表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/42

21-1 命の価値 (前編)

 モロー砦まで山一つというところまで、休みなく走った。

 レントの乗る大鹿にリーアが一緒に乗り、僕は別の兵士の後ろに、そしてミラはもう一人の兵士が支えている。

 ミラはあの後、意識を回復したけれど、具合は悪そうだ。それでもレントたちが用意した保存食を口にして、水も飲んでいる。

 むしろリーアの方が疲労している。レントにほとんど寄りかかっていた。

 集落を脱出して、二日目の夜になった。大鹿に乗っていない、他の三人の兵士たちが集まってきて、やっとレントが事前に集合場所を決めていたことに気づけた。

 集まった情報を元に、レントたちがモロー砦へ逃げ込む方法を議論し始める。

 モロー砦には今、禁軍の増援が入っていて、これは正真正銘の禁軍、リーアに忠誠を誓っている部隊だという。

 つまりあと一つ、山を越えて、モロー砦へ飛び込めば安全だ。

 僕は彼らの議論が終わってから、リーアのそばに戻った。彼女はどこか苦しそうな表情で、しかしもう眠っていた。

「あどけないな」

 すぐ横に、レントが立っていた。僕は小さく頷く。

「彼女が皇帝陛下とは、信じられんよ。小娘にしか見えん」

「冗談ですよね? 主任」

「冗談さ」

 彼がすぐ横に腰を下ろし、しかし顔を上に向けている。僕も釣られて上を見た。

 木々の隙間に、星が見える。

「私を切った男は、久しぶりだぞ」

 どうやらレントは、彼の制止を振り切った時の話をしているらしい。

「凄まじい技だった」

「大袈裟ですよ。たまたま一回、切れただけです」

「誇張していないよ。あの時、私は切られたと思った。微かに皮膚が切れた程度だったが、あれは手加減か?」

 どう説明したらいいのか、僕は迷った。

 何を言っても謙遜しているか、誤魔化しているか、思われそうだった。

「あの時は、本気でした。恐ろしいですが、主任を切るつもりでした」

「そうか……。それはそれで、光栄なのかもしれないな」

 不思議なことを言って、レントが腰を上げた。

「一時間後に、動く。夜のうちに、距離を稼ぎたい」

 無言で頷いた僕にレントも頷き返し、離れていった。

 しばらく僕はリーアの寝顔を見ていた。一時間はあっという間で、彼女を起こすのに、躊躇うほどだ。

 彼女は目覚めと同時に真剣な顔になって、レントの元へ行き、今後の展開を訪ねている。リーアはレントと彼の部下に、顔を見ることや話をすること、そういうことを許している。

 話し合いはすぐに終わった。兵士たちが声を出さないための道具を噛み締め、大鹿にも似たものを咥えさせた。大鹿の足には草鞋がある。

 そうして密やかに、森林地帯を進み、山の中の間道を行く。

 レントが知っていた密かな間道で、ここはモロー砦での走り込みの範囲ではなかったので、土地勘がない。不安を感じながら、進んだ。

 傾斜ができ、山を登っているのがわかった。

 夜明けまで緩やかな登り坂を進み、少し開けたところで隊列は止まった。

 すでに空は白み始めている。

「陛下、あの灯りがモロー砦です」

 レントが指さした方、谷を挟んだ緩やかな山の上に、篝火が焚かれている。

 ホッとする光景のはずが、僕はまた不安に襲われた。

 禁軍が敵になったのに、モロー砦に敵がいないと信じるのは難しい。レントたちが離れてから、奪取された可能性も捨てきれない。

 その点はレントも気になったようで、兵士一人と大鹿一頭を先に砦へ向かわせた。

 偵察の報告を受けて、安全なら、砦へ近づくのだ。

 朝食として、保存食ではないものが出た。僕や兵士たちはわずかに口にして、リーアとミラに多くが振り分けられた。

 リーアはミラが気になるようだけど、意識のあるミラは、しきりに自分を置いていくように言っている。これにはレントも口を挟み、見捨てないと明言した。

 そのうちに周囲は明るくなる。

 ここに来るまで、だいぶ幸運に助けられたと思う。

 だからここで起こった不運は、その揺り戻しとも言えた。

 僕たちがいるその場所に、禁軍の兵士が二人、突然に現れたのだ。

 向こうも予想外だったらしい。ぶらりと現れて、動きを止めた。

 声を上げさせる間もなく、切って捨てられれば、また違っただろう。

 実際は、一人は首を切られ、もう一人は腕を切り飛ばされた。

 片腕を失った方が、まさに絶叫した。森全体に響くような、悲鳴だ。

「行くぞ、突き破るのみだ」

 簡潔なレントの言葉に、兵士も、僕も、反応した。

 ミラを大鹿の一頭に載せる。リーアもだ。今は大鹿は二頭しかいない。

「お前が乗れ、リン」

 てっきり、リーアを乗せる大鹿にはレントが一緒に乗ると思っていた。

「主任が乗るべきです」

「私なら禁軍の兵士に、奴らの仲間、反乱軍の一員と思わせることができる。お前には無理だろう? お前の年齢の兵士はいない」

 反論している暇はなかった。周囲から姿は見えないものの、大きな気配が迫ってくるのがわかった。

「行け、リン。砦で会おう」

 僕は大鹿に跨った。

 大鹿は軽快に駆け出し、すぐにレントと二人の兵士は見えなくなった。

 もう一頭の大鹿とペースを合わせて、斜面を下りていく。谷にある小川を越えると、僕にも見慣れた景色が現れた。

 モロー砦まで続く道の幾つかが思い浮かぶ。最短距離を行くべきか。

「敵襲!」

 兵士の一人が叫ぶ。僕は周囲に視線を走らせ、剣の抜き打ちで飛来した矢を払った。

 一本だけではない。払えなかった二本の矢が大鹿に突き刺さる。暴れた鹿から、僕もリーアも振り落とされた。ミラを連れている兵士の大鹿は、少し離れたところでやっぱり倒れた。二人がどうなったか、確認できない。

 リーアは足を挫いたようだ。彼女を抱え上げ、木の陰に隠れた。幹に二本、三本と矢が刺さった。矢が飛んでくる方を見ると、禁軍の鎧の兵士が十人以上、並んでいる。

「ここまでみたいね」

 顔をしかめているリーアは、投げ出すような口調で言って、僕の手を掴んだ。

 その手はやっぱり、震えている。

「諦めるには早いと思う。この山のことは、僕の方が知っているから」

「私は動けません」

「僕は動ける」

 剣を鞘に戻し、僕は改めてリーアを抱え上げた。

「無事を祈ってください」

 ぎゅっとリーアが僕にしがみついた。

 何をするか、わかったんだろう。

 僕は木の影から飛び出し、走った。矢が周囲に降り注ぐ。ほとんどは木か地面に刺さる。

 僕にも何本か矢が当たったけど、勘定したりする余裕はない。

 森の中を必死で走った。道筋は行き当たりばったりで、しかし自分のいる地点は把握できた。

 どれくらいの時間、走ったのだろう。

 木の根に足を取られた。これは訓練の時にも知っていた根だ。いつも転ばないようにしていたのに、こんな時に限って。

 リーアを守るように転がって、僕はもう自分が動けないのに気付いた。

 咳き込むと、胸が痛んだ。背中も痛む。矢が刺さっているらしい。

 何かが喉元をせり上がり、咳と同時に少しだけ血が散った。

「リン、あなた……」

 こちらににじり寄ってきたリーアを見ると、彼女には矢は当たってない。

 良かった。

「この道を上に行けば、砦です」

「あなたを置いては、いけない」

「立場を考えてください」

 リーアの手が僕の手を掴む。震えは消えていない。

「友達を置いていけないわ」

「皇帝陛下なのですよ、あなたは」

「もう皇帝じゃないわ!」

 僕は彼女の肩に手を伸ばそうとしたけど、その腕さえも上がらない。激痛に息さえ乱れた。

「あなたは皇帝です。ですが、僕があなたを守ったのは、皇帝だからではない」

「あなたも逃げるのよ。引きずってても、行くから」

「話をしている暇はない。行け。行くんだ」

 リーアが僕を見ている。

「行って、生き延びてくれ」

 彼女の表情から、生気が消えた。



(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ