聴覚が突然に復活し、周囲から人の息遣いがする。
視力が遅れて回復し、天井はどうやら、モロー砦らしい。
「動かないでくれ」
視界に割り込んできた男の顔は分からない。ただ、薬品の匂いがあったし、男は白衣を着ている。
医者だ。
「喋るのもなしだ」
僕は言葉を飲み込んだ。
「あと半月は、このままだ。覚悟してくれ」
すぐに薬を飲まされ、僕はあっという間に眠ってしまった。
翌日は少し長い間、意識があった。そんな前進が少しずつ進み、半月が済むと、自然と僕は朝に目覚め、夜に寝るようになった。でも体のそこここが痛むのと、動かなかったせいか、体がやたら重たい。
「今日から寝台を降りていい。立てるか?」
朝食の代わりの流動食のようなものを飲み込んだ後の僕に、医師が声をかけてくる。
頷いて、どうにか上体を起こした。やっと自分の体をおおよそ確認できた。体にも腕にも足にも、包帯が見える。
強くなる痛みに呻きそうなのを、耐えて、寝台から両足を下ろした。
立てるか、と思ったけど、無理だった。片膝をついて倒れ込みそうになる僕を、医師が抱えて支えてくれた。
「最悪ではないが、影響はあるな。ゆっくりと体を慣らそう」
僕は頷くしかない。そんな僕に、医師が苦笑いした。
「もう喋っていい」
「そうですか」
自分の声とは思えないほど、嗄れていてびっくりした。
その日から午前と午後に一時間ずつ、身体機能を回復する訓練が始まる。声は喋っているうちにすぐに元に戻った。
「やあ、リン、元気そうだな」
以前からモロー砦にいた兵士が、病室を訪ねてきた。病室と言っても個室ではなく、未だ回復しない負傷兵が並んだ寝台に寝ている、広間のようなところだ。
レントは前、僕がモロー砦に来てすぐに、この部屋だけは常に清潔に保つ、と言っていた。
こうなるとは思ってもなかったはずだけど、病室を整えておくことは、基礎なのだろう。
「ここに担ぎ込まれて何日です?」
尋ねると、彼は目を丸くした。
「皇帝陛下が気にならないのか」
「え?」僕はキョトンとしていた。「もし陛下が討たれていたら、僕はここにいませんよ」
兵士は顔をしかめて、ごもっと、と応じた。
「お前がここで意識を取り戻したのは、運ばれてから一週間後だ。相当な重傷だったぞ。とにかく、矢がそこらじゅうに刺さっていてね。動けないだろ? それが原因だ」
「主任は?」
「主任は無事だ。あの人は並じゃないのさ。ちなみに俺たちも無傷だ。今やモロー砦は、奇跡の砦、などと呼ばれているが、ややこしいんだ。一応、畑や果樹園のことは、屯田の実験、となってね。それは陛下のお心遣いだ」
僕はホッとして、やっと国のことを考え始めた。
「陛下は、どこに?」
「今、帝都を囲んでいる部隊の中にいるよ。帝都はまだ、反乱軍に占領されていて、陛下は、地方軍の第六軍の遠征部隊と、味方する中央軍、禁軍も加えて、兵糧攻めだな」
帝都には相当な備蓄もあるだろう。長引くのは避けられない。
でもリーアの気持ちもわかる。帝都を破壊したくないし、人が残酷に死んでいくのも、避けたいんだろう。
「他の地方軍はどうなっていますか?」
当たり前の思考でリーアも考えたはずだけど、どこかの地方軍がまた反旗を翻すと、収束しつつある事態が少しも好転せず、またも揺れてしまう。
兵士は鼻を鳴らした。
「ほとんどは静観だ。陛下に忠誠を示す書状は出して、物資も送るが、兵力は割かない。第四軍は小部隊を派遣して、今は移動中らしい。反乱軍に加わる地方軍はいないようだ」
そうか。ならとりあえずは、安心できる。
「反乱軍は陛下をさっさと消したかっただろうが、それができなかったのが問題だし、地方軍への根回しも甘かった。もっと大きいな動きになれば、さすがの帝国も割れただろうが、そこは助けられた形さ」
兵士が淡々と説明してくれる。
「これで中央軍も禁軍を、引き締められるな。そこは幸運でもある」
「反乱軍は、どうなるのですか?」
「指揮官は処断は免れないな。大勢になるが、仕方あるまい」
僕は唇を噛んだ。
なんでこんな、無駄なことをするのだ。何かを変えたいのなら、もっと別の方法があったはずだ。
「それはもういいよ、リン。渡すものがあるんだ」
なんだろう?
差し出されたのは、薄汚れた小さな巾着で、首かけるためらしい紐が付いている。
受け取って、袋を確認して、目を見開いていた。
汚れていても、そこに縫い取られているのは帝室の紋章だった。
「これは?」
「倒れていたお前が握っていた。保護した兵士が一旦はとりあげたんだが、帝室の紋章を見て、どうするか主任に相談したんだ。主任は俺に渡して、リンに渡してやれ、ということでな、まぁ、俺も中は見ていない。というか、誰も見ていないな。帝室の紋章ほど、怖いものはない」
僕は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お前、怖くないのか?」
まじまじとこちらを見てくる兵士に、苦笑いするしかない。
「怖いですけど、問題ないと思います」
わからんな、とつぶやいて、兵士は軽く手を挙げると「元気でな」と言って去って行った。
その後も僕の訓練の日々は続き、モロー砦を出たのは三ヶ月後だった。すでに春は終わり、夏も終盤だった。
(続く)




